「蔚山市の料理」の版間の差分

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=== オニャンプルコギ(彦陽式の牛焼肉/언양불고기) ===
 
=== オニャンプルコギ(彦陽式の牛焼肉/언양불고기) ===
 
[[ファイル:24121804.JPG|thumb|300px|ソクセプルコギ]]
 
[[ファイル:24121804.JPG|thumb|300px|ソクセプルコギ]]
:[[蔚州郡の料理|蔚州郡]]の彦陽(オニャン、언양)地区では日本統治時代に牛市場が開かれて賑わい、周辺地域で飼育された牛が集ってきた。こうした背景から彦陽では牛肉料理が発達し、薄切りにした牛肉に醤油、ゴマ油、砂糖などで味付けをしてから網で焼いた[[ソクセプルコギ(牛肉の網焼き/석쇠불고기)]]が名物となった。これが他地域でも有名になったことで、現在はオニャンプルコギ(彦陽式の牛焼肉、[[언양불고기]])とも呼ばれることも多い。彦陽市外バスターミナルの近くにたくさんの焼肉店が集まっている。
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:[[蔚州郡の料理|蔚州郡]]の彦陽(オニャン、언양)地区では日本統治時代に牛市場が開かれて賑わい、周辺地域で飼育された牛が集ってきた。1915年の朝鮮総督府調査によれば、当時の蔚山郡では1万4976頭の牛を飼育しており、近隣の[[釜山市の料理|釜山市]]や、[[慶尚南道の料理|慶尚南道]][[金海市の料理|金海市]]、[[密陽市の料理|密陽市]]と比べてもはるかに多い<ref>[https://dl.ndl.go.jp/pid/1484602/1/47 朝鮮総督府, 1916, 『朝鮮彙報 (16)』(大正5年6月1日号), 朝鮮総督府, P79] 、国立国会図書館デジタルコレクション(コマ番号47/171)、2026年4月6日閲覧</ref>。1921年の調査でも、畜牛数、生産数ともに[[慶尚南道の料理|慶尚南道]]でもっとも多い<ref>[https://dl.ndl.go.jp/pid/1484602/1/47 朝鮮総督府慶尚南道 編纂, 1922, 『道勢一班』(大正5年6月1日号), 慶尚南道, P100-101] 、国立国会図書館デジタルコレクション(コマ番号69/124)、2026年4月6日閲覧</ref>。こうした背景から彦陽では牛肉料理が発達し、薄切りにした牛肉に醤油、ゴマ油、砂糖などで味付けをしてから網で焼いた[[ソクセプルコギ(牛肉の網焼き/석쇠불고기)]]が名物となった。これが他地域でも有名になったことで、現在はオニャンプルコギ(彦陽式の牛焼肉、[[언양불고기]])とも呼ばれる。彦陽市外バスターミナルの近くに焼肉店が集まっている。
  
 
*外食店の登場
 
*外食店の登場
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