「釜山市の料理」の版間の差分

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== 地域概要 ==
 
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[[ファイル:17111702.JPG|300px|thumb|チャガルチ市場の周辺に広がる露店]]
 
[[ファイル:17111702.JPG|300px|thumb|チャガルチ市場の周辺に広がる露店]]
釜山市(プサンシ、부산시)は韓国の南東部に位置する広域市(韓国に5ヶ所ある上級地方自治体)。北部は[[蔚山市の料理|蔚山市]]、また北部から西部にかけて[[慶尚南道の料理|慶尚南道]]と接し、東部と南部は海に面する。人口は323万0982人(2026年7月)で、韓国の市としては[[ソウル市の料理|ソウル市]]に次いで2番目に多い<ref>[https://jumin.mois.go.kr/ 행정동별 주민등록 인구 및 세대현황] 、行政安全部ウェブサイト、2026年8月25日閲覧</ref>。面積は771.3平方キロ(2024年)<ref>[https://kosis.kr/statHtml/statHtml.do?orgId=116&tblId=DT_MLTM_2300&conn_path=I2 행정구역별・지목별 국토이용현황_시군구] 、KOSIS(国家統計ポータル)、2026年2月23日閲覧閲覧</ref>。15区1郡で構成され、郡部には[[機張郡の料理|機張郡]]がある。1963年に[[慶尚南道の料理|慶尚南道]]から独立して直轄市に昇格。1995年から広域市となった。韓国第2の都市であるとともに韓国最大の港湾都市であり、海外からの渡航客が多く訪れる一方、貿易、流通の拠点としても栄えている。
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釜山市(プサンシ、부산시)は韓国の南東部に位置する広域市(韓国に5ヶ所ある上級地方自治体)。北部は[[蔚山市の料理|蔚山市]]、北部から西部にかけては[[慶尚南道の料理|慶尚南道]]と接し、東部と南部は海に面する。人口は323万0982人(2026年7月)で、韓国の市としては[[ソウル市の料理|ソウル市]]に次いで2番目に多い<ref>[https://jumin.mois.go.kr/ 행정동별 주민등록 인구 및 세대현황] 、行政安全部ウェブサイト、2026年8月25日閲覧</ref>。面積は771.3平方キロ(2024年)<ref>[https://kosis.kr/statHtml/statHtml.do?orgId=116&tblId=DT_MLTM_2300&conn_path=I2 행정구역별・지목별 국토이용현황_시군구] 、KOSIS(国家統計ポータル)、2026年2月23日閲覧閲覧</ref>。15区1郡で構成され、郡部には[[機張郡の料理|機張郡]]がある。1963年に[[慶尚南道の料理|慶尚南道]]から独立して直轄市に昇格。1995年から広域市となった。韓国第2の都市であるとともに韓国最大の港湾都市であり、海外からの渡航客が多く訪れる一方、貿易、流通の拠点としても栄えている。
  
 
;歴史
 
;歴史
:古くこの地域は東莱(トンネ、동래)と呼ばれ、現在の東莱区一帯が長らく中心であった。1895年に施行された二十三府制でも名称は東莱府である。1896年からは十三道制になって[[慶尚南道の料理|慶尚南道]]に組み込まれ、植民地時代の1910年に釜山府と改称された。
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:古くこの地域は東莱(トンネ、동래)と呼ばれ、現在の東莱区一帯が長らく中心であった。1895年に施行された二十三府制でも名称は東莱府である。1896年からの十三道制では[[慶尚南道の料理|慶尚南道]]に組み込まれ、植民地時代の1910年に釜山府と改称された。
  
:釜山という地名は、もともと富山の字を当て、『太宗実録(태종신록)』1402年(太宗2年)1月28日の記録に富山浦(プサンポ、부산포)の地名を確認できる<ref>[https://sillok.history.go.kr/id/kca_10201028_002 朝鮮王朝実録(太宗実録 太宗2年1月28日)] 、朝鮮王朝実録、2026年7月18日閲覧</ref>。その後、次第に釜山が使われるようになるが、理由として釜に似た形の山があったからと伝えられる。甑山(チュンサン、증산)や、子城台山(チャソンデサン、자성대산)が有力な候補とされるが、実際にどの山かははっきりしていない<ref>[https://www.busan.go.kr/bhnorigin01 釜山紹介 > 釜山の歴史 > 名称の由来 > 釜山の由来] 、釜山市ウェブサイト、2026年7月18日閲覧</ref>。富山浦は15世紀以降、倭館が置かれた港としても知られる。
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:釜山という地名は、もともと「富山」の字を当て、『太宗実録(태종신록)』1402年(太宗2年)1月28日の記録に富山浦(プサンポ、부산포)の地名を確認できる<ref>[https://sillok.history.go.kr/id/kca_10201028_002 朝鮮王朝実録(太宗実録 太宗2年1月28日)] 、朝鮮王朝実録、2026年7月18日閲覧</ref>。その後、次第に「釜山」が使われるようになるが、理由として釜に似た形の山があったからと伝えられる。現在の甑山(チュンサン、증산)や、子城台山(チャソンデサン、자성대산)が有力な候補とされるが、実際にどの山かははっきりしていない<ref>[https://www.busan.go.kr/bhnorigin01 釜山紹介 > 釜山の歴史 > 名称の由来 > 釜山の由来] 、釜山市ウェブサイト、2026年7月18日閲覧</ref>。富山浦は15世紀以降、倭館が置かれた港としても知られる。
  
:1875年の江華島事件をきっかけとして、翌年に日朝修好条規が締結されると、釜山港が開かれて外国人居留地が設けられた。日本からも大勢の人が渡って居住するに至り、このとき伝わった[[オデン(おでん/오뎅)]]が釜山名物として定着するなど食文化への影響も見られる。
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:1875年の江華島事件をきっかけとして、翌年に日朝修好条規が締結されると、釜山港が開かれて外国人居留地が設けられた。日本からも大勢の人が渡って居住するに至り、このとき伝わった[[釜山市の料理#オデン(おでん/오뎅)|オデン(おでん/오뎅)]]が釜山名物として定着するなど食文化への影響も見られる。
  
 
;観光地
 
;観光地
:主要な観光地には、水産市場のチャガルチ市場(チャガルチシジャン、자갈치시장)や、海外からの輸入品が集まって成長した国際市場(クッチェシジャン、국제시장)、南浦洞(ナムポドン、남포동)地区のシンボルである釜山タワー(プサンタウォ、부산타워)などがある。海雲台(ヘウンデ、해운대)地区、広安里(クァンアルリ、광안리)地区のビーチにはリゾートエリアが広がり、ホテル、飲食店、カフェなどが集まっている。近年では山肌の斜面に建てられた家並みを壁画などのアートで飾った甘川文化村(カムチョンムヌァマウル、감천문화마을)の人気も高い。
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:主要な観光地には、水産市場のチャガルチ市場(チャガルチシジャン、자갈치시장)や、海外からの輸入品が集まって成長した国際市場(クッチェシジャン、국제시장)、繁華街の南浦洞(ナムポドン、남포동)、展望台から市内を一望できる釜山タワー(プサンタウォ、부산타워)などがある。海雲台(ヘウンデ、해운대)、広安里(クァンアルリ、광안리)のビーチにはリゾートエリアが広がり、ホテル、飲食店、カフェなどが集まっている。
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:山肌の斜面に建てられた家並みを壁画などのアートで飾った甘川文化村(カムチョンムヌァマウル、감천문화마을)や、海上の空中散歩を楽しめる松島海上ケーブルカー(ソンド ヘサン ケイブルカー、송도해상케이블카)の人気も高い。海岸の美しい景色を眺望できる海雲台ブルーラインパーク(ヘウンデ ブルルライン パーク、해운대 블루라인 파크)には、スカイカプセル(スカイケプシュル、스카이캡슐)や、海岸列車(ヘアンニョルチャ、해안열차)といった乗り物があり、海面に突き出た青沙浦タリットル展望台(チョンサポ タリットル チョンマンデ、청사포 다릿돌 전망대)には途中下車をして立ち寄れる。
  
 
;アクセス
 
;アクセス
:[[ソウル市の料理|ソウル市]]から釜山市までのアクセスは、ソウル駅、または龍山駅から高速鉄道のKTXなどで釜山駅まで2時間3~40分前後。ソウル高速バスターミナル、東ソウル総合ターミナルから高速バスで釜山総合バスターミナルまで4時間15分程度。釜山西部バスターミナルまで4時間20分程度。日本から釜山市へ直接向かうには、金海国際空港(김해국제공항)まで成田、関西、中部、福岡、札幌などの各空港から直行便が出ているほか、博多、下関、大阪から船で行くこともできる。
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:[[ソウル市の料理|ソウル市]]から釜山市までのアクセスは、ソウル駅から高速鉄道で釜山駅まで2時間3~40分前後。ソウル高速バスターミナル、東ソウル総合ターミナルから高速バスで釜山総合バスターミナルまで4時間15分程度。釜山西部バスターミナルまで4時間20分程度。日本から釜山市へ直接向かうには、金海国際空港(キメ クッチェゴンハン、김해국제공항)まで成田、関西、中部、福岡、札幌などの各空港から直行便が出ているほか、博多、下関、大阪からフェリーの航路も結ばれている。
  
 
=== チャガルチ市場 ===
 
=== チャガルチ市場 ===
:チャガルチ市場([[자갈치시장]])は、中区チャガルチ海岸路52(중구 자갈치해안로 52)に位置する水産市場。狭義には2006年に建てられた地上7階、地下2階のビル内にある店舗群を指すが、周辺に広がる無数の露店、刺身店などを含めてチャガルチ市場と称することが多い。建物内は1階が鮮魚店、2階に刺身店と乾物店が集まっており、上階には休憩スペースや展望テラスなどがある。この地域に市場が形成されたのは1876年の釜山港開港以降で、日本人によって1889年に設立された釜山水産株式会社や、1922年設立の釜山漁業組合(現在の釜山市水産協同組合)を通じての取引が母体となった<ref>[http://japanese.visitkorea.or.kr/jpn/TMC/TE_JA_7_1_1.jsp?cid=2358273 자갈치 시장] 、韓国観光公社ウェブサイト、2017年9月13日閲覧</ref><ref name="jagalchimarket">[http://busan.grandculture.net/Contents?local=busan&dataType=99&contents_id=GC04215071 자갈치 시장] 、釜山歴史文化大典、2017年9月13日閲覧</ref>。正式にチャガルチ市場として開場したのは1970年であり、正式に市場登録されたのは1972年2月である<ref name="jagalchimarket" />。チャガルチ市場という名称の由来ははっきりしていないが、砂利石(チャガル、자갈)の多い浜辺であったことから、それに魚を意味する「チ(치)」を付け加えたとの説がよく語られている。実際にチャガルチ(ヒメゲンゲ、[[자갈치]])という標準名の魚もいるが、こちらは関係ないと見られる。
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:チャガルチ市場(チャガルチシジャン、[[자갈치시장]])は、中区チャガルチ海岸路52(중구 자갈치해안로 52)に位置する水産市場。狭義には2006年に建てられた地上7階、地下2階のビル内にある店舗群を指すが、周辺に広がる無数の露店、刺身店などを含めてチャガルチ市場と称することが多い。建物内は1階に鮮魚の卸売店、2階に飲食店と乾物店が集まっており、上階には休憩スペースや展望テラスなどがある。この地域に市場が形成されたのは1876年の釜山港開港以降で、日本人によって1889年に設立された釜山水産株式会社や、1922年設立の釜山漁業組合(現在の釜山市水産協同組合)を通じての取引が母体となった<ref>[http://japanese.visitkorea.or.kr/jpn/TMC/TE_JA_7_1_1.jsp?cid=2358273 자갈치 시장] 、韓国観光公社ウェブサイト、2017年9月13日閲覧</ref><ref name="jagalchimarket">[http://busan.grandculture.net/Contents?local=busan&dataType=99&contents_id=GC04215071 자갈치 시장] 、釜山歴史文化大典、2017年9月13日閲覧</ref>。正式にチャガルチ市場として開場したのは1970年であり、正式に市場登録されたのは1972年2月である<ref name="jagalchimarket" />。チャガルチ市場という名称の由来ははっきりしていないが、砂利石(チャガル、자갈)の多い浜辺であったことから、それに魚を意味する「チ(치)」を付け加えたとの説がよく語られている。実際にチャガルチ(ヒメゲンゲ、[[자갈치]])という標準名の魚もいるが、こちらは関係ないと見られる。
  
 
=== 機張郡の料理 ===
 
=== 機張郡の料理 ===
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