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;観光 | ;観光 | ||
| − | + | 代表的な観光地に韓国初の書院(儒学を教える教育機関)である紹修書院(ソスソウォン、소수서원)や、新羅時代の676年に創建された浮石寺(プソクサ、부석사)、朝鮮時代からの伝統的な集落で村全体が国家民俗文化財として指定されるムソム村(ムソムマウル、무섬마을)などがある。紹修書院は「韓国の書院」、浮石寺は「山寺、韓国の山地僧院」として、それぞれユネスコの世界文化遺産に登録されている。また、ムソム村は韓国に8ヶ所しかない国が指定する民俗村のひとつである。 | |
;アクセス | ;アクセス | ||
| − | [[ソウル市の料理|ソウル市]] | + | [[ソウル市の料理|ソウル市]]からのアクセスは、ソウル高速バスターミナル、東ソウル総合ターミナルから栄州総合バスターミナルまで高速バスで2時間30分の距離。清涼里(チョンニャンニ、청량리)駅から栄州駅まで高速鉄道で1時間30~50分の距離である。 |
;付記 | ;付記 | ||
*竹嶺 | *竹嶺 | ||
| − | :市内の豊基(プンギ、풍기)地区から[[忠清北道の料理|忠清北道]] | + | :市内の豊基(プンギ、풍기)地区から[[忠清北道の料理|忠清北道]][[丹陽郡の料理|丹陽郡]]へと抜ける峠は、竹嶺(チュンニョン、죽령)と呼ばれ、三国時代から続く交通の要衝であった。山を越えた[[丹陽郡の料理|丹陽郡]]には漢江(ハンガン、한강)の上流域である南漢江(ナマンガン、남한강)が流れており、[[ソウル市の料理|漢陽(ソウル)]]まで船に乗って一気に進めるため、三国時代にはこの竹嶺を越えて新羅が大きく勢力を広げた。竹嶺を抜ける道は高麗時代、朝鮮時代にも広く活用され、当時の9大路である嶺南大路(左路)の経路に含まれている。現在の交通網にも大きな影響を残しており、かつてと同じルートを中央高速道路と中央本線が通っている。 |
*『鄭鑑録』と十勝地 | *『鄭鑑録』と十勝地 | ||
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== 食文化の背景 == | == 食文化の背景 == | ||
| − | 栄州市は「ソンビの里(선비의 고장)」とのキャッチコピーを掲げており、ソンビ([[선비]] | + | 栄州市は「ソンビの里(선비의 고장)」とのキャッチコピーを掲げており、ソンビ([[선비]])は朝鮮時代の儒学者を指す。韓国初の書院として紹修書院が置かれたように、地域の教育熱は高く中央へと多くの官僚を輩出した。中央との関係性が近かったこともあってか、栄州市の郷土料理である[[栄州市の料理#テピョンチョ(そば寒天入りキムチ鍋/태평초)|テピョンチョ(そば寒天入りキムチ鍋/태평초)]]は宮中料理の[[タンピョンチェ(宮中式の和え物/탕평채)]]にルーツがあると語られる。 |
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| + | 農業、畜産業が盛んであり、中でも昼夜の寒暖差が大きい小白山麓ではリンゴ([[사과]])、ブドウ([[포도]])、モモ([[복숭아]])など良質の果物がとれる。市内の豊基(プンギ、풍기)地区は高麗人参([[인삼]])の産地として全国的に有名であり、また韓方材としては長芋([[마]])、何首烏(ツルドクダミ、[[하수오]])なども産する。食品以外では人絹(インギョン、인경)と呼ばれる再生繊維(レーヨン)の生産が盛んで、それを用いた衣類や寝具などが名産とされる。 | ||
== 代表的な料理 == | == 代表的な料理 == | ||
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=== テピョンチョ(そば寒天入りキムチ鍋/태평초) === | === テピョンチョ(そば寒天入りキムチ鍋/태평초) === | ||
[[ファイル:14112002.JPG|thumb|300px|テピョンチョ]] | [[ファイル:14112002.JPG|thumb|300px|テピョンチョ]] | ||
| − | :テピョンチョ([[태평초]])は、そば寒天入りキムチ鍋。そば粉のでんぷんを固めて作るメミルムク([[메밀묵]])をキムチ鍋に入れて作る。ほかに豚肉や刻んだ[[ペチュキムチ(白菜キムチ/배추김치)|白菜キムチ]]などが具として入り、海苔や錦糸卵を飾りとして散らす。栄州市の順興面(スヌンミョン、순흥면)では古くからそばの栽培が盛んで、とれたそば粉をメミルムクにして、[[ムッパプ(ムクのスープごはん/묵밥)]] | + | :テピョンチョ([[태평초]])は、そば寒天入りキムチ鍋。そば粉のでんぷんを固めて作るメミルムク([[메밀묵]])をキムチ鍋に入れて作る。ほかに豚肉や刻んだ[[ペチュキムチ(白菜キムチ/배추김치)|白菜キムチ]]などが具として入り、海苔や錦糸卵を飾りとして散らす。栄州市の順興面(スヌンミョン、순흥면)では古くからそばの栽培が盛んで、とれたそば粉をメミルムクにして、[[ムッパプ(ムクのスープごはん/묵밥)]]や、テピョンチョを作って食べたという。 |
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| + | :下望洞(ハマンドン、하망동)で「伝統ムッチプ食堂(전통묵집식당)」を営む朴勝昌(パク・スンチャン、박승창)社長によれば、テピョンチョは「宮中料理の[[タンピョンチェ(宮中式の和え物/탕평채)]]に由来し、それを庶民的に解釈したもの」であり、70代の朴社長にとって「テピョンチョは子どもの頃のご馳走料理であり、家に来客があった際に母や祖母が作ってくれた」と語る(八田靖史の取材記録より、2014年5月4日)。市内にテピョンチョを出す飲食店は「伝統ムッチプ食堂」のほか、「元祖順興ムッチプ(원조순흥묵집)」「順興伝統ムッチプ(순흥전통묵집)」などがある。 | ||
=== ムノスッケ(茹でタコ/문어숙회) === | === ムノスッケ(茹でタコ/문어숙회) === | ||