コリアうめーや!!第92号

コリアうめーや!!第92号

<ごあいさつ>
あけましておめでとうございます。
なんともめでたい、2005年の幕開けです。
せっかくなので韓国語でもご挨拶させて頂きましょう。
韓国語では「セヘ ポン マニ パドゥセヨ!」。
新年の福をたくさんお受けください、という意味です。
今年1年が皆様にとって素晴らしい1年でありますよう、
心からお祈り申し上げたいと思います。
みなさーん、セヘ ポン マ~ニ パドゥセヨ~!!
さて、という訳で、2005年の新年号。
お正月にふさわしい料理ということで、
韓国のお正月料理を紹介したいと思います。
お正月のめでたさ気分が、さらに盛り上がれば幸いです。
コリアうめーや!!第92号。
どーんと景気よく、スタートです。

<あの日夢にまで見た一杯の雑煮!!>

その瞬間。僕は驚きの余り身体が固まった。

「ええっ、な、ないんですか!?」
「ええ、すいません……」

女性店員は申し訳なさそうに言う。

「で、でもメニューにはあるじゃないですか!」

僕はしつこく食い下がってみたが、

「最近は材料が入ってこなくて、やってないんですよ……」

と、すげない答えが返ってきただけだった。
女性店員の申し訳なさそうな表情が、少し度を増しただけである。

「…………」
「…………」

止まる時計。見詰め合う2人。

「…………」
「…………」

だが、その雰囲気はロマンチックでもなんでもなく、
ただひたすらに気まずいだけ。

女性と2人、黙ったまま見つめあうというのは、
僕が幼少の頃から、密かに抱いてきた夢のひとつである。
それがこんなところでかなうとは思わなかった。

ある意味喜ばしいが、事態はそれとは裏腹にかなり深刻。
のんきに浮かれている場合ではない。

「な、なにかどうしても必要な用事でしたか?」

固まった僕を見て、不安そうに店員が尋ねる。
沈黙を女性のほうから破らせるとは、僕も罪な男だ。

「ええ、実は……」

僕は珍しくシリアスな表情で語り始める。

と、言っても、この先にたいしたドラマがある訳ではない。
要は翌日までに、どうしても必要な写真があったというだけだ。

「どうしてもチョレンイトッククの写真が必要なんですよ……」
「そうでしたか……」

女性店員は、本当に申し訳なさそうな表情を浮かべた。

わざわざ厨房まで確認しに行ってくれたが、
それでもやはり、ないものはなかった。

結局、僕は小さく礼を言って、そのまま店を出た。

「まずい。まずい。まずい。まずい……」

僕の頭の中は、暗澹たる現実で真っ黒に塗りつぶされた。

と、ここまで書いたところで、この話はあっけなく終了。

話の展開からいくと、この後、写真を手に入れるための、
大スペクタクル興奮冒険ストーリーが始まらなければならないのだが、
残念なことに、この話はこの後、特に面白い方向には転がらず、
まことにもって無難なオチを迎えただけだった。

チョレンイトッククなる料理を求めて、
韓国料理店の集まるエリアを東京中しらみつぶし。

新大久保が駄目。上野が駄目。赤坂も駄目。三河島も駄目。
ああ、これで万事休すかと思われた最後の瞬間。
なんと、奇跡的に五反田で目指す料理を発見!

歓喜の抱擁。勝利の雄叫び。流れる涙。
おめでとう。八田君、本当におめでとう!

という展開にでもなればネタとしては最高だったが、
あろうことか、僕はその料理をすっぱりとあきらめてしまうのだ。

「仕方ない。他の写真でなんとかしよう」

僕はわずか2秒で方針を180度転換させ、
近所にあるなじみの店へと駆け込んだ。

チョレンイトッククが駄目なら、普通のトッククでいこう。
なじみの店で普通のトッククを作ってもらい、それをパシャパシャと撮影。
その場ではそれなりに必死だったが、結果は極めて無難な結末を迎えている。

当時の僕にしてみれば、翌日の写真がなんとかなればそれでいいが、
今、チョレンイトッククの話を書こうとしている僕は、それだと困る。
当時の僕に、もっと頑張って欲しかったというのが正直なところだ。

あのとき頑張っていたら、今頃は満面の笑顔で、
大スペクタクル興奮冒険ストーリーを書いていただろう。

ああ、バカバカバカ。当時の僕のバカ。
もっと後のことまで考えて、ネタになることをすればよかったじゃないか。
目先のことばっかり考えていては、将来大きくなれないぞ!

などと自分を罵るのも、我ながらワガママな話ではあるが、
締切前とはえてしてそういうものではないだろうか。

あの時、ああしていたらネタになったなあ、
という後悔は、間抜けにも意外と多い。

では、その僕が書こうとしているチョレンイトッククとは何か。
それ以前に、普通のトッククについても説明がなかった。

一切の説明を省いた強引な前フリを深く反省しつつ、
それぞれの料理について、きちんと解説していくとしよう。

まず、トッククというのは韓国式の雑煮のことである。

雑煮といえば日本の正月に欠かせない料理だが、
すぐ隣の韓国でも、正月にはやはり雑煮を食べる。

ただし、まったく同じではなく、微妙に異なる点があって面白い。

まずはそのトッククを食べる日。

日本では正月といえば新暦1月1日のことだが、
韓国では旧正月で祝うため、日本よりも少し後になる。
2005年の例でいくと、新暦2月9日が正月だ。

また、雑煮そのものもだいぶ雰囲気が異なる。

日本では餅米で作った餅を入れるのが普通だが、
韓国ではうるち米で作った餅を入れる。

うるち米なので全体に粘り気が少なく、
食べても口元でうにゅーっと伸びたりはしない。
小判型に薄切りしたピラピラの餅を、
一杯の雑煮に、どさっとたっぷり入れるのだ。

似ているようだが、少し違う。
でも、どこか似ている。

そこが、日韓食文化の面白さだ。

そして、もう1点。
雑煮には地方ごとの特色がある。

日本の場合、まず角餅を使うか、丸餅を使うか。
また餅は焼いてから入れるか、あるいはそのまま入れるか。
ダシには何を使い、具は何を入れるか。

それぞれ地方ごとに、あるいは家庭ごとに、
決まった雑煮のスタイルがあることだろう。

ちなみに我が家の場合は、
カツオブシのダシに、角餅を焼かずに入れ、
具はミツバとカマボコ。仕上げに刻んだユズをあしらう。

東京風のあっさり仕立てが正月の味だ。

こだわりはきちんとカツオブシを削ること。
普段は粉末ダシなどを使っていても、正月だけはきちんとダシをとる。
削りたてのカツオブシの香りが、我が家の正月を象徴する。

こうした地方差は、韓国の雑煮にも見られる。

日本ほど多くはないないようだが、
ダシひとつとっても牛肉を使うか、鶏肉を使うか。
あるいは牛肉でも、脂の少ない胸肉を使うのか、
はたまた牛骨をじっくり煮込んで作るのか。

最近は入手が困難だが、かつてはキジ肉も使われた。

上に乗せる具にもさまざまな工夫があり、
ちょっと手の込んだものだと、牛肉の串焼きが乗ることもある。

一口に雑煮と言っても、その中身は実に多彩だ。

そういった数ある雑煮の中で、
ひときわ異彩を放つのが、チョレンイトックク。

チョレンイトッククは、北朝鮮開城(ケソン)の名物料理。

開城はかつて高麗の都として栄えた都市で、
この地の名を冠する美食は、相当な数にのぼる。

そして、僕が夜中に探していたのもこの料理だ。

北朝鮮料理である以上、ソウルでもめったな店では食べられない。
まして東京では、あること自体が奇跡のような料理だが、
なんと新大久保には開城料理の専門店があった。

僕は事前にネットでその店のメニューを調べ、
チョレンイトッククがあることを確認してから行った。

僕なりに万全を期して行ったつもりなのだが、
チョレンイトッククは、僕の予想をも超える特殊な料理だったらしい。
まさか材料そのものがないとは、想像だにしなかった。

確かにあの後、獅子奮迅の勢いで東京中を探したらドラマチックだが、
そもそもそんな特殊な料理は、東京のどこを探してもあるはずがない。
2秒ですっぱり諦めたのは、正しい判断だったと言えよう。

そして、その事件があった半年後。
僕はソウルに赴き、念願のチョレンイトッククを食べてきた。

あの日の僕にしてみれば、夢のような一杯。

東京では皆無に近い北朝鮮料理も、
ソウルまで行けば、まったくない訳ではない。
開城式の雑煮であっても、出しているところはちゃんとある。

僕は東京でのピンチを思い出しながら、
念願のチョレンイトッククを注文した。

「お待たせ致しました」

の声とともに、店の人が器を運んでくる。

「ふ、半年も待ったよ。キミのことを……」

などと、カッコつけてもみたかったが、
そもそも今回料理を運んできた人は、まったく無関係である。
僕はひとり黙ったまま、器の中を覗き込んだ。

すると、そこには、なんともかわいらしげな、
小さい雪だるまがフワフワと浮いているではないか。

スープの中に、小さな雪だるまがたくさん。
そう、開城式の雑煮は、雪だるま状の餅を入れるのが特徴なのだ。

餅米でなく、うるち米を使って作るのは同じ。
ただしそれを白玉のように小さく丸め、2つをつなげて作る。
小判型に薄く切った普通の餅も悪くはないが、
造形的な美しさでは、やはり開城式に軍配があがる。

「うーむ、かわいい……」

しばしの間、僕は写真を撮るのも忘れ、
器の中の雪だるまをただただ見つめた。

深夜の東京で女性と2人見つめあい、
ソウルの店でも、料理と黙って向き合う。

僕にとってチョレンイトッククは、
静かに見つめ合うロマンチックな料理なのだ。

ああ、麗しい料理の思い出……。

と、美しく結んでみようかと思ったが、
やっぱりそんなのはガラではない。

しばらく見つめ合ったら、
半年前の恨みを晴らすかのように、バシャバシャと写真を撮って、
ズルズル、ガツガツとおいしく頂いてきた。

ロマンよりも満腹。

今年もそういう1年でありたい。

<お知らせ>
チョレンイトッククの写真がホームページで見られます。
よかったらのぞいてみてください。
http://www.koparis.com/~hatta/

<お知らせ2>
『目からウロコのハングル練習帳』は好評発売中。
アマゾンでも常に好位を堅持しております。

書籍刊行情報
http://www.koparis.com/~hatta/news/news_000.htm
表紙紹介ページ
http://www.koparis.com/~hatta/news/news_008.htm
内容紹介ページ
http://www.koparis.com/~hatta/news/news_009.htm

<八田氏の独り言>
山口、九州にお住まいの方は1月9日の朝日新聞をごらんください。
ひょっとしたら僕が登場しているかもしれません。

コリアうめーや!!第92号
2005年1月1日
発行人 八田 靖史
hachimax@hotmail.com



コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

 

 
 
previous next