「大邱市の料理」の版間の差分

 
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==== ヤキウドン(辛口焼きうどん/야끼우동) ====
 
==== ヤキウドン(辛口焼きうどん/야끼우동) ====
 
[[ファイル:17081407.JPG|300px|thumb|ヤキウドン]]
 
[[ファイル:17081407.JPG|300px|thumb|ヤキウドン]]
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:ヤキウドン([[야끼우동]])は、辛口の海鮮焼きうどん。エビや、イカなどの海鮮に、ニンジン、キャベツ、タマネギなどの野菜を加え、茹でた中華麺とともに辛口に炒めて作る。韓国式の[[チャンポン(激辛スープの海鮮麺/짬뽕)]]を汁なしに仕立てたアレンジ料理で、大邱市を発祥とする中国料理として位置付けられる。大邱市と近隣地域でのみ定着するローカルメニューである。中区南一洞(チュング ナミルトン、중구 남일동)に位置する「中和飯店(중화반점)」にて、1970年代に新メニューとして開発されたとされる。
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:ヤキウドン([[야끼우동]])は、辛口の海鮮焼きうどん。エビや、イカなどの海鮮に、ニンジン、キャベツ、タマネギなどの野菜を加え、茹でた中華麺とともに辛口に炒めて作る。韓国式の[[チャンポン(激辛スープの海鮮麺/짬뽕)]]を汁なしに仕立てたアレンジ料理で、大邱市を発祥とする中国料理として位置付けられる。大邱市と近隣地域でのみ定着するローカルメニューである。中区南一洞(チュング ナミルトン、중구 남일동)に位置する「[[#anchor_name_jung_hwa_ban_jeom01|中和飯店(중화반점)]]」にて、1970年代に新メニューとして開発されたとされる。
  
 
:名称は日本料理の「焼きうどん」と想像させるが、直接の関係はない。ただし、韓国の中国料理店には日本語が多く浸透しており、焼き餃子をヤキマンドゥ([[야끼만두]])、ダールー麺をウドン([[우동2|우동]])と呼ぶことから、両者を総合してヤキウドンという名称に至った。
 
:名称は日本料理の「焼きうどん」と想像させるが、直接の関係はない。ただし、韓国の中国料理店には日本語が多く浸透しており、焼き餃子をヤキマンドゥ([[야끼만두]])、ダールー麺をウドン([[우동2|우동]])と呼ぶことから、両者を総合してヤキウドンという名称に至った。
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==== タットンチプ(砂肝揚げ/닭똥집) ====
 
==== タットンチプ(砂肝揚げ/닭똥집) ====
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:タットンチプ([[닭똥집]])は、砂肝揚げ(「[[タットンチプ(砂肝炒め/닭똥집)]]」の項目も参照)。トンチプ([[똥집]])とも呼ぶ。東区新岩洞(トング シナムドン、동구 신암동)の平和市場(ピョンファシジャン、평화시장)を発祥とし、専門店の集まる一帯は「平和市場タットンチプ通り(평화시장 닭똥집 골목)」と呼ばれ、2017年6月現在、26軒の店がタットンチプを提供する(八田靖史の取材記録より、2017年6月25日)。1972年創業の元祖店「サマトンダク(삼아통닭)」によれば、当初は[[マッコリ(韓国式の濁酒/막걸리)|マッコリ]]を専門とする居酒屋を営んでおり、おつまみとして砂肝を揚げて出したところ好評だったため、そちらが専門になって広まったという。砂肝だけでなく拍子切りにしたサツマイモも一緒に揚げ、味付けは塩味のほか、ヤンニョム(辛味ダレ、[[양념]])味、醤油味、ニンニク味などのバリエーションがある。
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:タットンチプ([[닭똥집]])は、砂肝揚げ(「[[タットンチプ(砂肝炒め/닭똥집)]]」の項目も参照)。トンチプ([[똥집]])とも呼ぶ。東区新岩洞(トング シナムドン、동구 신암동)の平和市場(ピョンファシジャン、평화시장)を発祥とし、専門店の集まる一帯は「平和市場タットンチプ通り(평화시장 닭똥집 골목)」と呼ばれ、2017年6月現在、26軒の店がタットンチプを提供する(八田靖史の取材記録より、2017年6月25日)。1972年創業の元祖店「[[#anchor_name_sam_a_tong_dak01|サマトンダク(삼아통닭)]]」によれば、当初は[[マッコリ(韓国式の濁酒/막걸리)|マッコリ]]を専門とする居酒屋を営んでおり、おつまみとして砂肝を揚げて出したところ好評だったため、そちらが専門になって広まったという。砂肝だけでなく拍子切りにしたサツマイモも一緒に揚げ、味付けは塩味のほか、ヤンニョム(辛味ダレ、[[양념]])味、醤油味、ニンニク味などのバリエーションがある。
  
 
==== ヤンニョムオデン(辛口のオデン/양념오뎅) ====
 
==== ヤンニョムオデン(辛口のオデン/양념오뎅) ====
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==== ネンミョン(冷麺/냉면) ====
 
==== ネンミョン(冷麺/냉면) ====
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:ネンミョン([[냉면]])は、冷麺(「[[ネンミョン(冷麺/냉면)]]」の項目も参照)。大邱市内には老舗の[[ネンミョン(冷麺/냉면)|ネンミョン]]専門店が点在し、朝鮮戦争によって北部から避難してきた人たちによってその歴史が始まっている。1950年6月に朝鮮戦争が始まると、当初は北側が大きく南へと戦線を押し下げ、南側では大邱市の西方および北方を流れる洛東江を最終的な防御線と定めるに至る。[[ソウル市の料理|ソウル]]を失ったことから首都機能は一時、[[大田市の料理|大田市]]を経て大邱市へと移り、1950年7月16日~8月17日まで大邱市が臨時首都となった後、さらに[[釜山市の料理|釜山市]]へ移った。この前後、大邱市へは北部からの避難民が多く移り住んでおり、[[ネンミョン(冷麺/냉면)|ネンミョン]]の本場である[[北朝鮮の料理|平壌]]の出身者も多く含まれた。1951年に創業した中区校洞(チュング キョドン、중구 교동)の「江山麺屋(강산면옥)」と、1953年に[[釜山市の料理|釜山市]]で創業したのち1969年に大邱市へと移転した中区公平洞(チュング コンピョンドン、중구 공평동)の「釜山安麺屋(부산안면옥)」はいずれも創業者が[[北朝鮮の料理|平壌]]出身であり、これに「釜山安麺屋」から分かれて1960年代後半に創業した中区桂山洞(チュング ケサンドン、중구 계산동)の「大同麺屋(대동면옥)」を加えて、3店舗を「大邱3大冷麺」と称することも多い。
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:ネンミョン([[냉면]])は、冷麺(「[[ネンミョン(冷麺/냉면)]]」の項目も参照)。大邱市内には老舗の[[ネンミョン(冷麺/냉면)|ネンミョン]]専門店が点在し、朝鮮戦争によって北部から避難してきた人たちによってその歴史が始まっている。1950年6月に朝鮮戦争が始まると、当初は北側が大きく南へと戦線を押し下げ、南側では大邱市の西方および北方を流れる洛東江を最終的な防御線と定めるに至る。[[ソウル市の料理|ソウル]]を失ったことから首都機能は一時、[[大田市の料理|大田市]]を経て大邱市へと移り、1950年7月16日~8月17日まで大邱市が臨時首都となった後、さらに[[釜山市の料理|釜山市]]へ移った。この前後、大邱市へは北部からの避難民が多く移り住んでおり、[[ネンミョン(冷麺/냉면)|ネンミョン]]の本場である[[北朝鮮の料理|平壌]]の出身者も多く含まれた。1951年に創業した中区校洞(チュング キョドン、중구 교동)の「[[#anchor_name_gang_san_myon_ok01|江山麺屋(강산면옥)]]」と、1953年に[[釜山市の料理|釜山市]]で創業したのち1969年に大邱市へと移転した中区公平洞(チュング コンピョンドン、중구 공평동)の「釜山安麺屋(부산안면옥)」はいずれも創業者が[[北朝鮮の料理|平壌]]出身であり、これに「釜山安麺屋」から分かれて1960年代後半に創業した中区桂山洞(チュング ケサンドン、중구 계산동)の「[[#anchor_name_dae_dong_myon_ok01|大同麺屋(대동면옥)]]」を加えて、3店舗を「大邱3大冷麺」と称することも多い。
  
 
== 代表的な特産品 ==  
 
== 代表的な特産品 ==  
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*歴史
 
*歴史
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:1982年の創業で界隈では古株とされる「元祖北城路ウドンプルコギ(원조북성로우동불고기)」の店主によれば、近隣に[[ウドン(うどん/우동)|ウドン]]の麺を作る工場があって、そこから仕入れて販売したのが始まりだった。当初は夜の遅いタクシー運転手を相手とする商売だったが、クチコミで徐々に広がって屋台が増えていった。当初は[[ウドン(うどん/우동)|ウドン]]とともに[[テジカルビ(豚カルビ焼き/돼지갈비)]]を提供していたが、徐々に薄切りの豚肉を網焼きにするスタイルとなった(八田靖史の取材記録より、2017年6月24日)。
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:1982年の創業で界隈では古株とされる「[[#anchor_name_won_jo_buk_seong01|元祖北城路ウドンプルコギ(원조북성로우동불고기)]]」の店主によれば、近隣に[[ウドン(うどん/우동)|ウドン]]の麺を作る工場があって、そこから仕入れて販売したのが始まりだった。当初は夜の遅いタクシー運転手を相手とする商売だったが、クチコミで徐々に広がって屋台が増えていった。当初は[[ウドン(うどん/우동)|ウドン]]とともに[[テジカルビ(豚カルビ焼き/돼지갈비)]]を提供していたが、徐々に薄切りの豚肉を網焼きにするスタイルとなった(八田靖史の取材記録より、2017年6月24日)。
  
 
:直接的な関係はないものの、北城路一帯は20世紀初頭から日本人が多く住んだ地域で、大邱本町尋常小学校昭和18年卒業生有志が共作した「昭和十年代大邱府本町小學校區之圖」によると、昭和10年代には満盛庵、大東庵など少なくとも4軒のうどん店があり、2017年頃まで主要な屋台群があったテチャン駐車場(대창주차장)の場所(中区北城路2街8-17)には、木材やレンガなどを主に扱う「杉原合資会社」があって製糖、製粉業も営んでいた<ref>大邱本町尋常小学校昭和18年卒業生有志共作「昭和十年代大邱府本町小學校區之圖」より</ref><ref>[https://dl.ndl.go.jp/pid/1030371/1/81?keyword=%E6%9D%89%E5%8E%9F%E5%90%88%E8%B3%87%E4%BC%9A%E7%A4%BE 帝国商工会編, 1932年, 『帝国商工録(昭和8年版 朝鮮版)』, 帝国商工会, P138] 、国立国会図書館デジタルコレクション(コマ番号81/110)、2026年3月16日閲覧</ref>。
 
:直接的な関係はないものの、北城路一帯は20世紀初頭から日本人が多く住んだ地域で、大邱本町尋常小学校昭和18年卒業生有志が共作した「昭和十年代大邱府本町小學校區之圖」によると、昭和10年代には満盛庵、大東庵など少なくとも4軒のうどん店があり、2017年頃まで主要な屋台群があったテチャン駐車場(대창주차장)の場所(中区北城路2街8-17)には、木材やレンガなどを主に扱う「杉原合資会社」があって製糖、製粉業も営んでいた<ref>大邱本町尋常小学校昭和18年卒業生有志共作「昭和十年代大邱府本町小學校區之圖」より</ref><ref>[https://dl.ndl.go.jp/pid/1030371/1/81?keyword=%E6%9D%89%E5%8E%9F%E5%90%88%E8%B3%87%E4%BC%9A%E7%A4%BE 帝国商工会編, 1932年, 『帝国商工録(昭和8年版 朝鮮版)』, 帝国商工会, P138] 、国立国会図書館デジタルコレクション(コマ番号81/110)、2026年3月16日閲覧</ref>。
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:最終訪問日:2017年10月13日
 
:最終訪問日:2017年10月13日
  
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*;大同麺屋(テドンミョノク、대동면옥)★
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;*<span id="anchor_name_dae_dong_myon_ok01"></span>大同麺屋(テドンミョノク、대동면옥)★
 
:そば麺を用いた平壌式と、サツマイモのでんぷん麺を用いた咸興式の両方を提供する[[ネンミョン(冷麺/냉면)]]専門店。長ネギと一緒に味わう[[スユク(牛茹で肉の薄切り/수육)]]や、冬季限定の[[オボクチェンバン(北朝鮮式の寄せ鍋/어복쟁반)|オボクチェンバン(平安道式の寄せ鍋/어복쟁반)]]も自慢とする。かつては3~9月だけの営業だったが、2021年に拡張移転して通年営業になった。
 
:そば麺を用いた平壌式と、サツマイモのでんぷん麺を用いた咸興式の両方を提供する[[ネンミョン(冷麺/냉면)]]専門店。長ネギと一緒に味わう[[スユク(牛茹で肉の薄切り/수육)]]や、冬季限定の[[オボクチェンバン(北朝鮮式の寄せ鍋/어복쟁반)|オボクチェンバン(平安道式の寄せ鍋/어복쟁반)]]も自慢とする。かつては3~9月だけの営業だったが、2021年に拡張移転して通年営業になった。
 
:住所:大邱市中区国債報償路102キル28(東山洞180-20)
 
:住所:大邱市中区国債報償路102キル28(東山洞180-20)
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:最終訪問日:2004年7月15日
 
:最終訪問日:2004年7月15日
  
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*;鳳山チムガルビ(ポンサンチムガルビ、봉산찜갈비)★
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;*<span id="anchor_name_bong_san_jjim_gal01"></span>鳳山チムガルビ(ポンサンチムガルビ、봉산찜갈비)★
 
:東仁洞の[[大邱市の料理#チムカルビ(牛カルビの辛い煮物/찜갈비)|チムカルビ(牛カルビの辛い煮物/찜갈비)]]通りでは元祖格とされる専門店。[[大邱市の料理#チムカルビ(牛カルビの辛い煮物/찜갈비)|チムカルビ]]は韓牛と豪州産牛を選択できる。シメにはカルビサルチゲ(牛カルビ鍋、[[갈비살찌개]])を用意。
 
:東仁洞の[[大邱市の料理#チムカルビ(牛カルビの辛い煮物/찜갈비)|チムカルビ(牛カルビの辛い煮物/찜갈비)]]通りでは元祖格とされる専門店。[[大邱市の料理#チムカルビ(牛カルビの辛い煮物/찜갈비)|チムカルビ]]は韓牛と豪州産牛を選択できる。シメにはカルビサルチゲ(牛カルビ鍋、[[갈비살찌개]])を用意。
 
:住所:大邱市中区東徳路36キル9-18(東仁洞1街332-3)
 
:住所:大邱市中区東徳路36キル9-18(東仁洞1街332-3)
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:最終訪問日:2015年10月2日
 
:最終訪問日:2015年10月2日
  
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*;サマトンダク(삼아통닭)
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;*<span id="anchor_name_sam_a_tong_dak01"></span>サマトンダク(삼아통닭)
 
:平和市場(ピョンファシジャン、평화시장)の[[大邱市の料理#タットンチプ(砂肝揚げ/닭똥집)|タットンチプ(砂肝揚げ/닭똥집)]]通りに位置する専門店。1972年の創業で一帯では元祖格として知られる。[[大邱市の料理#タットンチプ(砂肝揚げ/닭똥집)|タットンチプ]]は、塩味、薬味ダレ味、ニンニク味、衣なしなど種類豊富。[[トンダク(丸鶏揚げ/통닭)]]も扱う。
 
:平和市場(ピョンファシジャン、평화시장)の[[大邱市の料理#タットンチプ(砂肝揚げ/닭똥집)|タットンチプ(砂肝揚げ/닭똥집)]]通りに位置する専門店。1972年の創業で一帯では元祖格として知られる。[[大邱市の料理#タットンチプ(砂肝揚げ/닭똥집)|タットンチプ]]は、塩味、薬味ダレ味、ニンニク味、衣なしなど種類豊富。[[トンダク(丸鶏揚げ/통닭)]]も扱う。
 
:住所:大邱市東区鵝陽路9キル10(新岩洞597-1)
 
:住所:大邱市東区鵝陽路9キル10(新岩洞597-1)
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:最終訪問日:2017年6月23日
 
:最終訪問日:2017年6月23日
  
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*;元祖北城路ウドンプルコギ(ウォンジョ ポクソンノ ウドンブルゴギ、원조 북성로 우동불고기)★
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;*<span id="anchor_name_won_jo_buk_seong01"></span>元祖北城路ウドンプルコギ(ウォンジョ ポクソンノ ウドンブルゴギ、원조 북성로 우동불고기)★
 
:北城路(プクソンノ、북성로)沿いの名物として発展した[[大邱市の料理#ウドンプルコギ(うどんと豚焼肉/우동불고기)|ウドンプルコギ(うどんと豚焼肉/우동불고기)]]の専門店。1982年の創業で元祖格とされる。もともとは駐車場のテント屋台だったが、2017年に現在の場所へ室内屋台として移転した。醤油ダレの[[テジプルコギ(豚肉の味付け焼肉/돼지불고기)|ソクセプルコギ(豚肉の網焼き/석쇠불고기)]]に加えて、コチュジャンプルコギ(豚肉のコチュジャンダレ焼き、[[고추장불고기]])も用意する。
 
:北城路(プクソンノ、북성로)沿いの名物として発展した[[大邱市の料理#ウドンプルコギ(うどんと豚焼肉/우동불고기)|ウドンプルコギ(うどんと豚焼肉/우동불고기)]]の専門店。1982年の創業で元祖格とされる。もともとは駐車場のテント屋台だったが、2017年に現在の場所へ室内屋台として移転した。醤油ダレの[[テジプルコギ(豚肉の味付け焼肉/돼지불고기)|ソクセプルコギ(豚肉の網焼き/석쇠불고기)]]に加えて、コチュジャンプルコギ(豚肉のコチュジャンダレ焼き、[[고추장불고기]])も用意する。
 
:住所:大邱市中区西城路14キル21-11(西内洞35)
 
:住所:大邱市中区西城路14キル21-11(西内洞35)
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:最終訪問日:2015年10月2日
 
:最終訪問日:2015年10月2日
  
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*;中和飯店(チュンファバンジョム、중화반점)★
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;*<span id="anchor_name_jung_hwa_ban_jeom01"></span>中和飯店(チュンファバンジョム、중화반점)★
 
:大邱10味のひとつ[[大邱市の料理#ヤキウドン(辛口焼きうどん/야끼우동)|ヤキウドン(辛口焼きうどん/야끼우동)]]を考案した中国料理店。名物の[[大邱市の料理#ヤキウドン(辛口焼きうどん/야끼우동)|ヤキウドン]]に加え、同様の具をごはんに載せたヤキバプ(辛口の海鮮炒め丼、[[야끼밥]])や、[[タンスユク(酢豚/탕수육)]]の人気も高い。
 
:大邱10味のひとつ[[大邱市の料理#ヤキウドン(辛口焼きうどん/야끼우동)|ヤキウドン(辛口焼きうどん/야끼우동)]]を考案した中国料理店。名物の[[大邱市の料理#ヤキウドン(辛口焼きうどん/야끼우동)|ヤキウドン]]に加え、同様の具をごはんに載せたヤキバプ(辛口の海鮮炒め丼、[[야끼밥]])や、[[タンスユク(酢豚/탕수육)]]の人気も高い。
 
:住所:大邱市中区中央大路406-12(南一洞92)
 
:住所:大邱市中区中央大路406-12(南一洞92)
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