コリアうめーや!!第264号

コリアうめーや!!第264号

<ごあいさつ>
3月になりました。
2月は逃げるとはよくいったものですが、
本当に今年の2月は一瞬で過ぎ去りました。
閏年なので、例年よりは1日多かったはずですが、
それを感じさせないぐらいの超ドタバタ。
息つく暇もなく3月に突入という感じです。
しかし、2月は逃げるとだけ覚えていましたが、
この言い回し、1月、3月もあるんですね。
1月は行く、2月は逃げる、3月は去る。
いずれも語頭の文字にひっかけてあるのですが、
3月も去るかと思うと、もう呆然とします。
さて、そんな中で、今号のテーマですが、
ちょっとした取材の裏話を語ります。
同じ立場で共感できる人は少ないかもしれませんが、
韓国にかかわる人なら多少は役立つかも。
コリアうめーや!!第264号。
偉そうに成功譚を語る、スタートです。

<済州島で出会った楸子島の刺身!!>

初対面の韓国人に会ったら必ず、

「コヒャンイ オディセヨ(故郷はどちらですか)?」

と出身地を聞くようにしている。
ほんの世間話という感じで切り出すのだが、
これがけっこう効果的であることが多い。

僕は仕事柄、韓国の地方に出る機会が多く、
特にここ数年は郷土料理をテーマに取材をしている。

相手の出身地が、自分の行ったことのある地域なら、
そのとき食べた郷土料理の話で盛り上がれる。
行ったことがなければ、今後の参考として話を聞く。

自分の故郷を話題にされて嫌がる人は少ないし、
むしろ目を輝かせてあれこれ教えてくれる人が多い。

ひとしきり語った後には、座も和やかになり、
初対面とは思えない打ち解けた空気を作ることができる。
初対面の人から話を聞くことの多い僕にとって、
現場であみだしたテクニックのひとつである。

もちろん韓国料理に限らず、観光地や伝統芸能の話、
または出身有名人の話でも似た効果が見込める。

なお、この問いかけでいちばん盛り上がらないのが

「ソウルです」

というケースだが、
その場合は両親の出身地を重ねて尋ねる。

「ソウルです」
「ご両親もですか?」

と続ければ、両親もソウルという人は意外に少ない。
お母さんが全羅道の出身であるば、

「じゃあ、キムチも美味しいでしょう」

となり、お父さんの出身が釜山ということになれば、

「魚介料理がお好きでしょうね」

となる。

また両親の故郷であれば親戚がいることも多く、
その人自身も頻繁に訪れている可能性が高い。
様子を伺いつつ話に乗ってくるようなら、
そのままその地域の話題で盛り上がればいい。

最後に自分も両親もソウルというケースだが、
これはもう料理や観光地の話を振る必要がない。
親がソウル出身なら、3代続くソウルっ子であり、
時代的に見ても由緒ある家柄である。

すなわち両親もソウルというときは、

「それは、お金持ちの家系ですねぇ!」

のひと言がたいへんに有効。

日本語だと生々しい褒め言葉にも思えるが、
韓国語ではさほどいやらしくないので大丈夫。
郷土の話を嫌がる人が少ない以上に、
家柄を褒められて悪い気のする人もいない。

かくして初対面でも心の扉が開かれ、
僕の取材はスムーズに進行するのである。

せっかくなので実例をひとつ。

先日、とある取材に出かけたところ、
応対してくれた方が済州島の出身であった。

済州島は何度も行っているので、
僕にとっても得意分野の地域といえる。
身を乗り出して、さらに1歩踏み込んだ。

「済州島のどちらですか?」
「翰林(ハルリム)というところだね」

翰林といえば済州島の北西部に位置する集落。
観光地としては南国の雰囲気漂う翰林公園があり、
北部の離島に向かう連絡船もここから出ている。

特別にこの地域だけの名物料理は聞かないが、
近隣の高山(コサン)は有名なジャガイモの生産地。
甘味が強く味が濃いと、地元で評価されている。

そんな情報を脳内データベースから引っ張り出し、
いくつか投げかけてみるが、どうも反応が鈍い。
変だなと思い、

「おいくつまで済州島にいらしたんですか?」

と尋ねると、子どもの頃に引っ越したとのこと。
生まれは済州島でも、育ったのは別の地域ということだ。
ならば今度はその地域を尋ねるまで。

「いちばん長く暮らしたのはどこですか?」
「群山(クンサン)だね。大人になるまでいたよ」
「ああ、群山ですか!」

出身地を尋ねて相手の答えが群山であった場合、
鉄板の話題が「イソンダン」というベーカリーである。
ベーカリーとしては1945年創業と韓国でもっとも古く、
群山市民の誰もがこの店のパンを愛している。

青春時代までを過ごしたのならなおさらだろう。
改めて「イソンダン」の名前を出してみると、

「その店を知っているとは!」

と目を丸くしながらも満面の笑みに変わった。

「パンもうまいが、それよりアイスケーキだ!」
「子どもの頃はあれがいちばんのご馳走でねぇ……」
「店に行くたびにアイスケーキを食べたもんだね」
「おっと、アイスケーキってわかる?」

韓国でアイスケーキといえば昔ながらの棒アイス。
加えていうなら、スカートめくりの隠語でもあるが、
これは今回の話題とは関係がない。

ともかくも群山とアイスケーキ談義で盛り上がり、
その後の取材も和やかに進んだのだった。

あるいはこんなこともあった。

こちらは実際に済州島で取材をしていたときのこと。
済州市にある郷土料理の専門店に足を運んでおり、
その店はサバのスープが自慢であった。

年配のご夫婦が切り盛りする小さな店で、
知る人ぞ知る、という雰囲気がなんともよかった。
ちなみにこうした店でよく見られる光景に……。

・厨房でかいがいしく働くお母さん
・どーんと構えるお父さん

という図式があったりする。

この場合、取材の進め方にひとつコツがある。
店を実質的に回しているのは、たいていお母さんだが、
そこで情報を得るよりも、まずお父さんの攻略が先。

儒教の教えが生活規範として残る韓国では、
まず家長のお父さんを立ててこそ話が円滑に進む。
僕はタイミングを見計らいながら伝家の宝刀、

「コヒャンイ オディセヨ?」

をお父さんめがけて繰り出した。
すると、そこから意外な展開に転がった。

「出身? 楸子島だよ」
「ちゅ、チュジャド……ですか?」
「そう、楸子島」
「どのへんですか、それは?」
「楸子島はね、あっ!」
「!?」
「母さん、アレを持ってきなさい!」

楸子島をきっかけに何かを思い出したお父さんは、
厨房に入って行き、何かをお母さんに指示した。
戻ってきたのは10分も経過した頃だっただろうか。

「これも取材していきなさい、サワラの刺身だ!」
「サワラを刺身でですか?」
「そう、楸子島といえばサワラなんだよ!」

以下、お父さんの説明をまとめてみる。

いや、正確にはお父さんが興奮気味だったので、
お母さんの的確な補足も踏まえてのまとめだ。

・楸子島は済州島と全羅道の中間にある群島
・お父さんはその楸子島出身
・楸子島は釣りのメッカでいろいろな魚がとれる
・タイなども有名だけど、サワラは特に有名
・サワラの刺身は楸子島名物で絶品
・ウチの店はサバで有名だけど、サワラも自慢
・サワラは刺身がいちばんうまい

この時点でサバのスープは完全にカヤの外だった。

ということで、サワラの刺身から頂く。

サワラは韓国どこでも一般的な魚であるが、
刺身で食べるというのは極めて珍しい。
鮮度落ちが早く、身割れしやすいのが大きな理由だが、
楸子島名物の刺身は、なるほどというか……。

「冷凍!」

で出てきた。

韓国ではマグロの刺身もルイベのように冷凍し、
シャリシャリと半解凍の状態で味わう。
サワラの刺身も、お父さんいわく、

「これが楸子島式の食べ方!」

ということなので、現地でもそうなのだろう。
確かに冷凍しておけば寄生虫の心配もなくなる。

半解凍の刺身をワサビ醤油につけ、

「海苔で包んで食べるべし!」

とのことだったので、それに従う。
あるいは済州島の若い白菜で包んでもよいらしい。

食べた瞬間、ひやっとした冷たさを感じるが、
口の中の温度で、すぐにさらりと溶ける。
直後、どこかマグロのトロにも似た脂の味が広がった。
それでいて身がふんわりと柔らかい。

身の色が白いので、ビントロあたりが連想される。
となると、海苔との相性がよいのもよくわかる。
脂がさらりと溶けて、そこに海苔の風味が重なる感じ。

「これは旨いですね!」

興奮する僕の横で、お父さんは満足気であった。
もちろんお母さんもニコニコ顔である。

さて、以上が済州島における、

「コヒャンイ オディセヨ?」

の成功例である。

お父さんの心をつかんだだけでなく、
店の隠れた名物を発見し、新たな郷土料理に出会えた。
もちろんその後の取材もたいへん円滑に進んだ。
これはもう胸を張ってよいぐらいの事例であろう。

そして、すっかりカヤの外だったサバのスープだが、
こちらも絶品だったので簡単だが補足をしておく。

韓国語ではコドゥンオヘジャンクク。
下煮をしたサバを豪快にすりつぶしたうえで、
菜っ葉、豆モヤシと一緒に煮込んで作る。

味付けは味噌をベースにエゴマをたっぷり。
唐辛子油も加えて、こってりピリ辛に仕上げるのだが、
これがまた食べた瞬間から、

「サバ!」

と叫びたくなるほど風味の香る味わい。
サバの脂が、唐辛子油で倍加して濃厚さを生み出し、
それをエゴマが上手に中和してしつこくない。

済州島はサバの名産地であるが、こうしたスープは、
むしろ全羅道の南海岸沿いに多く見られるという。

聞くとお母さんは全羅南道海南郡の出身で、
子どもの頃に家でよく食べていた料理だそうだ。
ここでも故郷の情報がつながっている。

「コヒャンイ オディセヨ?」

は韓国人の心を開く魔法の言葉。

機会があれば、ぜひ実践してみて欲しい。
状況にもよるが、僕の個人的な経験上、
美味しいものに出会える確率はぐっと高まる。

<店舗情報>
店名:ソンミ食堂
住所:済州道済州市三徒1洞571-7
電話:064-751-1250

<リンク>
ブログ「韓食日記」
http://koriume.blog43.fc2.com/
Twitter
http://twitter.com/kansyoku_nikki
FACE BOOK
http://www.facebook.com/kansyokunikki

<八田氏の独り言>
スカートをバッとめくり上げたときの姿が、
棒アイスに似ているからアイスケーキだそうです。

コリアうめーや!!第264号
2012年3月1日
発行人 八田 靖史
hachimax@hotmail.com

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