「大田市の料理」の版間の差分

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== 食文化の背景 ==
 
== 食文化の背景 ==
[[ファイル:19091806.JPG|thumb|300px|ウヌンジョンイ文化通りの大田スカイロード]]
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[[ファイル:19091806.JPG|300px|thumb|ウヌンジョンイ文化通りの大田スカイロード]]
現在、大田市がある一帯はかつてハンバッ(한밭、大きな田畑)と呼ばれる広大な農地であった。この地域が忠清道の中心都市として発展したのは、1905年に京釜線(キョンブソン、경부선)が開業し、大田駅(テジョンヨク、대전역)が置かれたことに端を発する。大都市である[[ソウル市の料理|ソウル市]]、[[釜山市の料理|釜山市]]と直接結ばれたことに加え、1914年には湖南線(ホナムソン、호남선)が開業すると、大田駅は全羅道方面へと向かう起点ともなった。京釜線、湖南線の分岐駅を抱えた大田市は、交通、物流の要衝として栄えるに至り、多くの人が移り住んだ。現在も大田駅前には大田中央鉄道市場(テジョン チュンアン チョルトシジャン、대전중앙철도시장)や、繁華街のウヌンジョンイ文化通り(ウヌンジョンイ ムヌァゴリ으능정이 문화의거리)があるほか、老舗店の多くが駅前、あるいは近隣の中区大興洞(チュング テフンドン、중구 대흥동)に集まっているなど、駅を中心に発展してきた姿が見られる。
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大田市がある一帯はかつてハンバッ(大きな田畑、한밭)と呼ばれる広大な農地であった。この地域が忠清道の中心都市として発展したのは、1905年に京釜線(キョンブソン、경부선)が開業し、大田駅(テジョンヨク、대전역)が置かれたことに端を発する。大都市である[[ソウル市の料理|ソウル市]]、[[釜山市の料理|釜山市]]と直接結ばれたことに加え、1914年に湖南線(ホナムソン、호남선)が開業すると、大田駅は全羅道方面へと向かう起点にもなった。京釜線、湖南線の分岐駅となった大田市は、交通、物流の要衝として発展していった。現在も大田駅前には大田中央鉄道市場(テジョン チュンアン チョルトシジャン、대전중앙철도시장)や、繁華街のウヌンジョンイ文化通り(ウヌンジョンイ ムヌァゴリ으능정이 문화의거리)があるほか、老舗飲食店の多くが駅前や、近隣の中区大興洞(チュング テフンドン、중구 대흥동)に集まっているなど、駅を中心に発展してきた姿が見られる。
  
*朝鮮戦争と小麦粉
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*朝鮮戦争の影響
:大田駅は朝鮮戦争(1950~53年)の際に多くの避難民が集まった場所であり、また休戦後は米軍からの支援物資である小麦粉を各地に運搬するための拠点となった。このとき集められた小麦粉が現在も地域の食文化に広く根差しており、郷土料理として[[カルグクス(韓国式の手打ちうどん/칼국수)]]の専門店が多くあるほか、老舗ベーカリー「聖心堂(ソンシムダン、성심당)」のパンが地域の名物となっているなど、大田市が「麺とパンの町」として語られる背景の理由となっている。そもそも「聖心堂」の創業者自体が朝鮮戦争時に避難してきた北部地域の出身者であり、ほかにも郷土料理として[[ネンミョン(冷麺/냉면)|スッコルネンミョン(スッコル地区の冷麺/숯골냉면)]]があるほか、大田中央鉄道市場にも平安道(ピョンアンド、평안도)や咸鏡道(ハムギョンド、함경도)出身者の営む飲食店がある。
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:大田市では朝鮮戦争(1950~53年)の際に、大田駅を中心として多くの避難民が集まった。分断によって故郷へ帰れなくなり、そのまま定住した人も多かった。生計のために飲食店を開いた事例も少なからずあり、象徴的な例として、老舗ベーカリーの「[[大田市の料理#聖心堂のパン|聖心堂(성심당)]]」や、[[大田市の料理#スッコルネンミョン(スッコル地区の冷麺/숯골냉면)|スッコルネンミョン(スッコル地区の冷麺/숯골냉면)]]の草分けとなった「スッコルウォン冷麺(숯골원냉면)」があげられる。大田中央鉄道市場にも平安道(ピョンアンド、평안도)や咸鏡道(ハムギョンド、함경도)出身者の営む飲食店がある。
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*麺とパンの都市
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:大田市を指して、「麺とパンの都市」「小麦粉の都市」と呼ぶことがある。理由としては、郷土料理に[[大田市の料理#カラッククス(うどん/가락국수)|カラッククス(うどん/가락국수)]]や[[大田市の料理#カルグクス(韓国式の手打ちうどん/칼국수)|カルグクス(韓国式の手打ちうどん/칼국수)]]があるほか、老舗ベーカリーの「[[大田市の料理#聖心堂のパン|聖心堂(성심당)]]」が全国的な知名度を誇り、パンが地域の名物になっている点があげられる。背景として朝鮮戦争後の時期に、アメリカから食糧援助を受けた小麦粉などを、大田駅から各地に運搬する拠点となった経緯がある。そのため周辺でも小麦粉の利用が盛んになり、麺やパンを扱う店が増えたと説明される。
  
 
== 代表的な料理 ==
 
== 代表的な料理 ==
 
=== カラッククス(うどん/가락국수) ===
 
=== カラッククス(うどん/가락국수) ===
[[ファイル:19091807.JPG|thumb|300px|カラッククス]]
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[[ファイル:19091807.JPG|300px|thumb|カラッククス]]
:カラッククス([[가락국수]])は、うどん(「[[ウドン(うどん/우동)]]」の項目も参照)。カラッ(=カラク、가락)は細長いもの、ククス([[국수]])は麺を意味する。日本語の「うどん」を固有語化した単語であるとともに、日本式のうどんが韓国で定着し、現地化した別物という意味でカラッククスを用いることもある。大田市においては大田駅の名物として古くから親しまれており、駅構内や駅の周辺に専門店、あるいは屋台が出ている。
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:カラッククス([[가락국수]])は、うどん(「[[ウドン(うどん/우동)]]」の項目も参照)。カラッ(=カラク、[[가락]])は細長いもの、ククス([[국수]])は麺を意味する。日本語の「うどん」を固有語化した単語であるとともに、日本式のうどんが韓国で定着し、現地化した別物という意味でカラッククスを用いることもある。大田市においては大田駅の名物として古くから親しまれており、駅構内や駅の周辺に専門店、あるいは屋台が出ている。
  
 
*大田駅構内のカラッククス
 
*大田駅構内のカラッククス
:かつてはソウルから鉄道で全羅道地方に行く場合、分岐駅である大田駅で方向転換をするため機関車の付け替え作業を行う必要があった。この時間を利用して乗客が駅のホームに出て、カラッククス(うどん、가락국수)を立ち食いしたことから、駅の名物として知られるようになった。ホーム内のカラッククス店は1998年に店を閉じたが、2013年に駅構内の飲食店として「大田駅カラッククス(대전역가락국수)」がオープンした。また、大田駅前にもカラッククスを提供する飲食店や屋台が集まっており、屋台では日本語のかけうどんが転化したカッキウドン(각기우동)との表記も見られる。1970年代後半によく利用したという人の経験談によれば、「ソウル駅から[[慶尚南道の料理|慶尚南道]][[晋州市の料理|晋州市]]まで行く際、途中の大田駅で立ち食いうどんを食べるのが楽しみだった。鉄道はゆっくり発車するので(むしろ早く乗れとの合図)、器を持って食べながら乗り、窓から器を投げて返却した。当時は確かにカッキウドンと呼んだ」と振り返る(八田靖史の取材記録より、2019年6月14日)。
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:かつては[[ソウル市の料理|ソウル]]から鉄道で全羅道地方に行く場合、分岐駅である大田駅で方向転換をするため機関車の付け替え作業を行う必要があった。この時間を利用して乗客が駅のホームに出て、カラッククス(うどん、[[가락국수]])を立ち食いしたことから、駅の名物として知られるようになった。ホーム内のカラッククス店は1998年に店を閉じたが、2013年に駅構内の飲食店として「大田駅カラッククス(대전역가락국수)」がオープンした(閉店)。また、大田駅前にもカラッククスを提供する飲食店や屋台が集まっており、屋台では日本語のかけうどんが転化したカッキウドン([[각기우동]]、[[가끼우동]])との表記も見られる。1970年代後半によく利用したという人の経験談によれば、「ソウル駅から[[慶尚南道の料理|慶尚南道]][[晋州市の料理|晋州市]]まで行く際、途中の大田駅で立ち食いうどんを食べるのが楽しみだった。鉄道はゆっくり発車するので(むしろ早く乗れとの合図)、器を持って食べながら乗り、窓から器を投げて返却した。当時は確かにカッキウドンと呼んだ」と振り返る(八田靖史の取材記録より、2019年6月14日)。
  
 
*日本統治時代の駅うどん
 
*日本統治時代の駅うどん
 
:1933年7月3日付の釜山日報に「美人のサービスで大田駅食堂繁盛 ホームのうどんも好評」との記事がある。この記事によればホームのうどん店は当時、深夜1時~朝5時まで営業、1杯8銭、多い日で1日に100数十杯を販売したという。「値段に比して頗るの美味とて今や全鮮的に大田駅のウドンが有名となり、多数旅客の中には夜行列車で通過する度毎に、駅の立食を唯一の楽みとして大田到着を待つと言ふ熱心なファンも次第に増し」(原文に句点を追加、漢字は新字に変更)<ref>[http://db.history.go.kr/common/imageViewer.do?levelId=npbs_1933_07_03_w0003_0150 美人のサービスで大田駅食堂繁盛 ホームのうどんも好評] 、韓国史データベース(釜山日報1933年7月3日記事)、2025年9月6日閲覧</ref>、との評価は、まさに後のカラッククス人気の土台になったと考えられる。
 
:1933年7月3日付の釜山日報に「美人のサービスで大田駅食堂繁盛 ホームのうどんも好評」との記事がある。この記事によればホームのうどん店は当時、深夜1時~朝5時まで営業、1杯8銭、多い日で1日に100数十杯を販売したという。「値段に比して頗るの美味とて今や全鮮的に大田駅のウドンが有名となり、多数旅客の中には夜行列車で通過する度毎に、駅の立食を唯一の楽みとして大田到着を待つと言ふ熱心なファンも次第に増し」(原文に句点を追加、漢字は新字に変更)<ref>[http://db.history.go.kr/common/imageViewer.do?levelId=npbs_1933_07_03_w0003_0150 美人のサービスで大田駅食堂繁盛 ホームのうどんも好評] 、韓国史データベース(釜山日報1933年7月3日記事)、2025年9月6日閲覧</ref>、との評価は、まさに後のカラッククス人気の土台になったと考えられる。
  
=== カルグクス(手打ちウドン/칼국수) ===
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=== カルグクス(韓国式の手打ちうどん/칼국수) ===
[[ファイル:19091808.JPG|thumb|300px|トゥルケカルグクス]]
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[[ファイル:19091808.JPG|300px|thumb|トゥルケカルグクス]]
 
:カルグクス([[칼국수]])は、韓国式の手打ちうどん([[カルグクス(韓国式の手打ちうどん/칼국수)]]の項目も参照)。大田市には[[カルグクス(韓国式の手打ちうどん/칼국수)|カルグクス]]の専門店が多く、また多彩なバリエーションがあり、大田市からは後述の[[大田市の料理#トゥブトゥルチギ(豆腐の炒め煮/두부두루치기)|トゥブトゥルチギ(豆腐の炒め煮/두부두루치기)]]とともに特色料理(특색음식)として選定されている<ref>[https://www.daejeon.go.kr/tou/TouFeatureFoodList.do?sctcd=O401&menuSeq=4139 특색음식] 、大田観光ウェブサイト、2019年6月10日閲覧</ref>。市内で有名な老舗店としては、大田市庁近くの西区屯山洞(ソグ トゥンサンドン、서구 둔산동)に位置する1958年創業の「テソンカルグクス(대선칼국수)」や、大田駅近くの東区貞洞(トング チョンドン、동구 정동)に位置する1961年創業の「シンドカルグクス(신도칼국수)」などがある。中区文化洞(チュング ムヌァドン、중구 문화동)の西大田市民公園(ソデジョン シミンゴンウォン、서대전시민공원)では、2013年より「大田カルグクス祭り(テジョン カルグクス チュクチェ、대전칼국수축제)」が開催されている<ref>[http://kalguksu.org/ 대전칼국수축제] 、大田カルグクス祭りウェブサイト、2019年6月10日閲覧</ref>。
 
:カルグクス([[칼국수]])は、韓国式の手打ちうどん([[カルグクス(韓国式の手打ちうどん/칼국수)]]の項目も参照)。大田市には[[カルグクス(韓国式の手打ちうどん/칼국수)|カルグクス]]の専門店が多く、また多彩なバリエーションがあり、大田市からは後述の[[大田市の料理#トゥブトゥルチギ(豆腐の炒め煮/두부두루치기)|トゥブトゥルチギ(豆腐の炒め煮/두부두루치기)]]とともに特色料理(특색음식)として選定されている<ref>[https://www.daejeon.go.kr/tou/TouFeatureFoodList.do?sctcd=O401&menuSeq=4139 특색음식] 、大田観光ウェブサイト、2019年6月10日閲覧</ref>。市内で有名な老舗店としては、大田市庁近くの西区屯山洞(ソグ トゥンサンドン、서구 둔산동)に位置する1958年創業の「テソンカルグクス(대선칼국수)」や、大田駅近くの東区貞洞(トング チョンドン、동구 정동)に位置する1961年創業の「シンドカルグクス(신도칼국수)」などがある。中区文化洞(チュング ムヌァドン、중구 문화동)の西大田市民公園(ソデジョン シミンゴンウォン、서대전시민공원)では、2013年より「大田カルグクス祭り(テジョン カルグクス チュクチェ、대전칼국수축제)」が開催されている<ref>[http://kalguksu.org/ 대전칼국수축제] 、大田カルグクス祭りウェブサイト、2019年6月10日閲覧</ref>。
  
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*種類
 
*種類
[[ファイル:19091809.JPG|thumb|300px|オルクニカルグクス]]
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[[ファイル:19091809.JPG|300px|thumb|オルクニカルグクス]]
 
:店によって具の選択肢や味付けが大きく異なる。代表的なものにオルクニカルグクス(辛口うどん、[[얼큰이칼국수]])、トゥルケカルグクス(エゴマ入りうどん、[[들깨칼국수]])、ムルチョンカルグクス(シオフキ貝入りうどん、[[물총칼국수]])、トゥブオジンオグクス(豆腐とイカ入りうどん、[[두부오징어국수]])などがある。中でもオルクニカルグクスは中区大興洞(チュング テフンドン、중구 대흥동)一帯に専門店が多く、それ単独でまた別の地域名物とも捉えられている。コチュジャンを入れた濃厚かつ激辛のスープと、生の春菊をトッピングとして入れるのが特徴。1970年代に誕生したとされ、「コンジュ粉食(공주분식)」「ポクス粉食(복수분식)」といった店が古株として知られる。
 
:店によって具の選択肢や味付けが大きく異なる。代表的なものにオルクニカルグクス(辛口うどん、[[얼큰이칼국수]])、トゥルケカルグクス(エゴマ入りうどん、[[들깨칼국수]])、ムルチョンカルグクス(シオフキ貝入りうどん、[[물총칼국수]])、トゥブオジンオグクス(豆腐とイカ入りうどん、[[두부오징어국수]])などがある。中でもオルクニカルグクスは中区大興洞(チュング テフンドン、중구 대흥동)一帯に専門店が多く、それ単独でまた別の地域名物とも捉えられている。コチュジャンを入れた濃厚かつ激辛のスープと、生の春菊をトッピングとして入れるのが特徴。1970年代に誕生したとされ、「コンジュ粉食(공주분식)」「ポクス粉食(복수분식)」といった店が古株として知られる。
  
 
=== トゥブトゥルチギ(豆腐の炒め煮/두부두루치기) ===
 
=== トゥブトゥルチギ(豆腐の炒め煮/두부두루치기) ===
[[ファイル:19091810.JPG|thumb|300px|トゥブトゥルチギ]]
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[[ファイル:19091810.JPG|300px|thumb|トゥブトゥルチギ]]
 
:トゥブトゥルチギ([[두부두루치기]])は、豆腐の炒め煮([[トゥブトゥルチギ(豆腐の炒め煮/두부두루치기)]]、[[トゥルチギ(豚肉の炒め物(または鍋)/두루치기)]]の項目も参照)。豆腐を醤油、ゴマ油、粉唐辛子、ニンニクなどで辛く煮付けて作る料理で、飲食店によっては豚肉やスルメイカ([[오징어]])を追加素材として選べる。店によっては[[カルグクス(韓国式の手打ちうどん/칼국수)]]の麺がトッピングとして用意されているので、これを煮汁に混ぜて食べることもある。1969年創業の「チルロチプ(진로집)」、1972年創業の「ピョルナンチプ(별난집)」、1975年創業の「クァンチョン食堂(광천식당)」が老舗として有名である。
 
:トゥブトゥルチギ([[두부두루치기]])は、豆腐の炒め煮([[トゥブトゥルチギ(豆腐の炒め煮/두부두루치기)]]、[[トゥルチギ(豚肉の炒め物(または鍋)/두루치기)]]の項目も参照)。豆腐を醤油、ゴマ油、粉唐辛子、ニンニクなどで辛く煮付けて作る料理で、飲食店によっては豚肉やスルメイカ([[오징어]])を追加素材として選べる。店によっては[[カルグクス(韓国式の手打ちうどん/칼국수)]]の麺がトッピングとして用意されているので、これを煮汁に混ぜて食べることもある。1969年創業の「チルロチプ(진로집)」、1972年創業の「ピョルナンチプ(별난집)」、1975年創業の「クァンチョン食堂(광천식당)」が老舗として有名である。
  
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=== 大田6味 ===
 
=== 大田6味 ===
[[ファイル:19091811.JPG|thumb|300px|サムゲタン]]
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[[ファイル:19091811.JPG|300px|thumb|サムゲタン]]
 
:大田6味(テジョンユンミ、대전6미)は、大田市を代表する6種類の料理<ref>[http://www.daejeon.go.kr/tou/TouTourRepresentativeFoodList.do?menuSeq=1087 대표음식] 、大田観光、2018年8月1日閲覧</ref>。2000年10月に大田市が郷土料理選定諮問委員会を開き、6種類の料理と、3種類の地酒を選定した<ref>[https://www.hankyung.com/society/article/2000101136221 대전 향토음식 브랜드로 키운다 .. 음식6/술3종류 선정] 、韓国経済、2018年8月8日閲覧</ref>。地酒を含めて、大田6味3酒(テジョンユンミ サムジュ、대전6미 3주)とも呼ぶ。また、2009年11月には「大田代表料理ブランド化事業」として大田6味の中からサムゲタンとトルソッパプを代表料理として選定、それぞれを大田両班サムゲタン、大田両班トルソッパプ(当初は大田ソンビトルソッパプであった)と命名した<ref>[http://www.donga.com/news/article/all/20091118/24189013/2 [대전/충남]대전 대표음식 ‘삼계탕이냐, 돌솥밥이냐”] 、東亜日報、2019年8月8日閲覧</ref>。
 
:大田6味(テジョンユンミ、대전6미)は、大田市を代表する6種類の料理<ref>[http://www.daejeon.go.kr/tou/TouTourRepresentativeFoodList.do?menuSeq=1087 대표음식] 、大田観光、2018年8月1日閲覧</ref>。2000年10月に大田市が郷土料理選定諮問委員会を開き、6種類の料理と、3種類の地酒を選定した<ref>[https://www.hankyung.com/society/article/2000101136221 대전 향토음식 브랜드로 키운다 .. 음식6/술3종류 선정] 、韓国経済、2018年8月8日閲覧</ref>。地酒を含めて、大田6味3酒(テジョンユンミ サムジュ、대전6미 3주)とも呼ぶ。また、2009年11月には「大田代表料理ブランド化事業」として大田6味の中からサムゲタンとトルソッパプを代表料理として選定、それぞれを大田両班サムゲタン、大田両班トルソッパプ(当初は大田ソンビトルソッパプであった)と命名した<ref>[http://www.donga.com/news/article/all/20091118/24189013/2 [대전/충남]대전 대표음식 ‘삼계탕이냐, 돌솥밥이냐”] 、東亜日報、2019年8月8日閲覧</ref>。
 
*大田6味の一覧
 
*大田6味の一覧
:・[[サムゲタン(ひな鶏のスープ/삼계탕)|大田両班サムゲタン(ひな鶏と高麗人参のスープ、대전양반삼계탕)]]
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:・[[大田市の料理#大田両班サムゲタン(ひな鶏と高麗人参のスープ/대전양반삼계탕)|大田両班サムゲタン(ひな鶏と高麗人参のスープ/대전양반삼계탕)]]
:・[[トルソッパプ(釜飯/돌솥밥)|大田両班トルソッパプ(釜飯、대전양반돌솥밥)]]
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:・[[大田市の料理#大田両班トルソッパプ(釜飯/대전양반돌솥밥)|大田両班トルソッパプ(釜飯/대전양반돌솥밥)]]
:・[[ソルロンタン(牛スープ/설렁탕)]]
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:・[[大田市の料理#ソルロンタン(牛スープ/설렁탕)|ソルロンタン(牛スープ/설렁탕)]]
:・[[ネンミョン(冷麺/냉면)|スッコルネンミョン(スッコル地区の冷麺、숯골냉면)]]
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:・[[大田市の料理#スッコルネンミョン(スッコル地区の冷麺/숯골냉면)|スッコルネンミョン(スッコル地区の冷麺/숯골냉면)]]
:・[[ミンムルコギメウンタン(淡水魚の辛い鍋/민물고기매운탕)|大清湖ミンムルコギメウンタン(淡水魚の辛い鍋、민물고기매운탕)]]
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:・[[大田市の料理#大清湖ミンムルコギメウンタン(淡水魚の辛い鍋/민물고기매운탕)|大清湖ミンムルコギメウンタン(淡水魚の辛い鍋/민물고기매운탕)]]
:・[[トトリムクムチム(ドングリ寒天の和え物/도토리묵무침)|クジュクトトリムク(クジュク地区のドングリ寒天、구즉도토리묵)]]
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:・[[大田市の料理#九則トトリムク(九則地区のドングリ寒天/구즉도토리묵)|九則トトリムク(九則地区のドングリ寒天/구즉도토리묵)]]
  
 
==== 大田両班サムゲタン(ひな鶏と高麗人参のスープ/대전양반삼계탕) ====
 
==== 大田両班サムゲタン(ひな鶏と高麗人参のスープ/대전양반삼계탕) ====
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==== スッコルネンミョン(スッコル地区の冷麺/숯골냉면) ====
 
==== スッコルネンミョン(スッコル地区の冷麺/숯골냉면) ====
[[ファイル:19091812.JPG|thumb|300px|スッコルネンミョン]]
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[[ファイル:19091812.JPG|300px|thumb|スッコルネンミョン]]
 
:スッコルネンミョン(숯골냉면)は、スッコル地区で作られている冷麺(「[[ネンミョン(冷麺/냉면)]]」の項目も参照)。スッコルとは「炭谷」を意味し、儒城区新城洞(ユソング シンソンドン、유성구 신성동)一帯の旧称である。この地域で1954年に「スッコルウォン冷麺(숯골원냉면)」が創業し、人気を得たことから周辺に[[ネンミョン(冷麺/냉면)|ネンミョン]]の専門店が増えていった。平壌冷麺の流れを汲んでおり、そば粉の比率が高い麺と、鶏ダシに[[トンチミ(大根の水キムチ/동치미)]]の汁を加えたスープが特徴である。
 
:スッコルネンミョン(숯골냉면)は、スッコル地区で作られている冷麺(「[[ネンミョン(冷麺/냉면)]]」の項目も参照)。スッコルとは「炭谷」を意味し、儒城区新城洞(ユソング シンソンドン、유성구 신성동)一帯の旧称である。この地域で1954年に「スッコルウォン冷麺(숯골원냉면)」が創業し、人気を得たことから周辺に[[ネンミョン(冷麺/냉면)|ネンミョン]]の専門店が増えていった。平壌冷麺の流れを汲んでおり、そば粉の比率が高い麺と、鶏ダシに[[トンチミ(大根の水キムチ/동치미)]]の汁を加えたスープが特徴である。
  
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=== 聖心堂のパン ===
 
=== 聖心堂のパン ===
[[ファイル:19091814.JPG|thumb|300px|聖心堂のパン]]
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[[ファイル:19091814.JPG|300px|thumb|聖心堂のパン]]
 
:聖心堂(ソンシムダン、성심당)は、中区銀杏洞(チュング ウネンドン、중구 은행동)に本店を構えるベーカリー。創業者のイム・ギルスン(임길순)氏、ハン・スンドク(한순덕)氏夫妻は[[北朝鮮の料理|咸鏡南道咸州郡]]の出身で、朝鮮戦争時に故郷から避難をして大田市へと移り住んだ。1956年に大田駅前で[[チンパン(あんまん/찐빵)]]の露店を開いたのが始まりで、やがて本格的なベーカリーとして成長するに至った。1980年発売のティギムソボロ(揚げソボロパン、[[튀김소보로]])と、1986年発売のパンタロンプチュパン(ニラパン、[[판타롱 부추빵]])が看板商品であり、大田市を代表する名物として人気を集める。大田駅構内やロッテ百貨店大田店などにも支店があるほか、ケーキ専門の「聖心堂ケーキブティック(성심당 케익부띠끄)」、ベーカリーレストランの「聖心堂テラスキッチン(성심당 테라스키친) 」などの関連店舗も運営する。いずれの店舗も大田市内にあり、他地域には進出しないことを原則としている。
 
:聖心堂(ソンシムダン、성심당)は、中区銀杏洞(チュング ウネンドン、중구 은행동)に本店を構えるベーカリー。創業者のイム・ギルスン(임길순)氏、ハン・スンドク(한순덕)氏夫妻は[[北朝鮮の料理|咸鏡南道咸州郡]]の出身で、朝鮮戦争時に故郷から避難をして大田市へと移り住んだ。1956年に大田駅前で[[チンパン(あんまん/찐빵)]]の露店を開いたのが始まりで、やがて本格的なベーカリーとして成長するに至った。1980年発売のティギムソボロ(揚げソボロパン、[[튀김소보로]])と、1986年発売のパンタロンプチュパン(ニラパン、[[판타롱 부추빵]])が看板商品であり、大田市を代表する名物として人気を集める。大田駅構内やロッテ百貨店大田店などにも支店があるほか、ケーキ専門の「聖心堂ケーキブティック(성심당 케익부띠끄)」、ベーカリーレストランの「聖心堂テラスキッチン(성심당 테라스키친) 」などの関連店舗も運営する。いずれの店舗も大田市内にあり、他地域には進出しないことを原則としている。
  
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=== 大田市の市場グルメ ===
 
=== 大田市の市場グルメ ===
[[ファイル:19091815.JPG|thumb|300px|大田中央鉄道市場]]
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[[ファイル:19091815.JPG|300px|thumb|大田中央鉄道市場]]
 
==== 大田中央鉄道市場 ====
 
==== 大田中央鉄道市場 ====
 
:大田中央鉄道市場(テジョン チュンアン チョルトシジャン、대전중앙철도시장)は、東区元洞(トング ウォンドン、동구 원동)一帯に広がる市場。1905年に大田駅が開業したことを機に、駅の周辺が開発されていくと、1911年に島津久太郎氏が大田魚菜市場(대전어채시장)を開いて、これが後の大田中央市場(テジョン チュンアンシジャン)となった。2015年に文化観光型市場として選定されると、鉄道をテーマとした観光型市場というコンセプトを掲げ、市場名を大田中央鉄道市場と変更<ref>[http://www.djone.kr/abt/int.do 대전중앙시장 소개] 、大田中央市場ウェブサイト、2024年8月20日閲覧</ref>。同じ商品を扱う店が並んだブロックを駅に見立て、料理駅、貴金属駅、ファッション駅といった具合に看板を掲げた。大田駅の付近は朝鮮戦争時に多くの避難民が集まった地域でもあり、市場内には北部地域の出身者が開いた店として、[[ソモリクッパプ(牛頭部のスープごはん/소머리국밥)]]などを提供する「咸鏡道チプ(ハムギョンドチプ、함경도집)」や、平安道(ピョンアンド、평안도)式の[[マンドゥクッ(餃子スープ/만두국)]]を看板メニューとする「价川食堂(개천식당)」などがある。
 
:大田中央鉄道市場(テジョン チュンアン チョルトシジャン、대전중앙철도시장)は、東区元洞(トング ウォンドン、동구 원동)一帯に広がる市場。1905年に大田駅が開業したことを機に、駅の周辺が開発されていくと、1911年に島津久太郎氏が大田魚菜市場(대전어채시장)を開いて、これが後の大田中央市場(テジョン チュンアンシジャン)となった。2015年に文化観光型市場として選定されると、鉄道をテーマとした観光型市場というコンセプトを掲げ、市場名を大田中央鉄道市場と変更<ref>[http://www.djone.kr/abt/int.do 대전중앙시장 소개] 、大田中央市場ウェブサイト、2024年8月20日閲覧</ref>。同じ商品を扱う店が並んだブロックを駅に見立て、料理駅、貴金属駅、ファッション駅といった具合に看板を掲げた。大田駅の付近は朝鮮戦争時に多くの避難民が集まった地域でもあり、市場内には北部地域の出身者が開いた店として、[[ソモリクッパプ(牛頭部のスープごはん/소머리국밥)]]などを提供する「咸鏡道チプ(ハムギョンドチプ、함경도집)」や、平安道(ピョンアンド、평안도)式の[[マンドゥクッ(餃子スープ/만두국)]]を看板メニューとする「价川食堂(개천식당)」などがある。
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