「木浦市の料理」の版間の差分

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== 地域概要 ==
 
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[[ファイル:23102401.JPG|thumb|300px|木浦近代歴史館(2館)]]
 
[[ファイル:23102401.JPG|thumb|300px|木浦近代歴史館(2館)]]
木浦市は[[全羅南道の料理|全羅南道]]の南西部に位置する地域。市の北部から東部にかけては[[全羅南道の料理|全羅南道]]の[[務安郡の料理|務安郡]]、南部は[[全羅南道の料理|全羅南道]]の[[霊岩郡の料理|霊岩郡]]と接し、西部は西海岸に面する。また、島嶼地域である[[全羅南道の料理|全羅南道]]の[[新安郡の料理|新安郡]]とは橋で結ばれている。人口は21万4534人で、[[全羅南道の料理|全羅南道]]では[[順天市の料理|順天市]]、[[麗水市の料理|麗水市]]に次いで3番目に多い(2023年9月)<ref>[https://jumin.mois.go.kr/ 주민등록 인구 및 세대현황] 、行政安全部ウェブサイト、2023年10月23日閲覧</ref>。市の面積は51.7平方キロ(2024年)で、[[全羅南道の料理|全羅南道]]の中ではもっとも小さい<ref>[https://kosis.kr/statHtml/statHtml.do?orgId=116&tblId=DT_MLTM_2300&conn_path=I2 행정구역별・지목별 국토이용현황_시군구] 、KOSIS(国家統計ポータル)、2026年2月23日閲覧</ref>。
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木浦市は[[全羅南道の料理|全羅南道]]の南西部に位置する地域。市の北部から東部にかけては[[全羅南道の料理|全羅南道]]の[[務安郡の料理|務安郡]]、南部は[[全羅南道の料理|全羅南道]]の[[霊岩郡の料理|霊岩郡]]と接し、西部は西海岸に面する。また、島嶼地域である[[全羅南道の料理|全羅南道]]の[[新安郡の料理|新安郡]]とは橋で結ばれている。人口は19万8981人で、[[全羅南道の料理|全羅南道]]では[[順天市の料理|順天市]]、[[麗水市の料理|麗水市]]に次いで3番目に多い(2026年8月)<ref>[https://jumin.mois.go.kr/ 행정동별 주민등록 인구 및 세대현황] 、行政安全部ウェブサイト、2026年9月10日閲覧</ref>。市の面積は51.7平方キロ(2024年)で、[[全羅南道の料理|全羅南道]]の中ではもっとも小さい<ref>[https://kosis.kr/statHtml/statHtml.do?orgId=116&tblId=DT_MLTM_2300&conn_path=I2 행정구역별・지목별 국토이용현황_시군구] 、KOSIS(国家統計ポータル)、2026年2月23日閲覧</ref>。
  
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;観光
 
代表的な観光地として、木浦近代歴史館(モッポ クンデ ヨクサグァン、목포근대역사관)や、儒達山(ユダルサン、유달산)、木浦海上ケーブルカー(モッポ ヘサンケーブルカー、목포해상케이블카)などがある。
 
代表的な観光地として、木浦近代歴史館(モッポ クンデ ヨクサグァン、목포근대역사관)や、儒達山(ユダルサン、유달산)、木浦海上ケーブルカー(モッポ ヘサンケーブルカー、목포해상케이블카)などがある。
  
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;アクセス
 
[[ソウル市の料理|ソウル市]]からのアクセスは、ソウル駅、龍山駅から木浦駅まで高速鉄道で2時間20~40分。ソウル高速バスターミナルから木浦総合バスターミナルまで高速バスで約3時間50分。隣接する[[全羅南道の料理|全羅南道]][[務安市の料理|務安市]]には務安国際空港(ムアン クッチェゴンハン、무안국제공항)があり、木浦市の中心部までは車で40分程度の距離である。
 
[[ソウル市の料理|ソウル市]]からのアクセスは、ソウル駅、龍山駅から木浦駅まで高速鉄道で2時間20~40分。ソウル高速バスターミナルから木浦総合バスターミナルまで高速バスで約3時間50分。隣接する[[全羅南道の料理|全羅南道]][[務安市の料理|務安市]]には務安国際空港(ムアン クッチェゴンハン、무안국제공항)があり、木浦市の中心部までは車で40分程度の距離である。
  
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;付記
 
*日本との関係
 
*日本との関係
 
:木浦市は19世紀後半まで小さな漁村であったが、1897年に木浦港(モッポハン、목포항)が開港し、また1913年に湖南線(ホナムソン、호남선)の木浦駅が開業したことで交通の要衝地として発達した。木浦港や木浦駅は、周辺地域でとれた米を日本へと輸送(韓国では多く「収奪」と表現される)する拠点の役割を担っており、日本の国策企業として拓殖事業を行う「東洋拓殖株式会社木浦支店」が設立されるなど、多くの日本人が移り住むに至った。1900年に建てられた日本領事館と、東洋拓殖株式会社木浦支店の建物は、現在「木浦近代歴史館」の1館、2館としてそれぞれ当時の歴史を伝えている。
 
:木浦市は19世紀後半まで小さな漁村であったが、1897年に木浦港(モッポハン、목포항)が開港し、また1913年に湖南線(ホナムソン、호남선)の木浦駅が開業したことで交通の要衝地として発達した。木浦港や木浦駅は、周辺地域でとれた米を日本へと輸送(韓国では多く「収奪」と表現される)する拠点の役割を担っており、日本の国策企業として拓殖事業を行う「東洋拓殖株式会社木浦支店」が設立されるなど、多くの日本人が移り住むに至った。1900年に建てられた日本領事館と、東洋拓殖株式会社木浦支店の建物は、現在「木浦近代歴史館」の1館、2館としてそれぞれ当時の歴史を伝えている。
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