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古くこの地域は東莱(トンネ、동래)と呼ばれ、現在の東莱区一帯が長らく中心であった。1895年に施行された二十三府制でも名称は東莱府である。1896年からは十三道制になって[[慶尚南道の料理|慶尚南道]]に組み込まれ、植民地時代の1910年に釜山府と改称された。 | 古くこの地域は東莱(トンネ、동래)と呼ばれ、現在の東莱区一帯が長らく中心であった。1895年に施行された二十三府制でも名称は東莱府である。1896年からは十三道制になって[[慶尚南道の料理|慶尚南道]]に組み込まれ、植民地時代の1910年に釜山府と改称された。 | ||
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釜山という地名は、もともと富山の字を当て、『太宗実録(태종신록)』1402年(太宗2年)1月28日の記録に富山浦(プサンポ、부산포)の地名を確認できる<ref>[https://sillok.history.go.kr/id/kca_10201028_002 朝鮮王朝実録(太宗実録 太宗2年1月28日)] 、朝鮮王朝実録、2026年7月18日閲覧</ref>。その後、次第に釜山が使われるようになるが、理由として釜に似た形の山があったからと伝えられる。甑山(チュンサン、증산)や、子城台山(チャソンデサン、자성대산)が有力な候補とされるが、実際にどの山かははっきりしていない<ref>[https://www.busan.go.kr/bhnorigin01 釜山紹介 > 釜山の歴史 > 名称の由来 > 釜山の由来] 、釜山市ウェブサイト、2026年7月18日閲覧</ref>。富山浦は15世紀以降、倭館が置かれた港としても知られる。 | 釜山という地名は、もともと富山の字を当て、『太宗実録(태종신록)』1402年(太宗2年)1月28日の記録に富山浦(プサンポ、부산포)の地名を確認できる<ref>[https://sillok.history.go.kr/id/kca_10201028_002 朝鮮王朝実録(太宗実録 太宗2年1月28日)] 、朝鮮王朝実録、2026年7月18日閲覧</ref>。その後、次第に釜山が使われるようになるが、理由として釜に似た形の山があったからと伝えられる。甑山(チュンサン、증산)や、子城台山(チャソンデサン、자성대산)が有力な候補とされるが、実際にどの山かははっきりしていない<ref>[https://www.busan.go.kr/bhnorigin01 釜山紹介 > 釜山の歴史 > 名称の由来 > 釜山の由来] 、釜山市ウェブサイト、2026年7月18日閲覧</ref>。富山浦は15世紀以降、倭館が置かれた港としても知られる。 | ||