「大邱市の料理」の版間の差分

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=== リンゴ(사과) ===
 
=== リンゴ(사과) ===
:朝鮮半島では東洋種のリンゴが古くから栽培されてきたが、19世紀後半になると大邱市には宣教師らが移り住んで、自宅の敷地内に西洋リンゴの木を植えた。これが20世紀初頭にかけて広まったことで、大邱市はリンゴの名産地として有名になった。現在は温暖化が進んだこともあり、リンゴの主産地は[[慶尚北道の料理|慶尚北道]]の北部へと移っているが、東区坪広洞(トング ピョングァンドン、동구 평광동)には1935年に植えられた紅玉([[홍옥]])の木がいまも残っている。リンゴの木としては韓国でもっとも樹齢が古く、2009年には大邱市の保護樹2-24号に指定されている<ref name="apple">[http://www.daegu.go.kr/icms/cmm/fms/FileDown.do?atchFileId=FILE_000000000138225&fileSn=0 보호수 현행화자료] 、大邱市ウェブサイト(hwpファイル)、2017年8月14日閲覧</ref>。大邱市において保護樹に指定されたリンゴの木はもう1本あり、19世紀末にアメリカ人宣教師のウッドブリッジ・オドリン・ジョンソン(Woodbridge Odlin Johnson)が植えた2世の木が中区東山洞(チュング トンサンドン、중구 동산동)の東山病院(동산병원)敷地内にある(保護樹1-1号、2000年指定)<ref name="apple"></ref>。
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:朝鮮半島では東洋種のリンゴが古くから栽培されてきたが、19世紀後半になると大邱市には宣教師らが移り住んで、自宅の敷地などに西洋リンゴの木を植えた。1943年に当時の大邱府が刊行した『大邱府史』には、1892年頃に「英国人宣教師フレッチャーが、スミスサイダー・レットベアーミン及びミゾリーの三種を輸入し邸内に栽培したのが濫觴である」<ref>[http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/983970/115?viewMode= 大邱府, 1943, 『大邱府史(第二府政編)』, 大邱府, P147] 、国立国会図書館デジタルコレクション(コマ番号115)、2026年3月15日閲覧</ref>と記されている。これが20世紀初頭にかけて広まったことで、大邱市はリンゴの名産地として有名になった。現在は温暖化が進んだこともあり、リンゴの主産地は[[慶尚北道の料理|慶尚北道]]の北部へと移っているが、東区坪広洞(トング ピョングァンドン、동구 평광동)には1935年に植えられた紅玉([[홍옥]])の木がいまも残っている。リンゴの木としては韓国でもっとも樹齢が古く、2009年には大邱市の保護樹2-24号に指定されている<ref name="apple">[http://www.daegu.go.kr/icms/cmm/fms/FileDown.do?atchFileId=FILE_000000000138225&fileSn=0 보호수 현행화자료] 、大邱市ウェブサイト(hwpファイル)、2017年8月14日閲覧</ref>。大邱市において保護樹に指定されたリンゴの木はもう1本あり、19世紀末にアメリカ人宣教師のウッドブリッジ・オドリン・ジョンソン(Woodbridge Odlin Johnson)が植えた2世の木が中区東山洞(チュング トンサンドン、중구 동산동)の東山病院(동산병원)敷地内にある(保護樹1-1号、2000年指定)<ref name="apple"></ref>。
  
 
== 代表的な酒類・飲料 ==
 
== 代表的な酒類・飲料 ==
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