コリアうめーや!!第48号

コリアうめーや!!第48号

<ごあいさつ>
3月になりました。
2月というとまだガタガタ震える印象がありますが、
3月となるとどこか春の訪れを感じさせる響きがあります。
ぽかぽか陽気に包まれるのもあと少し。
コートを脱ぎ捨て、カイロを放り投げ、
桜の下で酔っ払える日も近いというものです。
あー、花見したいなあ……。
さて、今号のコリアうめーや!!ですが、
前号に引き続き、地方料理をテーマにしています。
今回訪れたのは慶尚北道の安東という町。
李朝時代の歴史を現代に残す、由緒ある土地です。
その安東で出会った、ちょっと愉快なニセモノ料理。
くすっと笑ってしまうような逸話が残されていました。
コリアうめーや!!第48号。
ぼうやはよいこのスタートです。

<安東むかしむかし物語その1>
むかーし、むかしのことじゃった。
そうさな。まだトラがタバコをすっていたころの話。
いやいや、そんなにむかしではなかったかもしれん。
とにかく、むかーしの話じゃ。

安東(あんどん)という村に、
ユ・ウォンテクという名の両班(やんばん)がおった。

なに、両班がなんだかわからんじゃと?
こまったものじゃのう……。
もちっと、学校でいっしょうけんめいべんきょうをせんとな。

両班というのは、むかしのえらーい人のことじゃ。
そうじゃ。えらーい人じゃ。

うむ。で、このウォンテクという男じゃが、
それはそれは、たいへんな食いしんぼうじゃった。
朝はおてんとさまがのぼる前にめしを食い、
夜はおてんとさまがしずんでもめしを食う。

とにかくめしのために、生きているような男じゃった。

ウォンテクはなんでも、おいしい、おいしいと、よく食べたが、
その中でも1番のだいこうぶつが、祭祀(さいし)のごはんじゃった。

祭祀がなんだか、わかるか?
うむ。その顔じゃ、わかっておらんのじゃろうな。

ごせんぞさまがおるじゃろう。
なくなった、ごせんぞさまが、天国でやすらかにくらせるように、
ごはんをささげて、おいのりするのが祭祀じゃ。

わかるか? まあわからなくともよい。
ウォンテクはその祭祀のごはんが好きじゃった。
それだけ、きちんと頭に入れておきなさい。

お正月や、おぼん、それにごせんぞさまのなくなった日。
これらは、ごせんぞさまのために、祭祀を行う日じゃ。
そして、おそなえしたごちそうは、後でみんなで分けて食べる。

今はごちそうが、たーくさんあるけれどもな。
むかしは、祭祀のごはんといえば、それはそれはごちそうじゃった。
ふだんは食べられない、めずらしいものがたくさんならぶ。
わしらが、こどものころも、よろこんで食べたものじゃ。

うん? どんなりょうりが食べられるかじゃと?

そうさな。まず魚がなければいかんな。
安東ではサメやサバ、スケトウダラなどの魚をつかう。
じゃが、これもほかの地方に行けば、タコだのエイだのにかわる。
地方ごと、家ごとで、それぞれじゃ。

そして、たっぷりのナムル。
ワラビ、モヤシ、ダイコン、ホウレンソウ、キキョウのねっこ。
このナムルは後で、ごはんといっしょにぐるぐるかきまぜて、
ビビンバにして食べるのじゃ。うまいぞ。

ああ、そうそう。
ひとつ、だいじなことを、教えてやろう。
祭祀のごはんには、トウガラシとニンニクをつかってはいかん。

トウガラシやニンニクを食べると、びょうきにならんというじゃろ。
びょうきのオニは、トウガラシとニンニクが、だいきらいなのじゃ。

ところが、われわれの、ごせんぞさまもだいきらいじゃ。
だから祭祀のごはんにトウガラシやニンニクを入れると、
ごせんぞさまは食べに来ることができん。

だからトウガラシとニンニクをつかってはいかん。
祭祀のごはんは、とくべつなりょうりだということじゃな。

あ、おほん。なんの話じゃったかの?
ああ、そうそう。ウォンテクの話じゃった。
ウォンテクは、その祭祀のごはんが、だいこうぶつじゃった。

だが、祭祀のごはんというのは、いつでも食べられるものではない。
そのころの両班というのは、たくさんの祭祀を行っていたが、
それでも、1年に20回くらいだったそうじゃ。

今は、そんなにたくさんやらんがの。
まあ、むかしとて、毎日祭祀のごはんが、食べられるわけではなかった。

じゃが、いえの蔵(くら)には祭祀につかう食べものがある。
つぎに祭祀をするために、ほぞんしてあるのじゃな。

ウォンテクはこの蔵にある食べものを見て考えた。
どうにかしてこれを食べるほうほうはないだろうか……。

そのころというのは、まだまだみんな、まずしいじだいじゃった。
いくらえらい両班とはいえ、村人のてまえ、ぜいたくなことはできなかった。
おいしいりょうりを作れば、そのにおいが村中に広がってしまう。
すると、村人たちは、ウォンテクのことを、わるくいうことじゃろう。

ウォンテクのやつめ。
自分たちが、はらをすかせているのに、
ひとりだけうまいものを食べてやがる。
ちくしょう。にくたらしいなあ。

そこでウォンテクは頭をひねって考えた。
思いついたのが、つぎのようなほうほうじゃった。

そうだ。祭祀のない日でも祭祀をしたことにすればいい。
祭祀をするのならば、ごちそうを作っても、だれもわるぐちはいわないはずだ。
両班であれば、祭祀はしなければいけないことだからな。

なにしろうちの家は、1年に20回いじょうも祭祀をしている。
まいつき2回や3回は、祭祀をしているから、
つぎの祭祀がいつだか、わからなくなってしまうくらいだ。

自分たちでもわからないのに、村人がそれをおぼえているわけがない。
祭祀のない日に祭祀をしても、それがニセの祭祀だときづくものはいないはずだ。

さてさて、こういうときに、食いしんぼうというのは頭がはたらくものじゃ。
さっそくウォンテクは、ニセの祭祀のじゅんびをはじめた。
ごちそうも、いつもどおり、たーっぷり作った。

そして、祭祀を行ったふりだけして、
後は思うぞんぶん、祭祀のごちそうを食べたということじゃ。
ウォンテクはさぞかし、まんぞくじゃったろうな。

この後、安東の両班たちの間では、
ウォンテクのほうほうをみならって、ニセの祭祀を行うものがふえた。
食べたいときに、ごちそうが食べられるからの。

ニセの祭祀ごはんは、だいりゅうこうし、
いつしか、安東のめいぶつとなっていったそうな。

今でも安東に行くと、このニセの祭祀ごはんが食べられる。
祭祀を行わない日に作った、ニセの祭祀ごはんということで、
ホッチェサパプ(虚祭祀飯)とよばれておる。

安東のホッチェサパプ。
それはそれは、うまいとのうわさじゃ。
安東に行くきかいがあれば、いちど食べてみるとよいかもしれんな。

さて、安東のむかしむかし話はこれでおしまいじゃ。

おやおや。話が長かったかの。
ぐっすりねむってしまいおって。
それじゃ、ゆっくり、おやすみ……。

<注意>
この物語はフィクションです。ホッチェサパプの起源に関してはいくつかの説があり、は
っきりとしたことはわかっていません。そのいくつかの説のうち、面白いものを選んで物
語にしました。文中に登場するユ・ウォンテクという人物も実在しません。

<用語について>
・安東……慶尚北道の北部にある市。かつて両班や儒学者を多数排出したという由緒ある
土地で、また古くからの伝統を今に残す町としても知られる。伝統的な祭りも多く開催さ
れており、特に毎年10月に開かれるタルチュムと呼ばれる仮面舞の祭りは世界的にも有
名である。近くには李朝時代からの建築物を多く残す河回村(ハフェマウル)や、朝鮮時
代の儒学者である李退渓が後学を養成するために建てた陶山書院(トサンソウォン)など
がある。

・両班……高麗、李朝時代に官僚を出すことができた特権階級。もともとは国家の公的会
合における2列の並び方に由来し、東班(文官)、西班(武官)を総称して呼んだ言葉。

・祭祀……家庭内で行われるものと、墓地で行われるものに大別される。家庭内では、旧
正月、秋夕(旧盆)などの名節や、亡くなった祖先の命日などに、一定の方式に則って準
備した祭祀料理を用意して祖先の霊を慰める。現在では各家庭(祭祀は基本的に長男が行
うため祭祀を行う必要のない家庭もある)で祭祀を行うが、昔は両班だけが祭祀を行うも
のであった。

<おまけ>
安東でホッチェサパプを食べてきました。6種類のナムルとごはんを混ぜ合わせ、ビビン
バのようにして食べます。唐辛子は使えないので、醤油をかけて味をつけます。さっぱり
とした薄味で、ナムルの風味をより豊かに味わえるという印象でした。おかずとして、塩
サバの切り身、牛肉を焼いたもの、サメの切り身、干したスケトウダラが並び、また白身
魚、コンブ、幼いかぼちゃ(エホバク)、豆腐という4種類のジョン(粉をつけて焼いた
もの)がつきました。汁物はスケトウダラとサメの骨を使ってダシをとり、ダイコン、牛
肉、そしてサメの皮を具として加えたもの。これまた塩と醤油だけで味付けた、淡白な味
わいでした。

<おまけ2>
古くから唐辛子やニンニクは、病気を司る鬼神を追い払う力を持っているとされ、特に唐
辛子はその鮮烈な赤い色と刺激的な辛さによって、鬼神を追い払う最高の食品と考えられ
てきました。これは陰陽五行の考え方に由来し、唐辛子の赤は陽を象徴し、鬼神の持つ陰
の力とは相反するということです。鬼神の好物だとされる醤油の甕に唐辛子を浮かべ、ま
た男児が生れたときには、後継ぎを鬼神から守るために唐辛子をはさみ込んだしめ縄を作
って家の門に張りめぐらせました。この鬼神と祖先の霊は根源的に同一のものとされてい
ます。どちらも人間の死霊であり、李朝時代の文献には、人間が死んだ後、天に上ったも
のが神となり、地に下ったものが鬼神となると区別されています。祭祀を行うときに唐辛
子やニンニクを使用しないのは、こうした考え方が元になっています。

<お知らせ>
ホッチェサパプの写真がホームページで見られます。
よかったらのぞいてみてください。
http://www.koparis.com/~hatta/

<八田氏の独り言>
安東むかしむかし物語その2もあります。
いつか気が向いたら書こうと思います。

コリアうめーや!!第48号
2003年3月1日
発行人 八田 靖史
hachimax@hotmail.com



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