「ノクチャ(緑茶/녹차)」の版間の差分

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:[[慶尚南道の料理|慶尚南道]][[金海市の料理|金海市]]には、将軍茶(チャングンチャ、[[장군차]])が名産となっている。
 
:[[慶尚南道の料理|慶尚南道]][[金海市の料理|金海市]]には、将軍茶(チャングンチャ、[[장군차]])が名産となっている。
  
;歴史
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:西暦48年に金官伽耶の初代王、首露王と結婚した許黄玉(ホ・ファンオク、허황옥)は、高麗時代の歴史書『三国遺事(삼국유사)』によれば、インドの阿踰陀国(アヨーディヤー?)出身とされる。このとき茶の種子を持参したとの伝承があり、金海市では茶の伝来地としてアピールしている。直接的な史料は残っていないものの、1918年に歴史学者の李能和(イ・ヌンファ、이능화)が出版した『朝鮮仏教通史(조선불교통사)』が、ひとつの根拠として多く引用される。朝鮮半島の仏教史を膨大な量の文献、碑文、俗伝からまとめたもので、「金海の白月山に竹露茶がある。巷では首露王妃の許氏がインドから持ってきた茶の種子だと伝わる」<ref>[https://dl.ndl.go.jp/pid/943682/1/243 李能和, 1918年『朝鮮仏教通史 下編』, 新文館, P461] 、国立国会図書館デジタルコレクション(コマ番号243/641)、2026年7月15日閲覧</ref>【原文1】と書かれている。
 
:西暦48年に金官伽耶の初代王、首露王と結婚した許黄玉(ホ・ファンオク、허황옥)は、高麗時代の歴史書『三国遺事(삼국유사)』によれば、インドの阿踰陀国(アヨーディヤー?)出身とされる。このとき茶の種子を持参したとの伝承があり、金海市では茶の伝来地としてアピールしている。直接的な史料は残っていないものの、1918年に歴史学者の李能和(イ・ヌンファ、이능화)が出版した『朝鮮仏教通史(조선불교통사)』が、ひとつの根拠として多く引用される。朝鮮半島の仏教史を膨大な量の文献、碑文、俗伝からまとめたもので、「金海の白月山に竹露茶がある。巷では首露王妃の許氏がインドから持ってきた茶の種子だと伝わる」<ref>[https://dl.ndl.go.jp/pid/943682/1/243 李能和, 1918年『朝鮮仏教通史 下編』, 新文館, P461] 、国立国会図書館デジタルコレクション(コマ番号243/641)、2026年7月15日閲覧</ref>【原文1】と書かれている。
  
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