コリアうめーや!!第58号

コリアうめーや!!第58号

<ごあいさつ>
ああ、みなさん……。
本当に今日から8月なのでしょうか。
だらだらと長引いた梅雨のために、
まったく8月らしさを感じられません。
こんがり日焼けすることもなく、
熱帯夜に苦しめられることもなく、
ギラギラする太陽を呪うこともありません。
暑い夏は本当にやってくるのでしょうか。
どうも不安な8月の始まりです。
さて、今号のコリアうめーや!!ですが、
少し懐かしさを感じる一品を紹介します。
お隣の国の料理ではありますが、
はるか昔から脈々と継承されてきた、
アジアの記憶を呼び覚ます味です。
初めてなのに懐かしい。
そんな不思議な感覚こそアジアの魅力です。
コリアうめーや!!第58号。
魂が共鳴するスタートです。

<裏道に漂うかぐわしき味噌の香り!!>

今日のごはんは麦飯と味噌汁。
そう聞いて、胸がときめく人はあまりいないと思う。

贅沢、豪華、美味などのイメージとは程遠い。
むしろ質素、淡白、地味などのイメージがつきまとう。
まして「貧」の呼び声すら聞こえそうだ。

例えば誰かにごはんをおごってもらうとする。

「八田くん。今日はウナギでも食べに行こうか」

というセリフだったら、すぐさま尻尾を振ってついていくだろう。

「行きます。行きます。キャインキャイン」

もみ手スリスリ。頭ヘコヘコ。よだれジュルジュル。
贅沢も、豪華も、美味も満たされること間違いなしである。

だが、それが麦飯と味噌汁だったら。

「八田くん。今日は麦飯と味噌汁を食べに行こうか」

尻尾を振る前に、首をブンブンと振ってしまうかもしれない。

贅沢でなく、豪華でもなく、美味も期待できない。
麦飯と味噌汁のコンビでは、やはり食事としての魅力に乏しい。

いくら栄養があろうとも。
いくら安価であろうとも。
いくら郷愁を誘おうとも。

そこにウナギのような喜びを見出すのは不可能だ。

ところが。

この地味なツーショットが、ソウルのど真ん中で人気を集めている。

レトロブームか。
はたまた安さだけの魅力なのか。
あるいは粗食を心がけるためだろうか。

いや、そのどれでもない。
麦飯と味噌汁は、実力によって人気を勝ち得ているのである。

舞台はソウルの仁寺洞(インサドン)。
芸術と伝統が息づく、高尚な雰囲気の街である。

仁寺洞は観光客にも人気が高い。
メインストリートには骨董品、美術品、小物などの店が並び、
趣のある、独特の空間を作りあげている。

時代の流れに身をまかせず、古き良きものを現代に残す街。

スターバックスですら、ここでは目立たない茶色に塗りかえられ、
看板は街の雰囲気に合わせ、アルファベットでなくハングルで書かれている。
現地語で看板を掲げるスターバックスは、世界でもここ1店だけだそうだ。

そんな伝統の町で食べる、麦飯と味噌汁。

地味を代表するような両者が、一体となって美食を作りあげている。

その名をテンジャンピビムパプ。
直訳すると、味噌ビビンバとなる。

石焼きでなく、ユッケでもない。
知る人ぞ知る、型破りなビビンバが仁寺洞にあるのだ。

仁寺洞のメインストリートから、ごちゃごちゃした裏道へ入り、
何度かのジグザグを経た迷路の奥に、味噌ビビンバの専門店はある。

地下への階段をトントントンと降りていくと、
味噌を煮詰めた、香ばしい匂いが鼻をくすぐる。
胸にぐっとくる香りである。

小上がりに陣取って、味噌ビビンバを注文すると、
店のメインメニューであるせいか、ほとんど待たずに出てきた。

ドンブリに盛られた麦飯、素焼きの器にグツグツの味噌汁。

この味噌汁はテンジャンチゲと呼ばれ、普通の食堂では一品メニューになっている。
日本の味噌汁と違い、具だくさんで、煮立てるのが特徴。

イワシ、牛肉、アサリなどでダシをとり、
ジャガイモ、豆腐、長ネギ、青唐辛子などの具を入れる。
激辛メニューが多い韓国料理の中で、ほっと息をつける素朴さが魅力だ。

この店では豆腐と肉がたっぷり入り、
また、濃く煮詰められて少しどろりとしている。
味噌汁というよりも、見た目は麻婆豆腐に近いかもしれない。

さて、このテンジャンチゲをどうするか。

答えはひとつ。
ざばっと麦飯にかけるのである。

ドンブリに盛られたほかほか麦飯。
そこにまずザク切りにした生のニラとチコリを加え、
おもむろにテンジャンチゲをかける。

テンジャンチゲは全部いっぺんにかけてもいいが、
少しずつ食べる分だけ混ぜていくと失敗が少ない。

麦飯、味噌汁、爽やかさを演出する香味野菜。
これらをスプーンでざくざくとかき混ぜて食べる。

悪くいえば、ぶっかけごはん。
ただし、これが芸術的にうまい。

口に運ぶと、まず味噌の香りがぷんと鼻に抜ける。
味噌は大豆の形が残っており、噛みつぶすとさらに香りがいい。
懐かしく、心の底を撫でていく香りである。

味噌の塩気が、素朴な味わいの麦飯によくあう。
麦飯の粗い食感が、汁気で少しやわらぐのもいい。

うまい。単純にうまい。

これぞまさに、米を食い、味噌を食う者たちの原点。
米と味噌のうまさこそが、この料理のすべてである。

初めて食べる外国料理にもかかわらず。
妙に懐かしいうまさが、魂の奥底を震えさせる。

DNAがうまいと叫ぶ味。

この感動を知ってしまったら。
もう尻尾は振っても、首は絶対に振れない。

さあ、思い出して欲しい。
今日のごはんは麦飯と味噌汁である。

「八田くん。今日は麦飯と味噌汁を食べに行こうか」
「行きます!」

そう、答えはきっぱりとひとつしかないのだ。

<おまけ>
仁寺洞以外でもテンジャンピビムパプは食べられます。どこでも食べられるというメニューではありませんが、ソウルでも他にいくつかの有名店があります。僕が味噌ビビンバを初めて食べたのが仁寺洞。そのときから、僕の中では仁寺洞が味噌ビビンバの街なのです。

<お知らせ>
味噌ビビンバの写真がホームページで見られます。
よかったらのぞいてみてください。
http://www.koparis.com/~hatta/

<お知らせ2>
無事に本が発売されました。八田式「イキのいい韓国語あります。」は好評発売中です。多くの人が電車の中で読み、ぷっと吹き出しては周囲の人に冷たい目で見られています。書店で見かけたら、ぜひとも手にとってみてください。損はさせません。

書籍に関する詳しい情報はコチラをごらんください。
http://www.koparis.com/~hatta/news_000.htm

<お知らせ3>
プサンナビというサイトで巨済島に関する記事を書きました。
絶品のヒラメ、最高のフグなど、巨済島のうまいものを食べ尽くしです。
http://www.pusannavi.com/food/food_r_article.php?id=28&ArtNo=4

<八田氏の独り言>
毎年言っていますが、明日誕生日です。
今夜は新大久保で朝まで飲んだくれる予定です。

コリアうめーや!!第58号
2003年8月1日
発行人 八田 靖史
hachimax@hotmail.com



コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

 

 
 
previous next