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:クァンヤンプルコギ([[광양불고기]])は、光陽式の牛焼肉(「[[プルコギ(牛焼肉/불고기)]]」の項目も参照)。薄切りにした牛肉を、漬け置くことなく提供直前に醤油、塩、砂糖、ゴマ油、ニンニクなどで味付けをし、熱伝導率のよい銅製の網を用いて炭火で焼く。近隣の白雲山(ペグンサン、백은산)は炭の名産地である。炭火の香りをまとわせるのがよいとされ、店によっては肉を広げずにうず高く載せ、肉の隙間に煙がこもるように焼く。市南西部の光陽邑七星里(クァンヤンウプ チルソンニ、광양읍 칠성리)に専門店が集まっており、一帯を「光陽プルコギ特化通り(광양불고기 특화거리)」と呼ぶ。毎年秋には「光陽伝統炭火焼き祭り(광양전통숯불구이축제)」が開催される。 | :クァンヤンプルコギ([[광양불고기]])は、光陽式の牛焼肉(「[[プルコギ(牛焼肉/불고기)]]」の項目も参照)。薄切りにした牛肉を、漬け置くことなく提供直前に醤油、塩、砂糖、ゴマ油、ニンニクなどで味付けをし、熱伝導率のよい銅製の網を用いて炭火で焼く。近隣の白雲山(ペグンサン、백은산)は炭の名産地である。炭火の香りをまとわせるのがよいとされ、店によっては肉を広げずにうず高く載せ、肉の隙間に煙がこもるように焼く。市南西部の光陽邑七星里(クァンヤンウプ チルソンニ、광양읍 칠성리)に専門店が集まっており、一帯を「光陽プルコギ特化通り(광양불고기 특화거리)」と呼ぶ。毎年秋には「光陽伝統炭火焼き祭り(광양전통숯불구이축제)」が開催される。 | ||
| − | ;韓国3大プルコギ | + | :;*韓国3大プルコギ |
| − | :クァンヤンプルコギは、[[ソウル市の料理|ソウル市]]のソウルプルコギ(ソウル式の牛焼肉、[[서울불고기]])、[[蔚山市の料理|蔚山市]][[蔚州郡の料理|蔚州郡]]のオニャンプルコギ(彦陽式の牛焼肉、[[언양불고기]])と並んで、韓国3大プルコギのひとつに数えられる。クァンヤンプルコギが薄切りの牛肉を網の上に載せて焼くのに対し、ソウルプルコギは中央の盛り上がった鉄板で煮汁と絡めながら焼き、オニャンプルコギは両面焼きの網に挟んで焼く方式である。[[ソウル市の料理|ソウル市]]はかつて漢陽(ハニャン、한양)と呼ばれ、オニャン、クァンヤンにも「陽」の字がつくことから、韓国3大プルコギを「三陽プルコギ([[삼양불고기]])」とも総称する。 | + | ::クァンヤンプルコギは、[[ソウル市の料理|ソウル市]]のソウルプルコギ(ソウル式の牛焼肉、[[서울불고기]])、[[蔚山市の料理|蔚山市]][[蔚州郡の料理|蔚州郡]]のオニャンプルコギ(彦陽式の牛焼肉、[[언양불고기]])と並んで、韓国3大プルコギのひとつに数えられる。クァンヤンプルコギが薄切りの牛肉を網の上に載せて焼くのに対し、ソウルプルコギは中央の盛り上がった鉄板で煮汁と絡めながら焼き、オニャンプルコギは両面焼きの網に挟んで焼く方式である。[[ソウル市の料理|ソウル市]]はかつて漢陽(ハニャン、한양)と呼ばれ、オニャン、クァンヤンにも「陽」の字がつくことから、韓国3大プルコギを「三陽プルコギ([[삼양불고기]])」とも総称する。 |
| − | ;天下一味 馬老火炙 | + | :;*天下一味 馬老火炙 |
::朝鮮時代にあるソンビ(儒学者、[[선비]])が流刑に処されて光陽に来た。地域の子どもたちに学問を教えたところ、感謝をした親がソンビに[[プルコギ(牛焼肉/불고기)|プルコギ]]をご馳走した。これがたいへん美味しかったため、ソンビは罪を許されて中央に戻ったあとも折に触れて思い出した。のちにその見事な味を「天下一味 馬老火炙(천하일미 마로화적)」と評して伝えた。馬老は光陽の旧称であり、光陽の[[プルコギ(牛焼肉/불고기)|火炙(プルコギ)]]は天下一の味を意味する。それが現代にまで伝わって、クァンヤンプルコギを称える決まり文句として広まっている。 | ::朝鮮時代にあるソンビ(儒学者、[[선비]])が流刑に処されて光陽に来た。地域の子どもたちに学問を教えたところ、感謝をした親がソンビに[[プルコギ(牛焼肉/불고기)|プルコギ]]をご馳走した。これがたいへん美味しかったため、ソンビは罪を許されて中央に戻ったあとも折に触れて思い出した。のちにその見事な味を「天下一味 馬老火炙(천하일미 마로화적)」と評して伝えた。馬老は光陽の旧称であり、光陽の[[プルコギ(牛焼肉/불고기)|火炙(プルコギ)]]は天下一の味を意味する。それが現代にまで伝わって、クァンヤンプルコギを称える決まり文句として広まっている。 | ||
| − | ;歴史 | + | :;*歴史 |
::上記の伝承を史実とするならば、朝鮮時代からクァンヤンプルコギが親しまれていたことになる。実質的には20世紀に入ってからと見られ、元祖店として知られる「三代光陽プルコギチプ(삼대광양불고기집)」は、1930年に「イルン食堂(일흥식당)」として創業した。初代のイ・ソウン(이소은)がクァンヤンプルコギを初めて提供し、2代目のイ・ヨンジョ(이영조)が正式にメニュー化するとともに、1954年には屋号を「光陽プルコギ食堂(광양불고기식당)」と改めた<ref>(재)한식재단, 2012, 『한국인이 사랑하는 오래된 한식당』, 한국외식정보, P44-45</ref>。 | ::上記の伝承を史実とするならば、朝鮮時代からクァンヤンプルコギが親しまれていたことになる。実質的には20世紀に入ってからと見られ、元祖店として知られる「三代光陽プルコギチプ(삼대광양불고기집)」は、1930年に「イルン食堂(일흥식당)」として創業した。初代のイ・ソウン(이소은)がクァンヤンプルコギを初めて提供し、2代目のイ・ヨンジョ(이영조)が正式にメニュー化するとともに、1954年には屋号を「光陽プルコギ食堂(광양불고기식당)」と改めた<ref>(재)한식재단, 2012, 『한국인이 사랑하는 오래된 한식당』, 한국외식정보, P44-45</ref>。 | ||