「英陽郡の料理」の版間の差分

896 バイト追加 、 2018年8月13日 (月) 23:08
編集の要約なし
1行目: 1行目:
 
{{Notice}}
 
{{Notice}}
  
'''英陽郡'''(ヨンヤングン、영양군)は慶尚北道に位置する地域。本ページでは英陽郡の料理、特産品について解説する。
+
'''英陽郡'''(ヨンヤングン、영양군)は[[慶尚北道の料理|慶尚北道]]の北東部に位置する地域。本ページでは英陽郡の料理、特産品について解説する。
  
 
[[ファイル:16050801.JPG|thumb|400px|トゥドゥル村にある張桂香の遺績碑]]
 
[[ファイル:16050801.JPG|thumb|400px|トゥドゥル村にある張桂香の遺績碑]]
  
 
== 地域概要 ==
 
== 地域概要 ==
英陽郡は慶尚北道の北東部に位置し、[[奉化郡の料理|奉化郡]]、蔚珍郡、盈徳郡、[[青松郡の料理|青松郡]]、安東市と接する。人口は1万7507人(2018年6月)<ref>[http://www.mois.go.kr/frt/sub/a05/totStat/screen.do 주민등록 인구통계] 、行政安全部ウェブサイト、2018年6月29日閲覧</ref>。この人口は島嶼地区である慶尚北道鬱陵郡に次いで韓国の全市郡で2番目に少ない。郡の東部を太白山脈が南北に貫いており、標高1219mの日月山(일월산)をはじめとした山岳地域である。郡内には朝鮮時代中期から続く同族村(集姓村)が点在し、載寧李氏の一族が住むトゥドゥル村(두들마을)や、漢陽趙氏のチュシル村(주실마을)、楽安呉氏の甘川村(감촌마을)には貴重な伝統家屋が残る。ほか観光地としては前述の日月山や水下渓谷(수하계곡)、ホタルの生息地として特区に指定されたホタル生態体験村(반딧불이생태체험마을)などがある。ソウル(東ソウルバスターミナル)から英陽バス停留所までは市外バスで約4時間30分の距離。
+
英陽郡は[[慶尚北道の料理|慶尚北道]]の北東部に位置し、郡の北東部は[[慶尚北道の料理|慶尚北道]]の[[蔚珍郡の料理|蔚珍郡]]、南東部は[[慶尚北道の料理|慶尚北道]]の[[盈徳郡の料理|盈徳郡]]、南部は[[慶尚北道の料理|慶尚北道]]の[[青松郡の料理|青松郡]]、西部は[[慶尚北道の料理|慶尚北道]]の[[安東市の料理|安東市]]、北西部は[[慶尚北道の料理|慶尚北道]]の[[奉化郡の料理|奉化郡]]と接する。人口は1万7461人(2018年7月)で、この人口は島嶼地区である[[慶尚北道の料理|慶尚北道]][[鬱陵郡の料理|鬱陵郡]]に次いで韓国の全市郡で2番目に少ない。<ref>[http://www.mois.go.kr/frt/sub/a05/totStat/screen.do 주민등록 인구통계] 、行政安全部ウェブサイト、2018年8月14日閲覧</ref>。郡の東部を太白山脈が南北に貫いており、標高1219mの日月山(イルォルサン、일월산)をはじめとした山岳地域である。郡内には朝鮮時代中期から続く同族村(集姓村)が点在し、載寧李氏の一族が住むトゥドゥル村(トゥドゥルマウル、두들마을)や、漢陽趙氏のチュシル村(チュシルマウル、주실마을)、楽安呉氏の甘川村(カムチョンマウル、감촌마을)には貴重な伝統家屋が残る。ほか観光地としては前述の日月山や水下渓谷(スハゲゴク、수하계곡)、ホタルの生息地として特区に指定されたホタル生態体験村(반딧불이생태체험마을)などがある。[[ソウル市の料理|ソウル市]]から英陽郡までは、東ソウル総合バスターミナルから英陽バス停留所まで高速バスで約4時間30分の距離。
  
 
== 食文化の背景 ==
 
== 食文化の背景 ==
英陽には朝鮮時代から続く同族村があり、昔ながらの文化をいまも継承している。中でも象徴的なのがトゥドゥル村における『飲食知味方』の発見であり、これは載寧李氏の家系に伝えられた料理書である。英陽市ではこの料理を再現し、実際に味を見ることのできる体験プログラムを観光の目玉にしている。また、この地域の主な産業は農業であり、全国的に名産地として有名な唐辛子をはじめ、高冷地野菜や、リンゴ、ナシ、モモ、ブドウ、スイカといった果物類、シイタケ、ツルニンジンなどを特産品とする。
+
英陽郡には朝鮮時代から続く同族村が数多く残り、昔ながらの文化を現在も継承している。中でも象徴的なのがトゥドゥル村における『飲食知味方』の発見であり、これは載寧李氏の家系に伝えられた料理書である。英陽市ではこの料理を再現し、実際に味を見ることのできる体験プログラムを観光の目玉にしている。また、この地域の主な産業は農業であり、全国的に名産地として有名な唐辛子をはじめ、高冷地野菜や、リンゴ、ナシ、モモ、ブドウ、スイカといった果物類、シイタケ、ツルニンジンなどを特産品とする。
  
 
== 代表的な料理 ==
 
== 代表的な料理 ==
 
[[ファイル:16050802.JPG|thumb|300px|飲食知味方の再現料理]]
 
[[ファイル:16050802.JPG|thumb|300px|飲食知味方の再現料理]]
トゥドゥル村に伝わる料理書『飲食知味方』の再現料理が有名。また、日出山やメンドン山一帯では山菜がとれ、それを利用した[[ピビムパプ(ビビンバ/비빔밥)]]や、山菜定食が名物として知られる。
+
トゥドゥル村に伝わる料理書『飲食知味方』の再現料理が有名。また、日月山やメンドン山一帯では山菜がとれ、それを利用した[[ピビムパプ(ビビンバ/비빔밥)]]や山菜定食が名物として知られる。
  
 
=== ウムシクティミバン(飲食知味方/음식디미방) ===
 
=== ウムシクティミバン(飲食知味方/음식디미방) ===
『飲食知味方』は1670年頃に書かれた料理書。載寧李氏の一族が住むトゥドゥル村(두들마을)に伝わるもので、1640年にこの村を開いた李時明(イ・シミョン、이시명)の妻、張桂香(チャン・ゲヒャン、장계향)が子孫のために台所仕事の要点を書き残したものである。本書には当時の両班家庭で作られていた料理のレシピが詳細に紹介されているほか、酒類の醸造法や、食品の保管方法についても記されている。その項目は実に146種類にも及び、当時の食文化を知るうえでたいへん貴重な資料である。また、『飲食知味方』より以前にも料理のレシピを記した文献はあるが、それらはすべて漢文であり、ハングルで記された料理書としてはもっとも古い。
+
『飲食知味方』は1670年頃に書かれた料理書。載寧李氏の一族が住むトゥドゥル村に伝わるもので、1640年にこの村を開いた李時明(イ・シミョン、이시명)の妻、張桂香(チャン・ゲヒャン、장계향)が子孫のために台所仕事の要点を書き残したものである。本書には当時の両班家庭で作られていた料理のレシピが詳細に紹介されているほか、酒類の醸造法や、食品の保管方法についても記されている。その項目は実に146種類にも及び、当時の食文化を知るうえでたいへん貴重な資料である。『飲食知味方』より以前にも料理のレシピを記した文献はあるが、それらはすべて漢文であり、ハングルで記された料理書としてはもっとも古い。
  
 
*体験プログラム
 
*体験プログラム
23行目: 23行目:
 
==== 飲食知味方の特徴 ====
 
==== 飲食知味方の特徴 ====
 
*飲食知味方の題名
 
*飲食知味方の題名
:トゥドゥル村で保管された文書の表紙には、『閨壼是議方(규곤시의방)』という題名がつけられている。これは「女性の心得」を意味する言葉であるが、当初からのものでなく子孫によって後日付け加えられたものと見られる。一般的には本文の冒頭に書かれた『飲食知味方』が本書の題名として用いられ、これは「料理の味を知る方法」を意味する。なお、現在の表記法では「음식지미방」となるが、本書には「음식디미방」と記されており、現在の呼び名もそれに則るのが通例である。
+
:トゥドゥル村で保管された文書の表紙には、『閨壼是議方(キュゴンシウィバン、규곤시의방)』という題名がつけられている。これは「女性の心得」を意味する言葉であるが、当初からのものでなく子孫によって後日付け加えられたものと見られる。一般的には本文の冒頭に書かれた『飲食知味方』が本書の題名として用いられ、これは「料理の味を知る方法」を意味する。なお、現在の表記法では「음식지미방」となるが、本書には「음식디미방」と記されており、現在の呼び名もそれに則るのが通例である。
  
 
*唐辛子の伝来と普及
 
*唐辛子の伝来と普及
:『飲食知味方』の大きな特徴のひとつに唐辛子が一切使われていないことがあげられる。中米を原産とする唐辛子は16世紀後半から17世紀初頭にかけて日本を経由して朝鮮半島に伝わったとされ、もっとも古い記録は1614年に書かれた『芝峰類説(지봉유설)』に見られる。『飲食知味方』の執筆年代よりも50年以上もさかのぼるが、まったく触れられていないことから考えると、少なくとも英陽郡の周辺ではまだ一般的な食材でなかったとみられる。『飲食知味方』のレシピは唐辛子普及以前の韓国料理を知るうえでたいへん貴重である。なお、唐辛子が料理のレシピに登場するのは、1766年に書かれた『増補山林経済(증보산림경제)』が初めてであり、この時期には普及が進んでいたと考えられる。
+
:『飲食知味方』の大きな特徴のひとつに唐辛子が一切使われていないことがあげられる。中米を原産とする唐辛子は16世紀後半から17世紀初頭にかけて日本を経由して朝鮮半島に伝わったとされ、もっとも古い記録は1614年に書かれた『芝峰類説지봉유설)』に見られる。『飲食知味方』の執筆年代よりも50年以上もさかのぼるが、まったく触れられていないことから考えると、少なくとも英陽郡の周辺ではまだ一般的な食材でなかったとみられる。『飲食知味方』のレシピは唐辛子普及以前の韓国料理を知るうえでたいへん貴重である。なお、唐辛子が料理のレシピに登場するのは、1766年に書かれた『増補山林経済(증보산림경제)』が初めてであり、この時期には普及が進んでいたと考えられる。
  
 
*現代韓国料理との差異
 
*現代韓国料理との差異
32行目: 32行目:
  
 
*マッチル方文
 
*マッチル方文
:『飲食知味方』に掲載されているいくつかのレシピには「マッチル方文(맛질방문)」との付記がある。この場合のマッチルとは地名であり、その地域の料理法を紹介するという意味である。マッチルは近隣都市の醴泉郡や[[奉化郡の料理|奉化郡]]を指すとの説が有力だが、はっきりとしたことはわかっていない。マッチル方文として紹介された料理には、スジュンゲ(鶏肉のあんかけ、수증계)、スンオマンドゥ(ボラ餃子、숭어만두)、ソンニュタン(ザクロのスープ、석류탕)など16酒類がある。
+
:『飲食知味方』に掲載されているいくつかのレシピには「マッチル方文(맛질방문)」との付記がある。この場合のマッチルとは地名であり、その地域の料理法を紹介するという意味である。マッチルは近隣都市の醴泉郡や[[奉化郡の料理|奉化郡]]を指すとの説が有力だが、はっきりとしたことはわかっていない。マッチル方文として紹介された料理には、スジュンゲ(鶏肉のあんかけ、[[수증계]])、[[オマンドゥ(宮中式の魚餃子/어만두)|スンオマンドゥ(ボラ餃子、숭어만두)]]、ソンニュタン(ザクロのスープ、[[석류탕]])など16酒類がある。
  
 
*酒造法
 
*酒造法
:『飲食知味方』に掲載される146項目のうち、51項目が酒造法である。当時は酒造りというと家庭の主婦が日常の家事として行うもので、こうして造る酒を家醸酒(カヤンジュ、가양주)と呼ぶ。両班家庭では祖先の祭祀を行ったり、客を迎えたりすることが多く、酒造りはたいへん重要な家事のひとつであった。『飲食知味方』には今日伝統酒として知られる三亥酒([[삼해주]])、梨花酒([[이화주]])、甘香酒([[감향주]])といった名前が並ぶ。現在の韓国でトンドンジュ([[동동주]])と呼ばれている米粒を浮かせた酒も、浮蟻酒([[부의주]])という名前で掲載されている。
+
:『飲食知味方』に掲載される146項目のうち、51項目が酒造法である。当時は酒造りというと家庭の主婦が日常の家事として行うもので、こうして造る酒を家醸酒(カヤンジュ、[[가양주]])と呼ぶ。両班家庭では祖先の祭祀を行ったり、客を迎えたりすることが多く、酒造りはたいへん重要な家事のひとつであった。『飲食知味方』には今日伝統酒として知られる三亥酒(サメジュ、[[삼해주]])、梨花酒(イファジュ、[[이화주]])、甘香酒(カミャンジュ、[[감향주]])といった名前が並ぶ。現在の韓国でトンドンジュ([[동동주]])と呼ばれている米粒を浮かせた酒も、浮蟻酒(プウィジュ、[[부의주]])という名前で掲載されている。
  
 
==== 代表的な掲載料理 ====
 
==== 代表的な掲載料理 ====
*スジュンゲ(鶏肉のあんかけ、수증계)
+
*スジュンゲ(鶏肉のあんかけ、[[수증계]])
 
[[ファイル:16050803.JPG|thumb|300px|スジュンゲ]]
 
[[ファイル:16050803.JPG|thumb|300px|スジュンゲ]]
*チャプチェ(キジ肉と野菜の和え物、잡채)
+
*[[チャプチェ(春雨炒め/잡채)|チャプチェ(キジ肉と野菜の和え物、잡채)]]
 
[[ファイル:16050804.JPG|thumb|300px|チャプチェ]]
 
[[ファイル:16050804.JPG|thumb|300px|チャプチェ]]
*カジェユク(豚肉の衣焼き、가제육)
+
*カジェユク(豚肉の衣焼き、[[가제육]])
*オマンドゥ(魚餃子、어만두)
+
*[[オマンドゥ(宮中式の魚餃子/어만두)]]
*テグコプチルヌルミ(タラ皮餃子のあんかけ、대구껍질 느르미)
+
*テグコプチルヌルミ(タラ皮餃子のあんかけ、[[대구껍질 느르미]])
*トンアヌルミ(トウガンのあんかけ、동아느르미)
+
*トンアヌルミ(トウガンのあんかけ、[[동아느르미]])
*トトリジュク(ドングリ粥、도토리죽)
+
*トトリジュク(ドングリ粥、[[도토리죽]])
  
 
=== サンチェピビムパプ(山菜ビビンバ/산채비빔밥) ===
 
=== サンチェピビムパプ(山菜ビビンバ/산채비빔밥) ===
61行目: 61行目:
  
 
==== 青陽唐辛子(청양고추) ====
 
==== 青陽唐辛子(청양고추) ====
:韓国で流通する唐辛子のうち猛烈な辛さを特徴とする品種に青陽唐辛子(チョンヤンコチュ、청양고추)がある。この青陽唐辛子の青陽(チョンヤン)は命名の由来に論争があり、慶尚北道の青松(チョンソン、청송)郡と英陽(ヨンヤン、영양)郡からひと文字ずつ取ったとの説と、忠清南道の青陽(チョンヤン、청양)郡を指すとの説に分かれる。
+
:韓国で流通する唐辛子のうち猛烈な辛さを特徴とする品種に青陽唐辛子(チョンヤンコチュ、[[청양고추]])がある。この青陽唐辛子の青陽は命名の由来に論争があり、[[慶尚北道の料理|慶尚北道]]の[[青松郡の料理|青松郡]]と英陽郡からひと文字ずつ取ったとの説と、[[忠清南道の料理|忠清南道]]の[[青陽郡の料理|青陽郡]]を指すとの説に分かれる。
  
 
*青松郡・英陽郡発祥説
 
*青松郡・英陽郡発祥説
79行目: 79行目:
 
== 代表的な酒類・飲料 ==
 
== 代表的な酒類・飲料 ==
 
=== 英陽郡のマッコリ ===
 
=== 英陽郡のマッコリ ===
:英陽生マッコリ(영양생막걸리)を製造する「英陽濁酒合同(영양탁주합동)」は、1926年創業と慶尚北道のマッコリ醸造場としてはもっとも古く、その建物は慶尚北道産業遺産にも指定されている。
+
:英陽生マッコリ(영양생막걸리)を製造する「英陽濁酒合同(영양탁주합동)」は、1926年創業と[[慶尚北道の料理|慶尚北道]]のマッコリ醸造場としてはもっとも古く、その建物は慶尚北道産業遺産にも指定されている。
  
 
=== 椒花酒(초화주) ===
 
=== 椒花酒(초화주) ===
:青杞里(청기리)地区にある醸造場「英陽長生酒(영양장생주)」で生産される伝統酒。センキュウ([[천궁]])、当帰([[당귀]])、黄耆([[황기]])など12種類の生薬を加えた漢方焼酎で、胡椒と蜂蜜が入ることから椒花酒と名付けられた。
+
:青杞里(チョンギリ、청기리)地区にある醸造場「英陽長生酒(영양장생주)」で生産される伝統酒。センキュウ([[천궁]])、当帰([[당귀]])、黄耆([[황기]])など12種類の生薬を加えた漢方焼酎で、胡椒と蜂蜜が入ることから椒花酒と名付けられた。
  
 
== 飲食店情報 ==
 
== 飲食店情報 ==
29,495

回編集