テンジャンチゲ(味噌鍋/된장찌개)
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テンジャンチゲ(된장찌개)は、味噌鍋。
概要
テンジャン(된장)は味噌。チゲ(찌개)は野菜や肉、魚などを煮た鍋料理の総称である。煮干し、牛肉、アサリなどでダシをとり、ジャガイモ、豆腐、長ネギ、エホバク(カボチャの未熟果、애호박)、青唐辛子などの具を入れ、テンジャンで味付けをする。飲食店ではトゥッペギ(뚝배기)と呼ばれる素焼きの器で直接調理して提供する。一般的な家庭料理のひとつであり、食堂では定食メニューの代表格である。焼肉店ではネンミョン(冷麺/냉면)と並んで仕上げの食事メニューとして定番である。類似料理にはチョングッチャン(韓国式の納豆汁/청국장)があり、またテンジャンチゲよりも汁気の多いものはテンジャンクッ(된장국)と呼ばれる。
- カンテンジャン
- カンテンジャン(강된장)は、味噌に牛肉、キノコ、魚介、豆腐などの具を入れてどろどろに濃く煮詰めたもの。汁気の少ないテンジャンチゲのような見た目で、ごはんや麦飯と混ぜてテンジャンピビムパプ(味噌ビビンバ/된장비빔밥)として食べたり、サムパプ(葉野菜の包みごはん/쌈밥)の包み味噌として用いる。
テンジャンの概要
- テンジャン
- 伝統的なテンジャン(된장)の製法では、まずメジュ(味噌玉麹、메주)を作る。蒸煮(蒸す、または煮る)した大豆をつぶしてレンガ状の直方体に固め、藁で結んだものを軒先に吊るして乾燥、発酵させる。このメジュに塩と水を加えてハンアリ(甕、항아리)で熟成させたのち、上澄みをカンジャン(간장)、沈殿部分をテンジャンとして用いる。
- 日本の味噌との違い
- テンジャンが大豆でメジュ(味噌玉麹、메주)を作るのに対し、日本の味噌は多くの場合、蒸煮した大豆に麹を加えて発酵させる。米麹を加えたものは米味噌、麦麹を加えたものは麦味噌と呼ぶ。東海地方を中心に造られている豆味噌の場合は、蒸煮した大豆に豆麹を加える製法と、豆麹を味噌玉にして造る製法に分かれ、後者はテンジャンの製法によく似る。ただし、味噌玉で作る豆味噌が枯草菌の繁殖を抑えて造るのに対し、テンジャンはメジュを藁で結んで発酵させることから枯草菌が重要な役割を果たす。枯草菌の一種として納豆菌があるように、特有の風味を帯びるのが特徴と言える。
- 煮立たせる調理法
- 日本の味噌汁は沸騰させずに作るが、テンジャンチゲはぐつぐつに煮立てて作る。日本の米味噌や麦味噌にはアルコール由来の香り成分が含まれており、熱を加えることで揮発して飛んでしまう。米や麦はでんぷんを多く含むことから、麹菌が分解して糖を作り、糖は酵母菌の働きでアルコールとして生成される。これに対し、テンジャンはでんぷんの少ない大豆だけを原料とするため、アルコールが生成されにくく、香りが飛ぶことをさほど気にする必要がない。日本の愛知県などで豆味噌を用いて、味噌煮込みうどんや、味噌おでんを作るように、むしろ煮込むことで深みのあるコクが生まれると考えられる。
歴史
文献上の記録
- 『三国史記』(683年)の記述
- 高麗時代の文官、金富軾(キム・ブシク、김부식)がまとめた歴史書『三国史記(삼국사기)』には、新羅の第31代王、神文王(シンムヌァン、신문왕)が神文王3年(683年)2月に王妃を迎える際の礼物として、絹、米、酒などとともに「醤(장)」と「豉(시)」を贈ったことが記録されている[1]。この時代の「醤」はカンジャン(醤油、간장)とテンジャン(味噌、된장)が分化する前の混ざった状態と見られ、「豉」は「醤」を作るためのメジュ(味噌玉麹、메주)を指すと考えられている。
- 『増補山林経済』(1766年)の記述
- 朝鮮時代後期の医官、柳重臨(ユ・ジュンニム、유중림)が1766年に増補編纂した農書『増補山林経済(증보산림경제)』には、フユアオイ(아욱)の調理法として、「醤(장)」を加えた「羹(갱)」が紹介されており、これをテンジャンチゲのルーツと考える説がある。同書では「フユアオイは羹(チゲ)として作ることができる。葉がついたままの柔らかな茎を折って皮をむき、醤を入れてよく煮込む。干しエビの粉を加えるとより美味しい」【原文1】[2]と紹介されている。現在もフユアオイを入れたテンジャンチゲは、アウクテンジャンチゲ(フユアオイの味噌鍋、아욱된장찌개)と呼ばれ、主に家庭料理として作られる。
- 【原文1】
- 「只可作羹 連葉折軟茎 去皮 下醤爛煮 加乾蝦屑 尤美」
- 『是議全書』(19世紀末)の記述
- 19世紀末に書かれた料理書『是議全書(시의전서)』(原著者不詳)には、チョチ(조치)の名前でさまざまなチゲ(찌개)が掲載されている。センソンジョチ(魚の鍋、생선조치)の項目では、チョチに多様な種類があると触れたうえで、「醤油を入れるものは名前をマルグンジョチ(澄んだチョチ)、コチュジャン、テンジャンで味付けをするときは米のとぎ汁を入れてチャンジョチ(醤チョチ)と呼ぶ」【原文2】(丸カッコ内は訳注)と紹介している[3]。テンジャンチゲに関する具体的な記録としては、これが初出になると見られる。
- 【原文2】
- 「지령을 넣는 것은 이름이 맑은 조치이고 고추장・된장으로 간을 할 때는 속뜨물을 넣어 □□□□□(된장・고추장) 장 조치라 한다.」(□部分は原書から読み取り不能)
- 『朝鮮無双新式料理製法』(1924年)の記述
- 李用基(イ・ヨンギ、이용기)によって1924年に書かれた料理書『朝鮮無双新式料理製法(조선무쌍신식요리제법)』には、テンジャンチゲの名前で調理法が掲載されている。具材として、マツタケ、シイタケ、豚肉、牛の第1胃(ミノ)などがあげられているほか、「最近は日本の味噌と混ぜて入れるのがいちばんよい」【原文3】とも書かれている[4][5](1930年の再版本で確認)。
- 【原文3】
- 「요사이는 일본된쟝을석거 넛는것이 뎨일조흐니라」
種類
素材の種類
- カンテンジャンチゲ(濃く煮詰めた味噌鍋、강된장찌개)
- ケンムクテンジャンチゲ(エゴマ入り味噌鍋、깻묵된장찌개)
- ネンイテンジャンチゲ(ナズナ入り味噌鍋、냉이된장찌개)
- タルレテンジャンチゲ(ノビル入り味噌鍋、달래된장찌개)
- トゥブテンジャンチゲ(豆腐入り味噌鍋、두부된장찌개)
- エホバクテンジャンチゲ(韓国カボチャ入り味噌鍋、애호박된장찌개)
- ウロンテンジャンチゲ(タニシ入りの味噌鍋/우렁된장찌개)
- チャドルテンジャンチゲ(牛バラ肉入り味噌鍋、차돌된장찌개)
- ヘムルテンジャンチゲ(海鮮入り味噌鍋、해물된장찌개)
派生料理
地域
済州道のヘムルトゥッペギ
- 京畿道坡州市
- 京畿道坡州市の長湍面(チャンダンミョン、장단면)は大豆の名産地で、地域の名前を冠した長湍豆(チャンダンコン、장단콩)が有名である。長湍豆を用いた味噌(된장)、豆腐(두부)作りも盛んであり、市内の専門店では、テンジャンチゲのほか、チョングッチャン(韓国式の納豆汁/청국장)、ピジチゲ(おからの鍋/비지찌개)、トゥブポッサム(豆腐と茹で豚の葉野菜包み/두부보쌈)、トゥブジョンゴル(豆腐の鍋/두부전골)などの料理を味わえる。
- 江原道春川市
- 江原道春川市では、テンジャンチゲに素麺を入れたテンジャンソミョン(味噌チゲ素麺、된장소면)が名物料理となっている。タップルコギ(鶏肉の網焼き、닭불고기)や、テジカルビ(豚カルビ焼き/돼지갈비)の専門店で食事メニューとして提供される。2000年代前半から市内の飲食店で提供が始まり、次第に広まって春川市の名物として知られるようになった。
- 忠清南道唐津市
- 忠清南道唐津市では、郷土料理のひとつにケンムクテンジャンチゲ(エゴマ入り味噌チゲ、깻묵된장찌개)がある。ケンムク(깻묵)は、ゴマ油(참기름)やエゴマ油(들기름)などのしぼりかすを意味し、もともとはエゴマ油を取った後のしぼりかすを利用して作ったが、現在はエゴマ粉を使用することが多い。唐津市で家庭料理として作られるほか市内の定食店などで提供される。ケンムクチゲ(깻묵찌개)、ケンムクテンジャン(깻묵된장)と呼ばれることもある。
- 済州道
- 済州道では、郷土料理のひとつに海鮮入りのテンジャンチゲがあり、ヘムルトゥッペギ(海鮮味噌鍋、해물뚝배기)と呼ばれる。アワビ(전복)、トコブシ(오분자기)、ミナミアカザエビ(딱새우)、アサリ(바지락)、ウニ(성게)などたくさんの海産物を具として作る。郷土料理店、刺身店などで提供され、店によってはアワビやトコブシを主役として、チョンボクトゥッペギ(アワビ海鮮味噌鍋、전복뚝배기)、オブンジャギトゥッペギ(トコブシ入りの海鮮味噌鍋、오분자기뚝배기)の名前でメニューに載せる。
脚注
- ↑ 三国史記 > 新羅本紀 第八 > 神文王 > 金欽運の娘を夫人として迎えるために結納を取り交わす(김흠운의 딸을 부인으로 맞이하기 위해 납채하다) 、韓国史データベース、2025年8月25日閲覧
- ↑ 【(朝鮮) 洪萬選】【著】, (朝鮮) 柳重臨 増補, 1766, 『増補山林経済 巻6』 、国立国会図書館デジタルコレクション(コマ番号5/72)、2025年8月25日閲覧
- ↑ 이효지 외(엮음), 2004,『시의전서』, 신광출판사, P203
- ↑ 李用基, 1924, 『朝鮮無双新式料理製法』, 永昌書館, P157-158
- ↑ 지은이:이용기, 자문:황혜성, 옮긴이:옛음식연구회, 2001, 『다시 보고 배우는 조선무쌍 신식요리제법』, 도서출판 궁중음식연구원, P198-199
外部リンク
- 制作者関連サイト
- 韓食生活(韓食ペディアの執筆者である八田靖史の公式サイト)
- 八田靖史プロフィール(八田靖史のプロフィール)