秋のまんぷくツアー下見~忠清北道の魅力を徹底的に調べてきました。

 忠清北道総まとめ。昨夜帰国しました。なかなか奥の深い地域で、帰国後も軽い興奮状態が続いています。写真は国宝205号に指定される忠州高句麗碑。三国時代、北方にあった高句麗の勢力が一時忠州まで及んでいたことを示すもので、忠清北道という地域をもっともよく象徴しているように感じられました。

 忠清北道は百済、新羅、高句麗が勢力を争ったド真ん中の土地と、各市郡を巡りつつ何度となく聞きました。写真は百済の築城とされる清州の上党山城。ほか新羅の前線基地となった報恩の三年山城、高句麗の将軍の名前にちなむ温達山城など、山々に連なる城跡には三国の歴史が複雑に絡み合っています。

 各地に城跡を残す山々というのが、韓国の中東部から中央部、中南部へと伸びる小白山脈。小白山、月岳山、俗離山と並ぶ一帯は、それぞれが国立公園に指定されており、美しい自然を楽しめます。これらの山を越えると慶尚道。忠清北道は右曲がりの形をしていますが、その曲線こそが山脈の形そのものです。

 山脈とともに重要なのが河川。三国が争ったこの地域は、南漢江がソウルまでつながり、山を越えて慶尚道の尚州に出ると洛東江が釜山まで伸びています。この時代の川は現在の高速道路と同じ。また忠州は鉄の産地でもあったそうで、「鉄と川を制する者が天下を制する」との説明は納得のゆくものでした。

 忠清北道の自然を語るうえで、もうひとつ大きいのが湖の存在。ダムの建設によって誕生した忠州湖(清風湖)と、大清湖はそれぞれ韓国1位、3位の面積を誇ります。どちらも複数の市郡にまたがって、ハイキング、遊覧船、モノレール、パラグライダーといった観光資源としておおいに利用されています。

 山、川、湖のある忠清北道ですが海はありません。韓国で唯一の海なし地域。食文化も山の幸、川の幸が中心です。中でも果樹栽培が盛んで、忠州や堤川のリンゴ、報恩のナツメ、永同のブドウは代表的な名物。川のほうは川魚に淡水貝。オルゲンイ(カワニナ)のスープは各地で郷土料理として親しまれます。

 忠清北道の中心は長らく忠州でしたが、1905年に京釜線が開通すると、1908年に観察府(道庁)が清州に移転しました。現在の道庁も清州にあり、忠清北道全体の52.4%に相当する83.5万人が住む大都市です。第2位の忠州が20.9万人、第3位の堤川が13.6万人なので清州の規模は頭ひとつ抜けて際立っています。

 そんな清州の見どころが青南台。全斗煥大統領から盧武鉉大統領まで5人の大統領が利用した別荘で、現在は忠清北道に移管されて見学ができます。清州を用地に選んだのは内陸にあって大統領の安全を確保しやすいとの理由から。三国時代の軍事的要衝が現代ではもっとも安全との逆転現象が起こっています。

 清州から車で1時間ほどの距離にある報恩の法住寺。6月末にはユネスコの世界文化遺産に登録が確実視されています。韓国の道としては唯一文化遺産、自然遺産の登録がなかっただけに正式に決まれば大きな快挙です(世界記憶遺産は登録あり)。初めて忠清北道に行くならまずは清州、報恩を薦めたいですね。

 各地で美味しいものを食べましたが、5日間の中でどれかひとつと言われたら忠州・水安堡のキジ料理を選びます。刺身、チヂミ、寿司、サラダ、串焼き、餃子、肉野菜炒め、すいとんという8品のフルコースはいずれも絶品。特に刺身は食べられる店が限られており希少。僕は「大将軍」という店で食べました。

 忠清北道における食の象徴として提案したいのがエゴマサムゲタン。陰城のエゴマ農園「コメガ」の紹介で食べたのですが、素材を見て閃きました。エゴマは陰城、ナツメは報恩、高麗人参は曽坪、ニンニクは丹陽、栗は忠州、漢方材は堤川が有名。実際に全部集めたら「忠清北道サムゲタン」になりますよ!

 報告は以上。今回の訪問は11月に控える三進トラベル「まんぷくツアー」の下見。学んだことを活かして夏までには行程を確定させます。また、7月29日(日)に行う四谷「ウリアカデミー」の韓食語講座は忠清北道がテーマ。今回の情報をまとめますので関心のある方はご参加ください。近日募集開始です。

三進トラベル
http://www.sanshin-travel.com/
ウリアカデミー
https://www.woori-academy.com/

 

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