北朝鮮報告(2)~平壌のレストランでいきなり打ち砕かれた僕の幻想。

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 北朝鮮報告(1)から続きます。

 北朝鮮に行ってきたという話を書いたことで、いろいろな反響をいただいています。観光客としておのぼりさんのような旅行をしてきただけですが、それでも相当なインパクトで受け止められるのが北朝鮮という国のようです。

 ここでは自分の守備範囲である食の部分を中心に報告していくつもりですが、その中で背景となる文化や暮らしに触れていく部分もあるかと思います。門外漢の部分で間違いがないよう細心の注意を払うつもりですが、それでも意図と異なる誤解が生じるかもしれません。

 というより、おそらく誤解は避けられないようにも思います。

 あまりにも全容が知られていない国であり、固定のイメージに準拠することが難しいうえ、事前の先入観とは異なるものが多すぎました。まして、5泊6日の短い観光です。食以外で浅い知識を露呈するかもしれませんが、それらを避けて食の部分だけを切り出すのも不可能なので、誤解を覚悟でできるだけのことを書いてみます。
 
 冒頭の写真は平壌市内の町並み。

 凹凸のある左手の建物には……。

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 ハングル……じゃなくて、これも北朝鮮ではチョソングル(朝鮮文字)と言いますが、たぶんこれもチョソングルだと通じにくいと思いますのでハングルと書きますね。

 ハングルで「記念品商店(기념품 상점)」と書かれています。この商店という単語は頻繁に登場し、街中では……。

・果物野菜商店(과일남새상점)
・魚商店(물고기상점)
・食料品商店(식료품상점)

 といった看板がよく見られます。

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 中はこんな感じ。

 まあ、よくある観光客向けの土産物店ですよね。夕食に行くと言われて入ったのが土産物店だったので戸惑いましたが、1階が土産物店、2階が外国人向けのレストランということになっていました。

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 案内されたのは回転テーブルの円卓。

 なにやらチャミスルのような焼酎ビンも見えますが、ソルリプスル(松葉酒、솔잎술)という北朝鮮の焼酎です。アルコール度数が30%とかなり強めでしたけどね。同じく3本並んだミネラルウォーターはセンムル(生水、생물)と呼ばれます。

 ずらり並んだ料理は……。

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 ロクトゥチヂム(록두지짐、緑豆のチヂミ)。南ではノクトゥジョン(녹두전)、またはピンデトク(빙대떡)と呼ばれますが、日本でいうチヂミの類はみなチヂム(지짐)と呼びます。

 また、緑豆をロクトゥ(록두)と呼ぶのも慣れが必要ですね。

 韓国では漢字語として語頭にリウル(ㄹ)が来ることはなく、イウン(ㅇ)やニウン(ㄴ)に変化しますが、北朝鮮ではそのままリウル(ㄹ)で発音されます。僕が実際に会話の中で間違った例として……。

・レンミョン(冷麺、냉면) → 南ではネンミョン(냉면)
・リョヘン(旅行、려행) → 南ではヨヘン(여행)
・リョリ(料理、료리) → 南ではヨリ(요리)

 といったものがありました。そのほか、

・ウィセンシル(衛生室=トイレ、위생실) → 南ではファジャンシル(化粧室、화장실)
・アンネウォン(案内員=ガイド、안내원) → 南ではガイドゥ(가이드)
・タルガル(卵、닭알) → 南ではケラン(계란)、またはタルギャル(달걀)

 といった感じで単語そのものが違う場合も多々。

 最初からわからなければどうでもよいのでしょうが、なまじ韓国語ができるために脳みそがずいぶん疲労しました。そんな中で、最後までどうしても慣れなかったのが数詞。観光客はほとんどの場合、外貨(主にドル、ユーロ、元。高麗ホテルの中でのみ円)で買い物をしますが、例えば5ドルというときは……。

・タソッタルロ(다섯달러) → 南ではオダルロ(오달러)

 と南北で異なります。

 北では固有数詞(ハナ、トゥル、セッ)、南では漢数詞(イル、イ、サム)を使うということですが、会計のたびに間違えました。言い直していかんいかんと思いつつ、直後に領収書をもらおうとして……。

・リョンスジュン(領収書、령수증) → 南ではヨンスジュン(영수증)

 をさらに間違えて、キイッ! となったりも。

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 で、これがそのケランでもタルギャルでもない……。

・タルガルボックム(炒り卵、닭알볶음)

 いわゆるスクランブルエッグですね。

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 そして、この単語も訳がわからない……。

・ナクチティギ(イカフライ、낙지튀기)

 南ではナクチ(낙지)というとテナガダコを指しますが、北ではイカを指します。初めて聞いたときは何かの間違いか冗談だと思いましたが、その後もたびたび出てきました。北ではイカのことをナクチと言うそうです。あと、揚げ物の類もティギム(튀김)ではなくティギ(튀기)。


 ※4月26日13時追記
 後日発見した事実ですが、南でいうナクチ、日本語でテナガダコは南でイカを指すオジンオ(오징어)と呼ぶそうです。完全に入れ替わった状態ということなんですね。

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 さらに……。

・オリゴギチンチェボックム(アヒル肉とセロリ炒め、오리고기진채볶음)

 南ではセロリはセルロリ(셀러리)ですが、北ではチンチェ(진채)と言います。

 いま振り返りながら書いていてもすごい違いですよね。韓国語のできる人は北朝鮮に行ったら気を付けてください。言葉が混ざって頭の中がぐちゃぐちゃになります。

 まあ、それが楽しいといえばとても楽しいのですが。

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・ソゴギワンジャボックム(牛肉団子炒め、소고기완자볶음)

 要するにミートボールを炒めたものですが……。

 どうでしょう、ここまで料理が並んでそろそろ疑問に思うことがないですか? 僕らも食べながらハテナマークが頭上をぐるぐる回ったのですが……。

「これってそもそも北朝鮮料理?」

 って思いませんかね。

 脈絡のなさはむしろ日本の居酒屋料理を見るようでもありますが、南で見る料理とも違いますし、ミートボール炒めなんかむしろ中華料理の味付けに近いです。

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 なんだか中華っぽいよね、という部分に確証を得たのがこの一品。

・コギスンデメチュリアルボックム(ソーセージとウズラの卵炒め、고기순데메추리알볶음)

 ソーセージをコギスンデ(肉の腸詰、고기순대)と呼ぶのもなかなか衝撃ですが、それ以上にこのソーセージ、食べたら八角の香りがするんですよ。その日の朝に瀋陽のホテル(中国で1泊しています)で食べたビュッフェのソーセージと同じ味。

 たぶんこれは中国から輸入をしているか製法を学んだかなのでしょうが、これを食べた瞬間に僕の抱いていた北朝鮮料理への幻想が一気に崩壊するのです。

 実は今回、北朝鮮を食べ歩くにあたり、ひとつの大きな期待をもって出かけました。それは現在の韓国が失ってしまった、古き朝鮮時代の料理が片鱗として残っているのではないかということ。

 それらは日本の在日料理にも片鱗として見えるものがあるのですが、北朝鮮に行けばより骨格の残った形で見えるに違いないと僕は考えていました。

 諸外国からの影響を強く受け変容を続けてきた韓国に対し、いわば朝鮮時代から冷凍保存されたような食文化の姿があって、それらが度重なる食料危機で損なわれていないかと心配もしていたのですが……。

 根底から大間違いでしたね。

 僕ら日本から見ると北朝鮮は国交もない閉ざされた国ですが、実際に行ってみると中国人観光客はやたら多いですし、西洋からの観光客もたくさんいます。日本、アメリカ、フランスなどとは国交がありませんが、いま調べたところ160以上もの国と国交を結んでいます。

「閉じてないじゃん、北朝鮮!」

 もちろん外国人観光客がガイドなしにフラフラ旅行できる訳ではありませんし、閉ざされた部分も多いでしょうが、少なくとも平壌の料理を見る限り、食文化のほうは外国からの影響が充分。それも中国の影響を受けた部分が少なからずありそうです。

 固有のものは固有のものとしてありつつ、新しいものもしっかり取り入れているのが現代北朝鮮料理ということでしょう(特に外国人の行く店においては)。少なくとも冷凍保存されて朝鮮時代のままということはあり得ません。

 いま書いていても自分のことをバカだなぁと思いますが、けっこう本気でそう信じていたんですよね。行って初めてわかること、本当に多いです。

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・タッタリチリャンチム(鶏モモ肉の七香蒸し、닭다리칠향찜)

 これは比較的トラディショナルな料理で、骨を除いた鶏モモ肉に、もち米、銀杏、ナツメ、松の実、栗を詰めて蒸したもの。主材料の鶏肉と味付けの蜂蜜を加えて七香という説明でしたが、そこにマヨネーズソースがかかっているのも文化の混ざった部分でしょうね。

 こういった料理を味わいながら……。

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 お姉さんたちのカラオケを聴き、ときには手を引かれて舞台に出て踊ったりもしつつ……。

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 名物の大同江ビール(대동강맥주)で喉を潤す、というのは平壌における定番の楽しみ方です。なお、この店ではジョッキで出てきましたが、ほかの店ではみなビンで出てきました。

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 マッコリも同じようにジョッキで登場。旅行中、マッコリを飲んだのはこの1回だけですが、さらっとした飲み口で発泡感がなく、ほんのり発酵が進んで酸味を感じました。また機会があれば、いろいろ飲み比べてみたいところです。

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 ひとしきり飲んで最後は……。

・トルソッピビムパプ(石焼きビビンバ、돌솥비빔밥)

 具が控えめなのが北全般の特徴かは確認できませんでしたが、器が土鍋のようであるとか、オコゲができるほどアツアツにしない、というのは一般的なことだそうです。

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 鶏のスープを少量かけて食べるというのも独特だなぁと思いましたが(南では豆モヤシのスープをかける)、個人的に驚いたのは……。

「なぜ石焼きがある!?」

 という部分でしたね。

 石焼きビビンバのルーツは明確になっていないのですが、大きく韓国で生まれた説と、日本で生まれた説に分かれます。とはいえ、韓国でも日本でも朝鮮戦争以降であるのはほぼ間違いなく、これも僕の大きな誤解ですが……。

「朝鮮戦争以降に生まれた料理は北にないはず!」

 という大間違いがここでも修正されました。

 よく考えたら在日の人だって普通に北朝鮮へ行くのですから、実際に取り入れるかどうかは別の問題としても、韓国料理の新しい要素がまるで伝わらないことはないですよね。前泊した中国の瀋陽でも北朝鮮系列の飲食店と、韓国系列の飲食店と、朝鮮族の飲食店がごっちゃ混ぜに軒を連ねていましたし、もともとは同じ国の料理ですから、新しい工夫だって違和感なく取り入れられてしかるべきです。

 という感じに、1回の食事でもどっと疲れるほどのカルチャーショックがあった初日夕食。

 ただ、これだけ見ると北朝鮮の食事がフュージョン系ばかりにも見えますが、今後しっかり伝統を守った料理も出てきます。冒頭で誤解を覚悟と書きましたが、僕が切り取ったものをさらに切り取ると誤解がいっそう大きくなります。僕も頑張って書きますので、ぜひ続きの話も読んでください。

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