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王様も食べた!? 朝鮮時代の文献にチーズタッカルビを発見!(追記アリ)

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※4月1日19時追記
この記事はエイプリルフール用です。『園幸乙卯整理儀軌』という宮中の公式記録は実在しますが、「乾酪鶏乫飛」という記述は存在しません。別の部分から文字を切り貼りして画像を作成しました。朝鮮時代に「乾酪」と呼ばれるチーズのようなものがあったことは事実ですが、さすがに「鶏乫飛」はありえないですね。牛肉の「乫飛」か、または「猪乫飛」と書いて豚カルビであれば実際に記述はあります。「王様も食べた!? 朝鮮時代の文献に豚カルビを発見!」であれば問題ありません。

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 昨日、チーズタッカルビに関する記事をアップしましたが、それに関わる重大な発見がありましたので報告します。

 冒頭の資料は、朝鮮時代に書かれた『園幸乙卯整理儀軌』という宮中の公式記録。より詳しく書きますと、1795年に時の王様であった第22代の正祖(イサン)が、母である恵慶宮洪氏の還暦を祝うためにソウルを離れて水原華城まで出かけたときの記録です。王様のお出かけは国家の一大行事ですから、すべてのことが事細かに記録されており、ご一行がどこで何を召し上がったかもしっかり記録に残っています。

 朝鮮時代の食文化を知るためにはたいへん重要な資料なのですが、それをたまたま見ていてあることに気付きました。

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 いちばん右上の大きな字。「炙伊一器」とありますが、ここでの「炙伊」は現代語におけるクイ(焼き物、구이)を指します。王様にお出しする食事はたくさんの皿数を用意しますが、その中の焼き物はこんなものを用意しましたという記録ですね。

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 注目すべきはココ。

 当時の言葉で「乾酪」というのはチーズを指します。現在のチーズとまったく同じものではありませんが、前提として宮中では「駝酪」という名前で牛乳、またはヤギの乳を飲んでいたそうです。有名なのはタラッチュク(駝酪粥、타락죽)と呼ばれる牛乳粥ですね。その「駝酪」を乾燥させたものが「乾酪」。

 そして次、「鶏乫飛」とあるのがまた衝撃的です。

 環境によっては真ん中の字が化けているかもしれません。「加」の下に「乙」を加えてカルと読みます。韓国で作られた漢字のひとつで、固有語を漢字表記するためにハングルの「ㄹ(リウル)」を「乙」で表現したものです。そこに「飛」を加えて「カルビ」。

 そこに「鶏」がついていれば、それはもうタッカルビじゃないですか!

 ただ、現代的な意味でのタッカルビは1960年代に春川(または洪川)で生まれたというのが定説ですし(詳細は韓食ペディアを参照)、こうした朝鮮時代の記録には料理名や食材名こそ記録されているものの、調理法までは書かれていないんですよね。焼き物としてチーズ(らしきもの)と、鶏肉が並んでいたとしても、それがどのような味付けであったかまでは把握することができません。ほかに「牛足」「秀魚(ボラ)」「生雉」とありますので、これらと一緒にした料理かもしれませんしね。

 とはいえ、想像力をかきたてるには充分すぎるほどの記録。
 
 今後、チーズタッカルビを紹介するときは、時代劇で有名な正祖も食べた(かもしれない)宮中料理! ということで華々しくアピールしたいと思います。

 

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