コリアうめーや!!第180号

コリアうめーや!!第180号

<ごあいさつ>
9月になりました。
まだまだ暑い日が続きますが、
そろそろ秋の気配も見え隠れします。
ふと空を見上げると、雲がずいぶん高かったり。
あれ、そろそろ秋なのかも……。
と気付く瞬間ってなかなか楽しいですね。
季節の変わり目ならではの喜びです。
さて、そんな中、今号のコリアうめーや!!ですが、
古い企画をひとつ、引っ張り出します。
たぶん、もう誰も存在を覚えていないでしょうけどね。
第1回目が2003年9月(第60号)。
第2回目が2006年3月(第120号)。
およそ2年半ごと。60号刻みの特別企画が、
コリアうめーや!!にはあったりします。
韓国料理をテーマにしたフィクションストーリー。
普段の内容とはずいぶん異なりますが、
広い心で受け止めて頂ければ幸いです。
コリアうめーや!!第180号。
モノに魂を込める、スタートです。

<深夜のキッチンオリンピック!!>

2008年8月25日未明。

東京某区にある八田家の台所が騒がしい。
ガタガタン。ゴソ、ゴソソ。キィ。ガラガラ。

「どうやら寝静まったようだな」
「しっ! 静かに。まだ油断は禁物だぞ!」
「いや、大丈夫そうだ。いびきが聞こえる」

電気の消えた闇の中で、ささやき声が行き交う。

「委員長、そろそろいいんじゃないですか?」
「そうだな、だがまずは偵察を出そう」
「それでは私が!」

ガスコンロ下の扉を開けてフライパンが顔を出す。

「いやいや、キミでは移動の音がうるさすぎる」
「逆に家主が目を覚ましてしまうかもしれん」
「ほかに立候補するものはいないか?」

台所の全体がざわざわと揺れる。
シンク台脇の引き出しから、小さな声が響いた。

「私たちなら音を立てることはありません!」

円形のプラスチック容器にぎっしりと詰まった、
爪楊枝の一団が仲間のひとりを推挙していた。

「むう、お前さんたちだと身体が小さすぎる」
「家主のところまで行くだけでも一苦労だろう」
「ほかに立候補するものはいないか?」

がっかりする爪楊枝の一団をひらりと超えて、
なにやら白いものが天井近くに舞い上がった。

「じゃあ、僕が行ってくるよー」

シンク台の上にぶらさがっていた布巾であった。
ひらひらと飛んでゆくさまはまるで一反もめんのよう。
すうっと寝室のほうに消えていくと、
ほどなくして、にやにやと笑顔で戻ってきた。

「大丈夫だね!」
「あの調子だと朝までぐっすりだ!」
「魔法のかかりもよさそうだよ!」

その声を聞くや、あたりは途端に賑やかになった。

背筋を伸ばす「うーん!」という声。
気合を入れて顔のあたりをぱちぱち叩く音。
そして何より久しぶりのイベントを喜び合う会話。

それを割るように、ひとつの声が台所を支配した。

「諸君!」

重厚感あふれる声が、台所の壁際から響く。
真っ白な冷蔵庫が、野菜室の扉をパクパクしながら、
開会の宣言をしようとしているのだった。

「17日間に渡った人間界のオリンピックが今日終わった」
「いよいよ我々のキッチンオリンピックを開催する番だ」
「4年に1度の晴れの舞台で、日頃の成果を発揮して欲しい」

「なお本大会の進行は、2008年大会の実行委員長」
「わたくし両開き型冷蔵庫が担当させて頂く!」
「まずは聖火、点灯!」

沸き起こる歓声の中、ガスコンロがぼっと火をつけた。

暗闇だった台所が途端にぱあっと明るくなり、
強火で燃え盛る炎に、一同は惜しみない拍手を送った。

「続いて本年度の選手を紹介する!」
「いずれも食卓の繁栄を支える歴戦の勇士ばかりだ」
「出でよ、志高き挑戦者たちよ!」

冷蔵庫脇の食器棚や、シンク台周りの収納など、
あちらこちらで扉が開き、厨房用具がわらわら飛び出してくる。
そのまま大小さまざまの姿でテーブル上にずらりと整列。
お菓子作りでも始めるかのごとく賑やかになった。

「ようし、後は家主を呼ぶだけだな!」
「魔法が使える者、誰か寝室に呼びに行け!」

台所全体がざわざわする。

「確かキッチンばさみが5年選手になったばかりだろう」
「いえ、まだ4年目なので魔法は使えません」

「じゃあ、ヤカンはどうだ?」
「残念ながら、昨年買い替えられてしまい引退です」
「すいません、新参者で……」

コンロの奥でじっとしている新品のヤカンが真っ赤になった。

「鍋敷きさんがだいぶ古いのではなかったかな?」
「ええ、8年目です。私が行きましょう」

そういうと円形の鍋敷きはフリスビーのように、
ぎゅるぎゅると回転しながら寝室に消えていった。

やがてガーゴー、いびきをかいた家主の八田靖史が、
眠ったままふらふらと台所に来て、ダイニングの椅子に座った。
鍋敷きもそれについて、先ほどの定位置に落ち着く。

「さあ、これで本当に準備完了だ。競技開始!」

すでに出場者の準備は整っており、
それぞれが家主を操って自慢の技術を披露する。

「キッチン歴5年。包丁です!」

家主八田の右手にスポンと収まったかと思うと、
協力者としてまな板と、皮むきニンニクを呼び寄せた。
家主八田の手のひらで、ピストルよろしく回転してみせると、
握られた柄の底部分でニンニクを踏みつぶした。

「ローリングヒップアタックみじん切り!」

ぐじゃっとつぶれたニンニクを、さらに刃の部分で細かく叩き、
あっという間にニンニクのみじん切りを完成させた。
その迅速さと、リズム感に場内から歓声が沸く。

「終了! タイムは……9秒69! 新記録だ!」

続いて出てきたのは韓国製の箸であった。
ステンレス製で、柄の部分に龍の細工が彫られている。
同時にいつ作られたのか、丼に入ったチャパゲティも登場。
八田家の備蓄食糧、インスタントの韓国式ジャージャー麺である。

「キッチン歴6年、チョッカラク(箸)です!」
「スパゲティ風トルネード麺食法!」

またも技の名前を大声で叫んだかと思うと、
2本の箸をフォーク風に操らせ、麺をぐるぐると絡め取った。
箸に絡んだ麺は、上手に巻けたスパゲティのようになり、
いとも簡単に、家主八田の口へと吸い込まれていった。

その見事さに、台所全体から地鳴りのような歓声が轟く。

「いやあ、見事。私の採点では10点満点だな」
「バカいうな。得点方式が変わったのを知らないのか」
「16点台後半から17点台の得点だろう」

次から次へと鍛え上げられた選手が登場し、
会場の興奮は高まっていく一方だった。

そして最後に登場したのが優勝候補の筆頭。
4年前のキッチンオリンピックでも好成績を残した。

「キッチン歴9年、スッカラク(スプーン)です!」

台所中の注目がテーブルへと注がれる。

家主八田は相変わらず気持ちよさそうに眠りこけたまま、
どすんと椅子へ腰掛けており、その右手にスプーンが収まった。
炊き立てのごはんが運ばれ、韓国海苔の皿も添えられる。

「背面着地式、ムーンサルト韓国海苔食法!」

大声で叫んだスプーンは、湯気の出るごはんの中に突入し、
ひと口ぶんをすくったかと思うと、脇にある海苔の皿に着地した。
ちょうどスープンの底で、海苔の表面にタッチした形だ。

「えいやーっ!」

掛け声とともに、スプーンが海苔の皿から跳ね上がる。

「おおおおおおおっ!」

会場全体がざわめきに包まれたのは、
スプーンの下に海苔がぴたっと張り付いて持ち上がったため。
まるで重力を無視したような、不思議な光景であった。

そのままスプーンは家主八田の口元でくるっと半回転し、
海苔の側から、口の中へと吸い込まれていった。

すくったごはんが落ちるか、落ちないか……。
ギリギリのところで、海苔とごはんを同時に口へと運んだのだ。
箸ならいざ知れず、スプーン1本で成し遂げるとは。

「そうか、ごはん粒の粘着力を利用したんだな!」
「ごはんをすくったときに、少量のごはんが底にもつく!」
「それを海苔に接着させ、空中へと運ぶ力に利用したんだ!」
「素晴らしい、素晴らしいぞっ!!」

大技の原理を理解した聴衆は、演技終了からひと呼吸遅れ、
大歓声と割れんばかりの拍手でスプーンを称えた。
まさにこの瞬間こそがクライマックスだった。

台所内の重鎮たちが集まり、総括の準備を行う。
実行委員長である冷蔵庫を中心に、食器棚、電子レンジ、
炊飯器、ホットプレートなどが主な面々だ。

出場者は再びテーブルの上に整列し、
観客であるその他の厨房用具もそれを見守る。
長い緊張の時間が過ぎ、ようやく実行委員長が口を開いた。

「諸君、長い間待たせてすまなかった」
「食卓オリンピックの最優秀者を発表させて頂く」
「2008年大会の最優秀者は……」

「……」
「……」
「……」

「該当者なしだ!」

「!!」
「!!」
「!?」

静まり返った台所内が、一瞬置いてざわめく。
例年以上に技術の粋を尽くして盛り上がったにもかかわらず、
該当者なしとは、いったいどういうことだ。

一同の反応を見て、実行委員長が話を続ける。

「諸君、食卓オリンピックの意義はなんだろう」
「厨房用具として家主が不便なく食事を楽しめるように」
「使い勝手や技術を高めあう場であったはずだ」

「しかるに、今回は見た目の派手な技ばかりが目立ち」
「豊かな食事を追い求める内容ではなかったと思う」
「正確さ、美しさ、美味しさに直結しない技は自己満足に過ぎない」

「その点をもう1度全員が考えることとして」
「2008年の食卓オリンピックを閉幕したいと思う」
「以上、次は2012年のロンドン五輪後だ!」

しばらく台所内はざわめいたものの、
その閉幕宣言は、理屈の通った総括であると評価された。
4年に1度の大会は、ここに無事終了したのである。

そして家主八田も眠りに落ちたまま寝室に戻る。

静寂を取り戻した台所。
もう厨房用具の語らいも聴こえない。
耳をすましてみると……。

ガーゴー、いびきの音だけが響いている。

<お知らせ>
仕事が忙しくHPの更新ができません。
落ち着いたら、まとめて更新したいと思います。
http://www.koparis.com/~hatta/

<八田氏の独り言>
次回があるなら第240号。
2011年3月の予定だそうです。

コリアうめーや!!第180号
2008年9月1日
発行人 八田 靖史
hachimax@hotmail.com



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