食は国境を越える ~かつてタイ語を学ぼうとした僕がぶつかった壁

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 かつてタイ語を学ぼうとしたことがあります。

 ハードディスクの奥底には僕が三日坊主でぶん投げた「タイ語日記」が残っていました。日付を見ると2003年11月24日が最初。その日の日記を以下に引用してみましょう。

2003年11月24日
新宿南口の紀伊国屋でタイ語の本を2冊購入。家に戻ってパラパラめくるも、文字の仕組みすらよくわからず途方に暮れる。文字の一覧にない上のチョンはいったい何なのだ! グーグルでタイ語関連のホームページを検索してみたが、これといったものにも当たらず。やれやれという気分のままタイ語日記だけ書き始めることにする。

 こういう記録が残っていて、後々ネタにできるというのはありがたいことですが、どうやらあまり親切な本ではなかったようで当時の僕にはまったく理解できませんでした。結局、文字の段階で挫折しましたので、いまも僕はタイ語がまったくできません。

 あのとき諦めずに頑張っていればもう少し違った人生になったのかもしれませんが、それでもこのときの挫折をもとに、

「オレがもっとわかりやすいテキストを作ってやろうじゃないか!」

 と発奮して「目からウロコのハングル練習帳」を執筆。ありがたいことにこれがそこそこ売れたことで、ライターとしてひとり立ちできたのですから、その挫折も少しは役に立ったと言えるのかもしれません。

 ちなみに上の画像にある「ซุนดูบู」はスンドゥブと読みます。

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 さらに「โตเกียว ซันดูบุ」と書いたら「東京純豆腐(スンドゥブ)」に。

 2006年4月、東京の青山に1号店を開いたこの店は、韓国生まれ、アメリカ育ちのスンドゥブチゲ(柔らかい豆腐の鍋、순두부찌개)という料理を、カレーやラーメンのような国民食に仕立てようと考えました。あれから10年、いまや北海道から沖縄まで津々浦々に展開するほど成長しましたが、2013年にはタイのバンコクにも進出しているんですよね。

 どころかいま調べたら、シンガポールも準備をしている様子。

 先日、韓国企業が台湾茶を掲げて日本にやってきた事例を紹介しましたが、こちらは日本企業が韓国料理を掲げて世界に進出していくという事例です。

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 また、こちらは関西を本拠地とする「ベジテジや」。

 サンチュなどの葉野菜以外に、トルティーヤ、玄米クレープ、京風包み餅など多様な包み素材を用意し、「包む」という部分を突き詰めてサムギョプサル(豚バラ肉の焼肉、삼겹살)の新たな魅力を引き出したお店です。

 2013年2月に東京に進出し、僕は池袋で初めて食べましたが、昨年4月には台湾進出を果たしています。もうすぐ3号店がオープンするとも。

 ちなみに台湾での店名は、

「菜豚屋」

 ということで至極納得のゆくものでした。発音できませんが意味はわかりやすい。

 さて、新刊『食の日韓論 ボクらは同じものを食べている』は、日韓における食の交流を取り上げた本ですが、オビに「美味しさに国境なし」とあるように、日本料理、韓国料理のボーダーレス化にも触れています。韓国での話がメインなので上記の事例までは書けませんでしたが、いずれこちらの視点からもまとめたいですね。

 ボクらは同じものを食べている。世界の人も同じものを食べている。

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4 Responses to 食は国境を越える ~かつてタイ語を学ぼうとした僕がぶつかった壁

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