「ネンミョン(冷麺/냉면)」の版間の差分

 
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;『谿谷集』(1635年)の記述
 
;『谿谷集』(1635年)の記述
:張維によって書かれた『谿谷集(계곡집)』27巻には「紫漿冷麺」と題された五言律詩がある<ref>[http://db.mkstudy.com/mksdb/e/korean-literary-collection/book/reader/8529/?sideTab=toc&articleId=1046227 계곡집] 、한국문집총간、2017年2月4日閲覧</ref>。冷麺に関する文献上の記録としてはもっとも古く、朝鮮時代中期にはネンミョンが一般的な料理であったと推測される。
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:朝鮮時代後期の文臣、張維(チャン・ユ、장유)によって書かれた『谿谷集(ケゴクチプ、계곡집)』27巻には「紫漿冷麺」と題された五言律詩がある<ref>[http://db.mkstudy.com/mksdb/e/korean-literary-collection/book/reader/8529/?sideTab=toc&articleId=1046227 계곡집] 、한국문집총간、2017年2月4日閲覧</ref>。冷麺に関する文献上の記録としてはもっとも古く、朝鮮時代中期にはネンミョンが一般的な料理であったと推測される。同書の原稿は1635年に完成し、1638年に張維が亡くなったのち、息子の張善澂(チャン・ソンジン、장선징)によって若干の詩文を経て1643年に刊行された。よって冷麺の記録として扱う場合、1643年とする事例も見られる。
  
 
;『山林経済』(1700年代前半)の記述
 
;『山林経済』(1700年代前半)の記述
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