「チョレンイトックッ(開城式の雑煮/조랭이떡국)」の版間の差分

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== 歴史 ==
 
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=== 文献上の記録 ===
 
=== 文献上の記録 ===
*『朝鮮料理学』(1940年頃)の記述
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*『朝鮮料理学』(1940年)の記述
:<span style="color:red">'''※この項目は原文に当たっておらず確認中です'''</span>
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:洪善杓(ホン・ソンピョ/홍선표)が1940年に書いた『朝鮮料理学([[조선요리학]])』には「白餅をななめに細長く切って食べるのは全国的に統一されているようだが、開城だけは朝鮮王朝の開国初期に高麗への忠誠心から、朝鮮をこうしてやると、餅をこねて、端をねじり、団子のようにちぎって、すいとんのように煮て食べたが、これをチョロントックッと呼ぶ」<ref>洪善杓, 1940年, 『朝鮮料理學』, 朝光社, P189</ref>【原文1】との記述がある。
:洪善杓によって1940年頃に書かれた『朝鮮料理学』には「全国的にカレトク([[가래떡]]、棒状の餅の意)をななめに切るが、朝鮮の開国当初に高麗の臣としたの心で餅をこねて団子模様に切り、セントックッ(생떡국、米粉を練ってすいとん状に作った雑煮)のように煮て食べたが、これをチョロントックッ(조롱떡국)と呼ぶ」との記述がある。
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:【原文1】「白餠을 엇쓱엇쓱 길게쓰러 먹는것은 全鮮的으로 統一된모양이나 開城만은 李朝登極初에 高麗의臣心으로 李朝를 이렇게하는모양으로 떡을 비비여가지고 끗을 비비틀어서 경단같이 잘나내여 생떡국모양으로 끓려먹는대 조롱떡국이라하는것이다.」
  
 
=== 歴史的な俗説 ===
 
=== 歴史的な俗説 ===
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