コリアうめーや!!第89号

コリアうめーや!!第89号

<ごあいさつ>
11月もなかばを迎え、
朝晩ぐっと冷え込むようになりました。
夕方になるともう外は真っ暗で、
ああ、冬が来るんだなあという感じです。
今年お届けするコリアうめーや!!も、
いよいよ今号を含めてあと3本。
2004年を締めくくる時期になってきました。
さて、今号のコリアうめーや!!ですが、
知る人ぞ知るという韓国料理を紹介したいと思います。
韓国で誰に問いかけても知る人はなし。
存在すらも否定されてしまう謎の料理です。
コリアうめーや!!第89号。
ちょっとした謎解き気分で、スタートです。

<大邱のテグタンは本当にあるのだ!!>

みんなが間違っていて自分だけが正しいとき、
その正しさは数の論理に負けて認められないことが多い。

「僕が正しいのっ!」

と、ムキになって主張してみるが、
相手のほうが数的に優位な立場にあるため、

「あー、はいはい。じゃ、そういうことにしておこうね」

などと、余裕でかわされたりする。
あまりに悔しいので、

「僕のほうが絶対絶対正しいのっ!!」

と、オモチャ買って式に手足をジタバタさせてみるが、
そうなると今度は、

「八田くん、ちょっとしつこいよ」

と、露骨に嫌がられたりする。
最後の抵抗にと、ハンカチの角をくわえて泣きマネなどしてみるが、
もうここまでくると誰にも相手にされない。

僕は正しいのに、誰にも認めてもらえない。
これは本当に悔しい。

いきなり抽象的な話から始めてしまい恐縮だが、
きちんと具体例で説明すると、こういう話である。

「大邱(テグ)には大邱湯(テグタン)という料理がある」

ちょっとトリビア的な表現だが、この話はまぎれもない事実である。
だが、大多数の韓国人は、このテグタンという料理を知らない。
韓国でテグタンの話をするとたいていこうなる。

「大邱にはテグタンという料理があるんだよ」
「あー、それはね。漢字が違う別の料理のことだよ」

そして、ご丁寧にも紙とペンが出てくる。

「君の言うテグは『大邱』。テグタンは『大口』って書くんだ」

韓国語で「大邱」と「大口」はスペルも発音も同じ。
どちらもテグだが、前者は地名、後者は魚の名前である。

「居酒屋でもテグタンよく見るでしょ。魚が入ってなかった?」

必ずこういう展開になる。

でも、違うのだ。僕が言いたいのは大口でなく大邱。
正真正銘、大邱湯という料理があるのだ。

だが、いくら説明してもみんな信じてくれない。
それで最終的に、

「僕が正しいのっ!」

ということになる。

なんとも腹立たしいことだが、僕にもひとつ弱い点がある。

その大邱湯の話は、本で仕入れた知識であり、
僕自身は大邱の大邱湯という料理を食べたことはない。
食べたことがないから、当然説明にも説得力がない。

これではいけない。

そう思った僕は、実際に大邱まで出かけ、
大邱の大邱湯をきちんと食べてくることにした。

大邱は韓国の南東部に位置する内陸部の町。

おいしいリンゴの産地であるとともに、
ミスコリアを多数輩出したことから美人の産地とも言われる。
韓国ではソウル、釜山につぐ第3の規模を誇る都市だ。

大邱の町に降り立った僕は、まず観光案内所を訪ねる。

「すいません。大邱の大邱湯が食べられる店を教えてください」

事前にある程度の下調べはしていたが、
現地で調べれば、もっと詳しいことがわかるはず。
念には念を入れて、のつもりだった。

だが、返ってきた言葉は予想外のものだった。

「テグタンって魚のテグタンのことですか?」

がーん。こ、ここでもテグタンは魚のテグタンか……。
がっくりくると同時に、不安がむくむくとわきあがってくる。

もしかして本当に大邱湯という料理などないのではないだろうか。
本に書いてあることが間違いで、みんなのほうが正しかったらどうしよう。

事実、韓国案内所でもらったパンフレットにも、
大邱湯についての記述はどこにもなかった。

こうなってくると最後の希望は、事前の下調べ情報のみである。
僕は知人の紹介で、大邱湯があるという1軒の店をピックアップしていた。

目指す食堂は、大通りから少し入ったところにあった。
黄色い目立つ看板が掲げられており、郷土飲食店という文字も見える。

間違いない。ここに大邱湯があるのだ。
期待を胸に店の中へと入った。

だが、ここでも衝撃の展開が待ち受けていた。

店の壁にかけられているメニューには、

・ユッケジャン
・タロクッパプ

この2品しかなかったのだ。

どんなによく見ても、大邱湯の文字は書かれていない。
確かにこの店にあると聞いて来たのだが……。

恐る恐る店の人に尋ねてみる。

「あの、この店に大邱湯というメニューはありませんか?」
「は?」

店員は不審そうな目で僕を見つめる。

「魚のテグタンではなく、大邱市の大邱湯が食べられると聞いたのですが……」
「そういう話は、我々ではわからないのですが……」

あきらかに迷惑そうな感じだった。

「社長に直接聞いてもらえますか?」

そういうと、店員はレジカウンターのほうを指さした。
どうやら、レジにいる女性が社長のようだ。

僕はレジに行って、再度同じ話を伝える。
社長は最初不思議そうな目で僕を見ていたが、
僕の話を理解すると「あ、なるほどね」という感じに小さく笑った。

「わかりました。じゃあ、席でお待ちください」
「え? 大邱市の大邱湯がやっぱりあるんですね」
「ええ、今お持ちします」

この瞬間、全身にぞぞぞぞっと鳥肌がたった。

大邱に来て、いやこれまで韓国を歩いてきて、
初めて大邱湯という言葉を理解する人にめぐり合ったのだ。
僕の正しさが、初めて認められた瞬間である。

ジリジリした思いで待っていると、やがて料理が運ばれてきた。
どうやらこの店で、ユッケジャンと呼ばれているメニューのようだった。
だが、普通ソウルなどで食べるユッケジャンとは、明らかに様相が異なる。

ユッケジャンは牛肉を煮込んだスープ料理。
牛肉は細く裂いてあるのが普通だが、この店の牛肉はごろっと大きい。
またユッケジャンには豆モヤシ、芋茎など、さまざまな野菜が入っているが、
この店の料理には大根と長ネギだけで、そのほかの野菜は見当たらなかった。

スプーンを手にとり、おもむろに口をつける。

ずずず、ずずずずずっ。

瞬間的に「肉!」という感じが口中に広がる。
たった一口でも、相当長時間煮込んだことが伺える味。
スープが舌にまとわりついてくるほど濃厚である。

肉の味とともに、ニンニクが大量に入っているのがわかる。
ニンニクと唐辛子で上手に脂っぽさを消し、旨味成分を引き出している。
こってりと濃厚なのに、嫌なクドさは感じられない。

そして、ネギがうまい。

緑の部分がザク切りにされてどっさり入っている。
これが牛の旨味をすって、トロトロになっているのだ。

思わず、ワカメではないかと勘違いしたくらい。
口当たりが滑らかなので、スープと一緒にどんどん食べられる。

メインの肉は存在感がものすごい。

普通のユッケジャンとは比較にならないくらいのボリューム。
ほとんど塊といっていいくらいのものがゴロゴロと入っている。
なんとも贅沢なスープだ。

「なるほど、これが大邱湯か」

地域の名前がそのまま料理名になる。
その栄誉にふさわしい味だと思った。

汁1滴までをきれいに食べ終えた後、
あらためて社長に大邱湯の話を聞かせてもらった。

まず、何よりも大きい情報。

大邱でも大邱湯という呼び名は使われていない。

大邱での呼び名としては、ユッケジャンのほか、
タロクッパプという呼び名が一般的である。

ただし、このタロクッパプは、
ごはんとスープを別盛りにするという意味。
語義としては、スープそのものをさす呼び名ではない。

スープだけを指す言葉はなく、単純に「スープ」、
または「牛肉のスープ」程度にしか呼ばれていない。

大邱ではあまりに一般的なスープであるため、
スープはスープでしかなく、これといった名前がないのだ。

大邱湯という名前は、大邱以外の人たちによる呼び名であり、
正式名称がないため、「大邱のアレ」という感覚から生まれたらしい。

現在はタロクッパプという名前のほうが一般的になり、
全国的にタロクッパプという名前で通じるようになった。
大邱湯と同じ料理ではあるが、名称だけはタロクッパプに入れ替わっている。
ゆえに、韓国で誰に尋ねても、大邱湯のことは知らないということなのだ。

ちなみに僕の知る限り、
大邱湯という名前が残っているのは、
わずかに1ヶ所だけである。

それは日本。

韓国ではなく日本の焼肉店でのみ、
テグタンというメニューを見ることができる。

もちろんそのテグタンは、魚のスープではない。
大邱式の牛肉スープ。漢字で大邱湯と書くテグタンのことだ。

いつ誰が伝えたのかはわからないが、
日本の焼肉店では昔からテグタンといえば牛肉スープを指す。
きっと韓国でまだ大邱湯という言葉が使われていた頃に、
日本にやってきた人が伝え、それが定着したのだろう。

韓国ではすでに使われなくなった言葉が、
今の日本できちんと定着し、普通に使われている。
これはたいへんに興味深いことだ。

かつて日本と韓国は近くて遠い国だと言われた。

ここ数年、近くて近い国になったと盛んに言われるようになったが、
そんな最近の話をするまでもなく、両国の文化はすでに交じり合っている。
勿論歴史の話抜きには語れないが、近くて近い国であるのは言うまでもない。

大邱の大邱湯は本当にある。

韓国ではすでに知る人も少ないが、大邱湯という料理は本当にあるのだ。
そして、その証拠が今も日本に残っている。

韓国の食にのめりこんだ日本人として、
これほどドキドキすることはない。

たったひとつの料理が、両国の近さを雄弁に語っている。

<お知らせ>
テグタンの写真がホームページで見られます。
よかったらのぞいてみてください。
http://www.koparis.com/~hatta/

<お知らせ2>
前号でお知らせしたとおり、2冊目の本を出します。タイトルも正式決定しました。『3日で終わる文字ドリル 目からウロコのハングル練習帳』。ホームページには表紙のほか、簡単な内容紹介のページも設けました。発売まであと1週間。アマゾンなどでは先行予約も受け付けています。

書籍刊行情報
http://www.koparis.com/~hatta/news/news_000.htm
表紙紹介ページ
http://www.koparis.com/~hatta/news/news_008.htm
内容紹介ページ
http://www.koparis.com/~hatta/news/news_009.htm

<八田氏の独り言>
もうそろそろ本が出来上がります。
今日、明日あたり見本が届くのかなぁ。

コリアうめーや!!第89号
2004年11月15日
発行人 八田 靖史
hachimax@hotmail.com



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