「チャジャンミョン(韓国式ジャージャー麺/짜장면)」の版間の差分

 
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年頃(1907年、1908年説もあり)に創業した「共和春(공화춘)」があり、1983年に閉店したが、その跡地は現在「チャジャンミョン博物館(짜장면박물관)」として歴史を伝えている。
 
年頃(1907年、1908年説もあり)に創業した「共和春(공화춘)」があり、1983年に閉店したが、その跡地は現在「チャジャンミョン博物館(짜장면박물관)」として歴史を伝えている。
  
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*共和春
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=== 1900年代 ===
 
[[ファイル:19050305.JPG|thumb|300px|かつての「共和春」跡地に建てられたチャジャンミョン博物館]]
 
[[ファイル:19050305.JPG|thumb|300px|かつての「共和春」跡地に建てられたチャジャンミョン博物館]]
 
:共和春(コンファチュン、공화춘)は、中国・山東省出身の于希光(ウ・ヒグァン、우희광)氏によって開かれた中華料理店。創業年代は1905年、1907年、1908年などの説があり、当初は「山東会館(산동회관)」という名称の宿泊施設を兼ねた飲食店であった。店名を「共和春」に変更したのは辛亥革命によって中華民国が誕生した1912年で「共和国の春」という意味が込められている。韓国における中華料理店の草分けとして長らく愛されてきたが、1983年に閉店。同店の建物は2006年4月に登録文化財第246号として指定されたのち<ref>[http://www.heritage.go.kr/heri/cul/culSelectDetail.do?pageNo=5_2_1_0&ccbaCpno=4412302460000 등록문화재 제246호 인천 선린동 공화춘(共和春)] 、文化財庁国家文化遺産ポータル、2022年2月28日閲覧</ref>、2012年4月より「チャジャンミョン博物館(짜장면박물관)」として利用されるに至った。現在のチャイナタウンには「共和春」の後継とされる店がふたつあり、ひとつは2004年2月に開店した同名の「共和春」で、かつて「共和春」で料理長を務めていた人物を株式会社共和春フランチャイズの代表イ・ヒョンデ(이현대)氏が招聘し新たに始めたものである<ref>[http://gonghwachun.co.kr/welcome 대표인사말] 、共和春ウェブサイト、2022年2月28日閲覧</ref><ref>[http://www.powerkoream.co.kr/news/articleView.html?idxno=1103983 짜장면의 원조 공화춘, 그 잊혀진 맛을 되살리다 공화춘 이현대 대표] 、月刊パワーコリア(2017年2月15日記事)、2022年2月28日閲覧</ref>。もうひとつは于希光氏の娘であるウ・ランヨン(우란영)氏と結婚したワン・イビョン(왕입영)氏が、閉店前の「共和春」で修行をし、1980年に開店した「新勝飯店(신승반점)」である<ref>[http://ss-chinese.com/layout/res/home.php?go=page0.1&mid=01 [회사소개/연혁] 、新勝飯店ウェブサイト、2022年2月28日閲覧</ref>。現在「新勝飯店」の代表はワン・イビョン、ウ・ランヨン夫婦の娘であり、また于希光の孫に当たるワン・エジュ(왕애주)氏が受け継いでおり、店名は異なるもののこちらを直系の後継店と考える人も多い。
 
:共和春(コンファチュン、공화춘)は、中国・山東省出身の于希光(ウ・ヒグァン、우희광)氏によって開かれた中華料理店。創業年代は1905年、1907年、1908年などの説があり、当初は「山東会館(산동회관)」という名称の宿泊施設を兼ねた飲食店であった。店名を「共和春」に変更したのは辛亥革命によって中華民国が誕生した1912年で「共和国の春」という意味が込められている。韓国における中華料理店の草分けとして長らく愛されてきたが、1983年に閉店。同店の建物は2006年4月に登録文化財第246号として指定されたのち<ref>[http://www.heritage.go.kr/heri/cul/culSelectDetail.do?pageNo=5_2_1_0&ccbaCpno=4412302460000 등록문화재 제246호 인천 선린동 공화춘(共和春)] 、文化財庁国家文化遺産ポータル、2022年2月28日閲覧</ref>、2012年4月より「チャジャンミョン博物館(짜장면박물관)」として利用されるに至った。現在のチャイナタウンには「共和春」の後継とされる店がふたつあり、ひとつは2004年2月に開店した同名の「共和春」で、かつて「共和春」で料理長を務めていた人物を株式会社共和春フランチャイズの代表イ・ヒョンデ(이현대)氏が招聘し新たに始めたものである<ref>[http://gonghwachun.co.kr/welcome 대표인사말] 、共和春ウェブサイト、2022年2月28日閲覧</ref><ref>[http://www.powerkoream.co.kr/news/articleView.html?idxno=1103983 짜장면의 원조 공화춘, 그 잊혀진 맛을 되살리다 공화춘 이현대 대표] 、月刊パワーコリア(2017年2月15日記事)、2022年2月28日閲覧</ref>。もうひとつは于希光氏の娘であるウ・ランヨン(우란영)氏と結婚したワン・イビョン(왕입영)氏が、閉店前の「共和春」で修行をし、1980年に開店した「新勝飯店(신승반점)」である<ref>[http://ss-chinese.com/layout/res/home.php?go=page0.1&mid=01 [회사소개/연혁] 、新勝飯店ウェブサイト、2022年2月28日閲覧</ref>。現在「新勝飯店」の代表はワン・イビョン、ウ・ランヨン夫婦の娘であり、また于希光の孫に当たるワン・エジュ(왕애주)氏が受け継いでおり、店名は異なるもののこちらを直系の後継店と考える人も多い。
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;『朝鮮日報』(1923年)の記述
 
;『朝鮮日報』(1923年)の記述
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:1923年1月23日発行の紙面に「物産奨励会に与する」という見出しの記事があり、文中に漢字で「炸醤麺」との記述がある。朝鮮物産奨励会の発足を伝える内容で、自国内で生産される物産が少なく、外国から入ってきたものが多いことの例として、裕福な人は洋食を食べ、庶民とてそれが日常食のすべてではないものの、「チャジャンミョンや、ヤンジャンピ(板春雨の冷菜、[[양장피]])を食べ、貧しい者でもできたてのマンドゥ(餃子、[[만두]])や固いローピン(小麦粉のお焼き、[[낙병]])などを食べる」(カッコ内は訳注)としている<ref>[https://newslibrary.chosun.com/view/article_view.html?id=86619230123e1012&set_date=19230123&page_no=1 물산장려회(物產奬勵會)에 여(與)하노라] 、朝鮮ニュースライブラリー100、2022年2月19日閲覧</ref>。
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:1923年1月23日発行の紙面に「物産奨励会に与する」という見出しの記事があり、文中に漢字で「炸醤麺」との記述がある。朝鮮物産奨励会の発足を伝える内容で、自国内で生産される物産が少なく、外国から入ってきたものが多いことの例として、裕福な人は洋食を食べ、庶民とてそれが日常食のすべてではないものの、「チャジャンミョンや、ヤンジャンピ(板春雨の冷菜、[[양장피]])を食べ、貧しい者でもできたてのマンドゥ(餃子、[[만두]])や固いローピン(小麦粉のお焼き、[[낙병]])などを食べる」(カッコ内は訳注)としている<ref>[https://archive.org/details/chosun-ilbo-1923.01.23e/ 물산장려회(物產奬勵會)에 여(與)하노라] 、Internet Archive、2025年8月29日閲覧</ref>。
  
 
;『東亜日報』(1930年)の記述
 
;『東亜日報』(1930年)の記述
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*全羅北道全州市
 
*全羅北道全州市
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:[[全羅北道の料理|全羅北道]][[全州市の料理|全州市]]では、ムルチャジャン([[물짜장]])と呼ばれる中華麺に辛口の海鮮あんをかけたものが中華料理店の定番として親しまれる。とろみをつけてあんかけにした[[チャンポン(激辛スープの海鮮麺/짬뽕)]]のようでもある。
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:[[全羅北道の料理|全羅北道]][[全州市の料理|全州市]]では、ムルチャジャン([[물짜장]])と呼ばれる中華麺に辛口の海鮮あんをかけたものが中華料理店の定番として親しまれる。とろみをつけてあんかけにした[[チャンポン(激辛スープの海鮮麺/짬뽕)]]のようでもある。全国的には馴染みの薄いメニューだが、[[全州市の料理|全州市]]を中心として[[全羅北道の料理|全羅北道]]の近隣地域では中国料理店の定番となっている。市内の有名店に「ノーベル飯店(노벨반점)」「一品香(일품향)」「真味飯店(진미반점)」などがある。
  
 
*全羅南道木浦市
 
*全羅南道木浦市
 
[[ファイル:23102407.JPG|thumb|300px|[[全羅南道の料理|全羅南道]][[木浦市の料理|木浦市]]のチュンカン]]
 
[[ファイル:23102407.JPG|thumb|300px|[[全羅南道の料理|全羅南道]][[木浦市の料理|木浦市]]のチュンカン]]
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:[[全羅南道の料理|全羅南道]][[木浦市の料理|木浦市]]では、薄くてぴらぴらとした食感の麺を特徴とする[[カンチャジャン(とろみ抜きジャージャー麺/간짜장)]]が、チュンカン([[중깐]])の名で定着している。名称のチュンカンは、「チュン」グッチプ(中華料理店、[[중국집]])」の「カン」チャジャン、または元祖店の旧屋号である「中華食堂(チュンファシクタン、중화식당)」のカンチャジャンを略したもの。麺が細くて薄いのは、ひと通りの中華料理を食べた後に軽めのシメとして提供したのが理由とされる。
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:[[全羅南道の料理|全羅南道]][[木浦市の料理|木浦市]]では、薄くてぴらぴらとした食感の麺を特徴とする[[カンチャジャン(とろみ抜きジャージャー麺/간짜장)]]が、チュンカン([[중깐]])の名で定着している。常楽洞2街(サンナクトンイガ、상락동2가)の「中華楼(중화루)」が発祥店として知られ、木浦市においては他店にも広まって定着している。名称のチュンカンは、「チュン」グッチプ(中華料理店、[[중국집]])」の「カン」チャジャン、または旧屋号である「中華食堂(チュンファシクタン、중화식당)」の[[カンチャジャン(とろみ抜きジャージャー麺/간짜장)|カンチャジャン]]を略したもの。麺が細くて薄いのは、ひと通りの中華料理を食べた後に軽めのシメとして提供したのが理由とされる。
  
 
*済州道
 
*済州道
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:[[済州道の料理|済州道]]に属する離島の馬羅島(マラド、마라도)は、島の魚介を利用したチャジャンミョンが名物となっている。詳細は「[[済州道の料理#済州道のB級グルメ|済州道の料理/済州道のB級グルメ]]」を参照。
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:[[済州道の料理|済州道]]に属する離島の馬羅島(マラド、마라도)は、島の魚介を利用したチャジャンミョンが名物となっている。1997年に島でもっとも早く創業した「元祖馬羅島チャジャンミョンチプ(원조마라도짜장면집)」によれば、もともとは釣り客へのサービスとして提供を始めたことが、話題を呼んでいつしか島の名物となった」とのこと(八田靖史の取材記録より、2011年4月3日)。現在は店ごとに味噌に海鮮ダシを用いたり、麺にヒジキ([[톳]])を練り込むなど、島の素材を使ったチャジャンミョンを提供している。また、これらの店では海産物をふんだんに使った[[チャンポン(激辛スープの海鮮麺/짬뽕)]]を一緒に提供するところも多い。
  
 
== 飲食店情報 ==
 
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