「テンジャンチゲ(味噌鍋/된장찌개)」の版間の差分

 
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=== 文献上の記録 ===
 
=== 文献上の記録 ===
 
;『三国史記』(683年)の記述
 
;『三国史記』(683年)の記述
:高麗時代の文官、金富軾(キム・ブシク、김부식)がまとめた歴史書『三国史記(삼국사기)』には、新羅の第31代王、神文王(シンムヌァン、신문왕)が神文王3年(683年)2月に王妃を迎える際の礼物が記録されている。「幣帛(婚姻前に送る礼物)が手押し車15台分、米、酒、油、醤、豉、干し肉、塩辛が135台分、租穀が150車分だった」<ref>[https://db.history.go.kr/item/compareViewer.do?levelId=sg_008_0020_0140 三国史記 > 新羅本紀 第八 > 神文王 > 金欽運の娘を夫人として迎えるために結納を取り交わす(김흠운의 딸을 부인으로 맞이하기 위해 납채하다)] 、韓国史データベース、2025年8月25日閲覧</ref>とあり、このうち「醤」はカンジャン(醤油、[[간장]])とテンジャン(味噌、[[된장]])が分化する前の混ざった状態と見られ、「豉」は「醤」を作るためのメジュ(味噌玉麹、[[메주]])を指すと考えられている。
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:高麗時代の文官、金富軾(キム・ブシク、김부식)がまとめた歴史書『三国史記(삼국사기)』には、新羅の第31代王、神文王(シンムヌァン、신문왕)が神文王3年(683年)2月に王妃を迎える際の礼物が記録されている。「幣帛(婚姻前に送る礼物)が手押し車15台分、米、酒、油、醤、豉、干し肉、塩辛が135台分、租穀が150車分だった」【原文1】<ref>[https://db.history.go.kr/item/compareViewer.do?levelId=sg_008_0020_0140 三国史記 > 新羅本紀 第八 > 神文王 > 金欽運の娘を夫人として迎えるために結納を取り交わす(김흠운의 딸을 부인으로 맞이하기 위해 납채하다)] 、韓国史データベース、2025年8月25日閲覧</ref>とあり、このうち「醤」はカンジャン(醤油、[[간장]])とテンジャン(味噌、[[된장]])が分化する前の混ざった状態と見られ、「豉」は「醤」を作るためのメジュ(味噌玉麹、[[메주]])を指すと考えられている。
  
 
:【原文1】
 
:【原文1】
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:19世紀末に書かれた料理書『是議全書([[시의전서]])』(原著者不詳)には、チョチ([[조치2|조치]])の名前でさまざまなチゲ([[찌개]])が掲載されている。センソンジョチ(魚の鍋、[[생선조치]])の項目では、チョチに多様な種類があると触れたうえで、「醤油を入れるものは名前をマルグンジョチ(澄んだチョチ)、コチュジャン、テンジャンで味付けをするときは米のとぎ汁を入れてチャンジョチ(醤チョチ)と呼ぶ」【原文3】(丸カッコ内は訳注)と紹介している<ref>이효지 외(엮음), 2004,『시의전서』, 신광출판사, P203</ref>。テンジャンチゲに関する具体的な記録としては、これが初出になると見られる。
 
:19世紀末に書かれた料理書『是議全書([[시의전서]])』(原著者不詳)には、チョチ([[조치2|조치]])の名前でさまざまなチゲ([[찌개]])が掲載されている。センソンジョチ(魚の鍋、[[생선조치]])の項目では、チョチに多様な種類があると触れたうえで、「醤油を入れるものは名前をマルグンジョチ(澄んだチョチ)、コチュジャン、テンジャンで味付けをするときは米のとぎ汁を入れてチャンジョチ(醤チョチ)と呼ぶ」【原文3】(丸カッコ内は訳注)と紹介している<ref>이효지 외(엮음), 2004,『시의전서』, 신광출판사, P203</ref>。テンジャンチゲに関する具体的な記録としては、これが初出になると見られる。
  
:【原文2】
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:【原文3】
 
:「지령을 넣는 것은 이름이 맑은 조치이고 고추장・된장으로 간을 할 때는 속뜨물을 넣어 □□□□□(된장・고추장) 장 조치라 한다.」(□部分は原書から読み取り不能)
 
:「지령을 넣는 것은 이름이 맑은 조치이고 고추장・된장으로 간을 할 때는 속뜨물을 넣어 □□□□□(된장・고추장) 장 조치라 한다.」(□部分は原書から読み取り不能)
  
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