「カルビグイ(牛カルビ焼き/갈비구이)」の版間の差分

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== 歴史 ==
 
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=== 文献上の記録 ===
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:;『信使通筋覚書朝鮮人好物附之写』(1711年)
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:江戸時代に朝鮮通信使の接待を担当した山口県の岩国藩は、饗応の記録として『信使通筋覚書朝鮮人好物附之写』(岩国徴古館蔵)を作成した。好物のひとつとして、カルビグイが記録されている。名称を「カルヒ」と韓国語で記したうえで、詳細な調理法や提供のタイミングについて、以下のようにまとめている。なお、同資料にはキムチについても「沈菜」「きみすい」の名前で記録されている。
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肋 アハラ也
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彼国にてカルヒトいふて 賞味する物なり 長さ三寸程宛に切 肋に付たる肉少宛有 此肉を五歩程宛に切目入 油せうゆにて能炙 すゝむ 肋 胃一方には肉付けす 肉付たる方を五歩程つゝ 胃きわ迄切目入て炙たるへし ゆてもよし 大人小人によらす賞味するなり 膳部の時は不用 吸物す間々見合肴に出し候時は 百味もこれには不及ほと賞翫也<ref>高正晴子, 2010, 『朝鮮通信使をもてなした料理』, 明石書店, P117-118</ref>
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:;『是議全書』(19世紀末)の記述
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:19世紀末に書かれた料理書『是議全書([[시의전서]])』(原著者不詳)には、カリグイ(가리구이)の名前でカルビグイの調理法が記載されている。記述は以下の通りである。
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「カルビを2尺3〜4分(約8cm)幅に切ってきれいに洗い、肉の筋に対して横方向にとても細かく表裏に切れ目を入れる。 次に、縦方向にも切れ目を入れ、中央をを切って左右に広げる。各種の調味料で味付けをし、アミの塩辛汁で味を調え、揉み込んでから焼く」【原文1】<ref>이효지 외(엮음), 2004,『시의전서』, 신광출판사, P222</ref>
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:【原文1(現代語訳)】「갈비를 2치 3~4푼(약 8cm) 길이씩 잘라 깨끗이 씻어서 고기의 가로결로 매우 잘게 안팎을 자른다. 그 다음에 세로도 잘라 가운데를 갈라 좌우로 젖히고, 갖은 양념을 하여 새우젓국으로 간을 맞추어 주물러 재웠다가 굽는다」
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=== 1920年代 ===
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:;『別乾坤』(1929年)の記述
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:1929年9月発行の雑誌『別乾坤(第23号)』に「京城名物集」と題された記事があり、当時の流行料理としてヨンゲタン(若鶏のスープ、연계탕)とともに、クンカルビ(焼きカルビ、군갈비)の呼び名でカルビグイを紹介している。同記事では「三年前までヨンゲタン〈若鶏のスープ〉やカルビを焼いて売る店がなかった」としたうえで、[[ソウル市の料理|ソウル市]]中区貞洞(チュング チョンドン、중구 정동)の[[ユッケジャン(牛肉の辛いスープ/육개장)|テグタン(牛肉の辛いスープ/대구탕)]]専門店を皮切りとして提供店が増えていると伝えている。この記事を根拠とするならば、カルビグイは1920年代後半から外食店でのメニュー化が進んだと考えられる。記事の該当部分は以下の通りである。
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「ヨンゲタンとカルビ 元山に若鶏料理の店ができてずいぶんになり、平壌にも最近、クンカルビ〈カルビ焼き〉の店ができたという。ソウルには三年前までヨンゲタン〈若鶏のスープ〉やカルビを焼いて売る店がなかった。
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 だが、貞洞のテグタン専門店で、ペクスクヨンゲ〈若鶏の丸茹で〉とクンカルビを売り始めたところいくつかの飲食店ができ、店ごとに判で押したかのように決まってテグタン、ペクスクヨンゲ、クンカルビを売るようになった。まだテグタン専門店のほか数店にすぎないが、いずれにせよヨンゲタンとクンカルビはソウルの名物料理になった。味はそこまで特別なものはないが、食べやすいのでみなから歓迎されている。」【原文2】<ref>[https://db.history.go.kr/modern/level.do?levelId=ma_015_0210_0360 京城名物集] 、韓国史データベース、2026年4月26日閲覧</ref><ref>イ・サン編, 八田靖史訳, 2025, 『書かずにいられない味がある: 100年前の韓食文学』, CUON, P221-222</ref>
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【原文2】「軟鷄湯과 갈비 元山에 軟鷄집이 잇는지는 벌서 오랫고 平壤에도 近來에 갈비집이 생겻다 한다. 서울에는 三年前까지도 軟鷄湯이나 갈비 구어 파는 집이 업섯더니 典洞 大邱湯집에서 白熟軟鷄와 갈비를 구어 팔기 시작한 뒤로 여러 식당이 생긔여 집집마다 寫眞판에 박은 것처럼 依例이 大邱湯, 白熟軟鷄, 군갈비를 팔게 되엿다. 지금은 大邱湯집 外 몃집에 不過하지만은 何如間 軟鷄湯과 군갈비는 서울의 飮食에 한 名物이 되얏다. 맛이야 무슨 特別한 것이 업지만은 먹기에 便利한 까닭에 누구나 歡迎한다.」
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=== 1930年代 ===
 
=== 1930年代 ===
 
:;『京城日報』(1938年)の記述
 
:;『京城日報』(1938年)の記述
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