「光州市の料理」の版間の差分

 
(同じ利用者による、間の3版が非表示)
7行目: 7行目:
 
== 地域概要 ==
 
== 地域概要 ==
 
[[ファイル:20032202.JPG|thumb|300px|光州市立美術館]]
 
[[ファイル:20032202.JPG|thumb|300px|光州市立美術館]]
光州市(クァンジュシ、광주시)は韓国の南西部に位置する広域市(韓国に6ヶ所ある上級地方自治体)。正式には光州広域市(クァンジュクァンヨクシ、광주광역시)と呼ぶ。1896年に十三道制で施行されて以降、[[全羅南道の料理|全羅南道]]の道庁所在地であったが、1986年に直轄市として独立し、1995年に広域市となった。地域全体が[[全羅南道の料理|全羅南道]]に囲まれており、2005年10月まではそのまま道庁が置かれていたことから、地域全体の中心的な役割をも担っている。人口は140万0827人(2025年4月)で、韓国の市としては[[ソウル市の料理|ソウル市]]、[[釜山市の料理|釜山市]]などに次いで6番目に多い<ref>[https://jumin.mois.go.kr/ 주민등록 인구통계] 、行政安全部ウェブサイト、2025年5月17日閲覧</ref>。面積は501.1平方キロ(2021年)<ref>[https://kosis.kr/statHtml/statHtml.do?orgId=116&tblId=DT_MLTM_2300&conn_path=I2 행정구역별・지목별 국토이용현황_시군구] 、KOSIS(国家統計ポータル)、2023年1月26日閲覧</ref>
+
光州市(クァンジュシ、광주시)は韓国の南西部に位置する広域市(韓国に6ヶ所ある上級地方自治体)。正式には光州広域市(クァンジュクァンヨクシ、광주광역시)と呼ぶ。1896年に十三道制で施行されて以降、[[全羅南道の料理|全羅南道]]の道庁所在地であったが、1986年に直轄市として独立し、1995年に広域市となった。地域全体が[[全羅南道の料理|全羅南道]]に囲まれており、2005年10月まではそのまま道庁が置かれていたことから、地域全体の中心的な役割をも担っている。人口は140万0827人(2025年4月)で、韓国の市としては[[ソウル市の料理|ソウル市]]、[[釜山市の料理|釜山市]]などに次いで6番目に多い<ref>[https://jumin.mois.go.kr/ 주민등록 인구통계] 、行政安全部ウェブサイト、2025年5月17日閲覧</ref>。面積は501.0平方キロ(2024年)<ref>[https://kosis.kr/statHtml/statHtml.do?orgId=116&tblId=DT_MLTM_2300&conn_path=I2 행정구역별・지목별 국토이용현황_시군구] 、KOSIS(国家統計ポータル)、2026年2月23日閲覧</ref>。5区で構成される。
  
 
市の中央部から西部にかけては広く平坦な地域が続いて羅州平野(ナジュピョンヤ、나주평야)の一角を成し、市東部から南東部にかけては無等山(ムドゥンサン、무등산)をはじめとした山地となっている。市の中央を韓国4大河川のひとつである栄山江(ヨンサンガン、영산강)が南北に流れ、黄龍江(ファンリョンガン、황룡강)や光州川(クァンジュチョン、광주천)が支流として注ぐ。
 
市の中央部から西部にかけては広く平坦な地域が続いて羅州平野(ナジュピョンヤ、나주평야)の一角を成し、市東部から南東部にかけては無等山(ムドゥンサン、무등산)をはじめとした山地となっている。市の中央を韓国4大河川のひとつである栄山江(ヨンサンガン、영산강)が南北に流れ、黄龍江(ファンリョンガン、황룡강)や光州川(クァンジュチョン、광주천)が支流として注ぐ。
120行目: 120行目:
 
ムドゥンサンスバク([[무등산수박]])は、無等山一帯でとれるスイカ。別名をプレンイ([[푸랭이]])とも呼ぶ。市西部の北区金谷洞(プック クムゴクトン、북구 금곡동)、忠孝洞(チュンヒョドン、충효동)が主な生産地である。縞模様のない深緑色で、縦に長い楕円形をしており、サイズは一般のスイカに比べてはるかに大きく、10~20kg程度、大きいものでは30kg前後にまで育つ。大きさだけでなく糖度も高く、希少性もあることから、販売価格は高額となり、百貨店などでは贈答用としての扱いが多い。8月中旬頃から出荷が始まり、10月初旬頃まで収穫される。
 
ムドゥンサンスバク([[무등산수박]])は、無等山一帯でとれるスイカ。別名をプレンイ([[푸랭이]])とも呼ぶ。市西部の北区金谷洞(プック クムゴクトン、북구 금곡동)、忠孝洞(チュンヒョドン、충효동)が主な生産地である。縞模様のない深緑色で、縦に長い楕円形をしており、サイズは一般のスイカに比べてはるかに大きく、10~20kg程度、大きいものでは30kg前後にまで育つ。大きさだけでなく糖度も高く、希少性もあることから、販売価格は高額となり、百貨店などでは贈答用としての扱いが多い。8月中旬頃から出荷が始まり、10月初旬頃まで収穫される。
 
*歴史
 
*歴史
;『閨閤叢書』(1809年)の記述
+
:;『閨閤叢書』(1809年)の記述
:1809年に憑虛閣李氏(빙허각 이씨)が書いた『閨閤叢書([[규합총서]])』の第4巻には、各地域の名産品をまとめた「東国八道所産」という項目があり、[[光州市の料理|光州市]]はスイカ([[수박]])が紹介されている<ref>憑虛閣李氏著・鄭良婉訳, 1975 『閨閤叢書』, 宝晋斎, P410</ref>。
+
:1809年に憑虛閣李氏(빙허각 이씨)が書いた『閨閤叢書([[규합총서]])』の第4巻には、各地域の名産品をまとめた「東国八道所産」という項目があり、光州市はスイカ([[수박]])が紹介されている<ref>憑虛閣李氏著・鄭良婉訳, 1975 『閨閤叢書』, 宝晋斎, P410</ref>。
  
 
:;朝鮮総督府農事試験場の記録(1931年)
 
:;朝鮮総督府農事試験場の記録(1931年)
33,092

回編集