コリアうめーや!!第129号

コリアうめーや!!第129号

<ごあいさつ>
7月15日になりました。
僕の住む東京ではまだ梅雨が明けませんが、
すでに蒸し暑く、真夏の気配を感じております。
夜なんかは、もう寝苦しくて仕方がない。
酔っ払って眠るときは気にならないのですが、
シラフのままだと、まるで眠りにつけなかったり。
かと言ってクーラー三昧になるのも嫌だし、
毎日、前後不覚に酔うというのも考え物ですしね。
夏の暑さそのものは嫌いではないので、
むしろ好意的に捉えて乗り切ろうと思います。
夏万歳! ビバ夏! ウヒャホー!
なんて無駄な空元気はさておきまして、
今号のテーマへと話を移そうと思います。
夏の暑さをさらに倍加するような不快指数の高い話。
韓国でも嫌われ度の高いあの料理を紹介です。
コリアうめーや!!第129号。
鼻の穴をかっぽじって、スタートです。 

<臭い臭い臭い臭い臭い臭いホンオ!!>

初体験は光州(クァンジュ)の韓定食店だった。

白い皿に乗って運ばれてきたその刺身には、
古漬けのキムチと茹で豚が添えられていた。

給仕をしてくれた店の女将さんが、

「召し上がれるかわかりませんが……」

と言いにくそうに僕らの表情をうかがう。
瞬時、部屋の中に妙な緊張感が走った。

土地柄、出てくるのではないかと予想はしていたが、
いざ出て来てしまうと、どうしても身構える。

「た、食べたことはないのですが……」

僕は固まった声でそう答えると、
女将さんは目を合わせぬまま、

「では、これもご経験ということで……」

と静かに言った。

どうやら後には引けない雰囲気のようだ。
女将さんは手際よく、古漬けキムチで刺身と茹で豚を巻くと、
一口大にしたものを僕の皿に取り分けてくれた。

「どうぞ」
「では」

短い会話をもう1度重ね、
僕は運命の1口目をエイ! と放り込んだ。

噛み締めるとともに流れ出す酸味のきいたキムチ汁。
ジャキッとした白菜の歯触りに、豚肉の柔らかさが加わる。
と同時に、コリコリとした刺身の食感が現れた。

「来るか、来るか、来るか、き、来たぁっ!!」

僕はこのときの体験を日記にこう記している。

瞬間的に鼻の穴が3倍くらいに広がった。

ああああ、臭い臭い臭い臭い臭い臭い!
鼻の中に猛烈なガスが充満して死にそうだ!
こんなもの食べるんじゃなかった!

死ぬ、死ぬ、窒息で死ぬ!
俺の今際の言葉は「臭い」なのかぁっ!

日記なので興奮具合そのままに書いているが、
大体において、僕の感想そっくりそのままである。

遠ざかる意識の中で走馬灯のようにめぐったのは、
学生時代によく行ったキャンプ場の汲み取り式トイレだった。
強烈なアンモニア臭が鼻の中で大暴れする中、

「水、水、せめて末期の水をくれ……」

僕は目の前にあったビールをぐびりと飲み干した。
朦朧とする意識の中で、女将が僕に声をかける。

「どうですか? もっと召し上がりますか?」

僕はガクッと肩を落とし、俯いたまま首をブンブンと振った。
僕のホンオ初体験は、完膚なきまでの惨敗であった。

世の中に数多ある臭い食べ物たちを集合させ、
どれがいちばん臭いかワールドカップを開催したら、
とりあえず韓国代表はホンオで間違いないだろう。

韓国国内にもポンデギ(蚕のさなぎを煮たもの)や、
チョングッチャン(納豆風の味噌チゲ)といった強敵がいるが、
臭いの強烈さではホンオが頭ひとつ抜けている。

日本であればクサヤや、鮒寿司などが代表レベルだろうか。
少なくとも納豆あたりのレベルでは木っ端微塵のはずだ。

世界の強豪に目を向けると、中国の代表として臭豆腐、
優勝候補としてスウェーデンのシュールストレミング、
フランスの臭いチーズ、リバロなどがあげられるだろう。
あるいは、果物の王様ドリアンも黙っていないに違いない。

これらの強豪が一同に会したとしたらそれは見もの。
おそらくホンオも、いい勝負をすることだろう。

ホンオとはエイの一種で、和名はガンギエイとなる。

韓国の南西部、全羅道の名物として知られており、
それ以外の地域では、ほとんど食べられることがない。

強烈なアンモニア臭(発酵臭)を放つため、
好き嫌いがモーゼの奇跡並にキッパリと分かれるのだ。
好きな人は見ると狂喜乱舞し、嫌いな人は裸足で逃げる。

全羅道では結婚式などハレの日に欠かせない料理だが、
他地域ではソウルでもなかなか食べることができない。

ちなみにホンオが臭いのは体内に尿素を含むためで、
甕に入れて発酵させることによって、アンモニア臭を全身にまとう。
この刺身をホンオフェと呼び、フェというのが刺身という意味だ。

僕が光州で食べたのもホンオフェである。

ホンオフェを美味しく食べるにはいくつかの方法があり、
中でももっとも代表的なのが、僕が光州で試した食べ方。
古漬けキムチと茹で豚を一緒に味わうというスタイルで、
3者の相性が格別なことから「三合(サマプ)」と呼ばれる。

ホンオの臭いを巧みに抑えつつ、別のうまさも加える。
本場においても、もっとも好まれている食べ方だ。

そしてもうひとつ。

僕は韓定食の1品として食べたためビールを飲んでしまったが、
ホンオを食べるときに飲む酒は、圧倒的にマッコルリなのだ。
マッコルリ(韓国式の濁酒)とホンオの相性もまた素晴らしく、
これまた名前を融合させてホンタク(タク=濁)と呼んだりもする。

強烈な臭いのホンオを食べて、マッコルリをグビー。

好きな人に言わせれば、人生至福の瞬間だそうな。
選ばれし者たちだけの味覚領域がそこにある。

さて、前置きが長くなったがここからが本題。

光州での初体験で見事にはね返された僕だったが、
実はそれ以降も、密かにリベンジの機会を狙っていた。

なにしろ各種文献を読むと、ホンオの話は実にうまそうなのだ。

僕は好き嫌いの多いフードコラムニストとして顰蹙をかっているが、
ホンオだけは何故か、敬遠しつつも心ひかれる部分がある。

時が流れるにつれて初体験時の記憶も薄れ、

「本場で食べればもっと美味しいのではないか」
「あるいは専門店ならばまた違う味になるのではないか」
「ビールでなくマッコルリで食べれば大丈夫なのではないか」

などと思うにも至った。
同時に過去の記憶も都合よくすりかえられ、

「臭かったがうまさもあったような気がしないでもないかもしれない」

というような気持ちにすらなっていた。
僕はホンオ関連の本を読みあさり、
いつかは本場でホンオの気持ちを高めていた。

そしてついに訪れたリベンジの機会。

すでに半年以上も前の話になってしまうのだが、
昨年秋に、本場の木浦(モッポ)でホンオを食べてきた。

それも店を厳選し、友人オススメの専門店を訪ねた。
注文はもちろん古漬けキムチと茹で豚を添えた三合である。
飲む酒はもちろんマッコルリで、しかも自家製だった。

必要な要素は完璧すぎるくらいに揃えた。

ここまでやればホンオの魅力も最大限に感じられるはず。
いよいよをもって、選ばれし者の仲間入りをするのだ。

以下、その詳細なるリベンジ報告である。

「うりゃあ、1口目ぇっ!」

緊張感から自分に気合を入れつつ口に運ぶ。
まずは本場のホンオに敬意を表し、
ホンオフェのみを単独で味わってみることにした。

「むぐむぐむぐ……ぶ、ぶふぁっ!!」

チーズ、チーズ、チーズ、これはチーズ。
とっても臭いのきつい感じの西洋のチーズ。
アンモニアの強烈な発酵臭が鼻を襲った。

だが、味そのものは光州で食べたときより練れている。

臭いはすごいが食べられないというほどではない。
これなら意外にいけるのではないか、という気持ちが頭をもたげる。
再度、ホンオフェをにらみつけ、勇気を奮い立てる。

「うおーし、2口目ぇっ!!」

今度は正式に古漬けキムチと茹で豚と一緒に食べてみる。
その前にちらっとキムチだけをつまんでもみたが、
こちらも舌がジーンと痺れるほど、しっかり発酵したキムチだった。

「もぐもぐもぐ……ん、ん、んんんっ!!」

なんと、ホンオの強烈な臭いがぐんと減ったではないか。

キムチと豚肉の間から、ホンオがそっとコクを演出する感じ。
独特の強烈な臭いが縁の下に隠れ、味わい深さとして姿を変えている。
どうやら酸味の強いキムチが、かなり威力を発揮しているようだ。

そして、その後味をマッコルリで洗い流すと……。

「いい、これはいいぞ!」

という気持ちになってきた。
これで選ばれし者たちの仲間入りだ。

「ふはははは、3口目ぇぇぇぇぇ!!!」

と、このとき。

僕は皿の端に少量だけ盛り付けられた、
切り落としのような部分を発見した。

ヒラメで言うならエンガワのような添えられ方。

見た目が普通の身に比べてつやつやしており、
どこか特別な感じの雰囲気が見てとれた。

これは皮に近い部分か、あるいは特別な部位なのか。
見た目のなまめかしさにひかれて、ひとつまみしてみると、
ヌメヌメした食感に比して、やや固い歯触りの部位だった。

「コリコリコリ……ん? んんん? うぐ、うげええええぇっ!」

瞬間的に、胃の内容物が逆流してきた。

衝撃の激臭。臭いは通常の3倍増しである。
ギリギリで吐くことだけは防いだが、
身体が飲み込むことを全力で拒否している。

それまで食べていたホンオがまるで子ども騙しのようだ。

身動きがとれなくなり、口に含んだまま固まる。
飲み込めるか。いや無理そうだ。出すか。出したほうが……。
食べ物を吐き出すのは罰当たりだが、でもでもでも……。

結局、僕はそれを飲み込むことができず、
そばにあった灰皿に、ブベッと吐き出した。

いつしか目頭には大粒の涙が溜まっていた。

「こ、これはやはり食べられない……」

以降は、気持ちの芯が完全に萎えてしまい、
食べられたはずの身の部分も口に入らなくなった。
アンモニアの強烈な臭いが、鼻について離れない。

リベンジ失敗。2度目の敗北がここで決定した。

その敗北から、すでに半年以上が過ぎている。

ここまで書かなかった理由としては、
やはり食べられなかった、という精神的ショックが大きい。
また、このときの旅では他に美味しいものをたくさん食べており、
むしろ、なかったことにしたいという気持ちもあった。

だが、時間の経過とともに気持ちの整理もつき、
ダメだった、という恥の報告も悪くないと思うに至った。

今回のメルマガは2度にわたる敗北の記録である。

だがしかし!

半年の期間を経て僕はまた思うのである。

「もしかしたら3度目の正直があるのではないか」
「あの臭い3倍増しの部分さえ避ければよいのではないか」
「あるいはそろそろ身体に耐性ができたりしないか」

ムシのいいことを考えつつ、リベンジの機会をうかがっている。

やはりホンオにはどこか不思議な魅力があるようだ。

いつかは選ばれし者の仲間に入りたい。
いつかはホンオの味覚領域に足を踏み入れたい。
いつかはホンオでうまい! と叫びたい。

そんなことを密かに願う日々である。

<おまけ>
ホンオと言っても、すべてを発酵させて食べる訳ではありません。発酵させずに食べる場合も多く、特に日本で食べられるホンオは、ほとんどが発酵させていないものばかり。野菜などと和えた、ホンオムッチムという料理で出されることがほとんどです。噂のホンオを食べてみたけど全然臭いがなくてガッカリ、というのはこうした理由から。発酵させたホンオは高級品であるうえ、その臭いから輸送などにもかなり神経を使います。ホンオの真価を味わうのであれば、やはり本場に行くのがいちばんのようです。

<お知らせ>
ホンオの写真がホームページで見られます。
よかったらのぞいてみてください。
http://www.koparis.com/~hatta/

<お知らせ2>
第123号で営業終了(経営者変更)をお伝えした新大久保のチャンナム家ですが、旧経営者のご夫婦は韓国への帰国を延期し、再び韓国料理店を始めることになりました。新しい店舗のデータは下記の通りです。

店名:市ヶ谷チャンナムヤ
住所:東京都新宿区市谷田町2-32第2市谷マンション1階、地下1階
電話:03-5261-8834
営業:11:30~14:00、17:00~24:00
定休:なし
備考:営業時間などは変更の可能性があります。

<八田氏の独り言>
好き嫌いの多いフードコラムニスト。
食の記録というより、常に恥の記録です。

コリアうめーや!!第129号
2006年7月15日
発行人 八田 靖史
hachimax@hotmail.com



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