コリアうめーや!!第213号

コリアうめーや!!第213号

<ごあいさつ>
1月15日になりました。
すっかり正月気分も抜けて仕事モード。
むしろ年末年始に溜めた仕事が山積みで、
普段の倍ほど忙しい日々を送っています。
そして、それ以上に厳しいのが部屋の寒さです。
もともと暖房があまり好きではないので、
寒さを我慢しつつ、厚着で対策としています。
下半身にはガッチリ毛布を巻きつけたりして。
それでも日中はけっこう平気なのですが、
日が落ちて気温が下がると、手がかじかみますね。
指が固まって、キーボードが打てなくなるほど。
手書きだったら文字が震えて読めません。
パソコンのおかげでなんとか仕事ができる状況です。
まあ、そんな日常の些事はほどほどにして。
昨年末の仁川報告をもう少しさせて頂きます。
とある名物料理を食べに行ったのですが、
その道中で悲しくも、面白い体験をしました。
コリアうめーや!!第213号。
運命に翻弄される、スタートです。

<仁川にて不思議な不思議なカニ道中!!>

昨年11月。

仁川市内のホテルにチェックインした僕は、
夕食として名物のカニを食べたいと思っていた。

おおざっぱな話として韓国のカニ事情は、
東のズワイガニ、西のワタリガニと分類できる。
西海岸に位置する仁川もワタリガニの名産地。
ワタリガニを使った料理でも有名である。

中でも代表的なのがカンジャンケジャンとコッケタン。

カンジャンケジャンは生のワタリガニを、
そのまま特製の薬味醤油にドボンと漬け込んだもの。
コッケタンはワタリガニを煮込んだ辛い鍋料理で、
スープに溶け出た旨味がたまらない一品。

さて、どちらから食べようか。

ただ、あいにく仁川出張は僕ひとりである。
コッケタンは鍋料理なのでひとりではちょっと多い。
2、3人前の鍋と格闘してもいいが……。

「まずはカンジャンケジャンだな」

心を決めた僕は支度をしてロビーに下りた。
フロント近くにドアマンがいたので尋ねてみる。

「近くにカンジャンケジャンの店はありますか?」
「この近くにはないですね!」

ハキハキとした口調のにこやかなドアマンは
満面の笑顔で僕の期待をざっくり斬って捨てた。

「えと、どのへんに行ったらありますか?」

戸惑いながら尋ねると、

「この近くではちょっとありませんね!」
「タクシーに乗らなければ行くことができません!」
「それより、ワンブロック歩くと飲食店がたくさんあります!」
「徒歩15分ほどなので、ぜひそちらをご利用ください!」

という答えが返ってきた。

僕の泊まったホテルは開発中の新都市にあるため、
繁華街はおろか、飲食店そのものが少ない。
ワンブロックが徒歩15分という距離感からもよくわかる。

おそらく彼なりの親切心であったのだろう。

この近辺での食事は、そのワンブロック先がベスト。
だが、それは僕の求める情報ではない。
一応、念の為と思ってワンブロック先まで歩いてみたが、
あったのはほとんどが見慣れたチェーン店だった。

僕はすかさずタクシーに乗った。

タクシーの運転手が行き先を尋ねる。
僕は少し困ったフリをしつつ、逆に尋ね返す。

「日本から来た観光客なんですが……」
「カンジャンケジャンの美味しい店ってありませんか?」
「おすすめの店があればそこまでお願いします」

すると運転手は、

「へー、日本から来たの!」

と驚きながらも、行き先を考えてくれた。

「こないだ行ったところはうまかったんだよな……」
「でも観光客に人気のあるところといったらあそこかな……」
「いや、やっぱりあそこがいいかな……」

こういうときにちょっと悩ましいのが、
先回りして美味しさ以外の部分を考慮してくれる点。
外国人が行くにはちょっと、という部分で、
味よりも、店の規模や清潔さなどが優先されてゆく。

「あの、雰囲気よりも美味しい店を……」
「はいはい、わかってるよ!」

で、到着したのがやけに大きな店。

「ここは団体客も多いから大丈夫だと思うな!」
「あの、運転手さんはここで食べたことあるんですか?」
「いや、ここはないけど有名店だから!」
「はあ……」

とりあえず車を降りて中をのぞいてみる。
確かに店は大きく立派だが、見事なまでにガラガラ。

「これは観光客向けの店だな……」

そう判断した僕は、さらにタクシーを拾った。

「どちらまで?」
「延寿区までお願いします!」

今度は僕のほうからビシッと答える。
実はホテルを出る前に、調べておいた店がひとつあった。
ネット情報ゆえに、それを鵜呑みにはせず、
まずは現地情報を優先させようと考えたのである。

だが、その情報収集がうまくいかないのでは仕方ない。
方針を変更してネット情報に頼るとしよう。

「はい、到着です」

詳しい場所まではわからなかったので、
とりあえず近くまで行って降ろしてもらった。
あとは近所の人に聞きながら探そう。

「すいません、この近所に○○食堂ってありませんか?」
「○○食堂? いや聞いたことはないな」

「この近所の○○食堂を探しているんですが」
「知らないねえ、何の店?」

「えーと、○○食堂……」
「知りません」

何故だ。おかしい。
誰に聞いても知っている人がまるでいない。
これは住所を覚え間違えてきたか?

仕方ないので近くのPCバン(ネットカフェ)に入る。

地図サイトも使って店の住所を入念に調べてみたが、
やはり僕がウロウロしていたあたりで間違いないようだ。
細い路地の中にあるようなので、見落としたのかもしれない。
電話番号も控えて、もう1度足を運んでみる。

だが、その現地に着いてみると……。

「△△居酒屋、ビールおかわり無制限!」

という威勢のいい横断幕が掲げられていた。
どう考えてもカンジャンケジャンの店ではない。

仕方ないので電話をかけてみる。

「あ、もしもし。○○食堂ですか?」
「違います!」

ガチャン!

話を聞くまでもなく切られた。
たぶん間違い電話が何度もかかっているのだろう。
すでに閉店してしまった店の情報が、
ネット上にそのまま残っていたに違いない。

諦めた僕はもう1度タクシーを拾った。
松島という場所にワタリガニ通りがあるはずだ。

「どちらまで?」
「松島のワタリガニ通りまでお願いします」
「どこ……?」
「ワタリガニ通りです」

「ワタ……なに?」
「カンジャンケジャンを食べたいのでワタリガニ通りまで!」
「あー、ワタリガニね。ちゃんと発音してくれないと」
「すいません、外国人なもので……」

「あー、そうなんだ。韓国語の発音は難しいよねえ」
「ええ、いつも発音には苦労しています」
「どこの国から来たの? 中国?」
「いえ、日本です」

「そうか、たまに日本人客を載せるよ」
「へー、そうですか」
「カンジャンケジャン好きなの?」
「ええ、仁川名物だと聞きまして……」

ずいぶんと話好きな運転手であった。
乗車から約20分、ひたすら仁川の魅力を語ってくれた。

「さ、着いたよ!」
「あれ、ここが松島のワタリガニ通りですか?」
「違うけど、カンジャンケジャンだったらここだね」
「へ……?」

「そこに店が見えるでしょ!」
「はあ……」
「この近辺じゃ、そこがいちばん有名だから!」
「……」

求めた場所にはたどり着かなかった。

行き先と違う場所に連れて来られたのにも驚いたが、
料金を支払い、タクシーを降りてさらにびっくりした。

「ここって、最初のタクシーに案内された店じゃん!」

僕がつい先ほど、観光客向けだろうと避けた店。
そこに巡り巡って、またも到着したのである。
ふたたび中を覗いてみるも、やはり客の姿は見えない。
女性店員がヒマそうにおしゃべりを続けている。

タクシー3台乗って、振り出しに戻る。

そんな言葉が頭の中をぐるぐる駆け巡ったが、
こうなってくると、これはこれで運命なのかもしれない。
半ば諦めの気持ちで、僕は店内へと足を踏み入れた。

中も外観にたがわず高級な雰囲気であった。
広々とした個室に案内されるが、客は僕ひとりだ。
空間があまりに贅沢すぎて逆に居心地が悪い。

やってきた店員に、

「カンジャンケジャン定食をひとつ」

と注文する。

軽く返事をした店員は、個室を出る際に、
入口の引き戸を、ピシッ! と勢いよく閉めた。
じっとり重たい静寂の中で、その音はやけに大きく響き、
僕の心の中に、

「やはりハズレ店かもしれない……」

という暗い影を落とした。

3度にわたるタクシーでの迷走。
あるべき場所に見つからなかった目的の店。
たどり着けなかったワタリガニ通り。
よくない要素は山ほどあったが……。

なんと、ここからが歓喜の大逆転であった。

予想に反し、カンジャンケジャンは見事だった。

ワタリガニ自体が大ぶりであるのに加え、
醤油に浸っていながらも、身の色が鮮やかである。
下手なカンジャンケジャンだと漬かりすぎて、
身の色が悪くなっており、味付けも濃い。

だが、目の前のあるカンジャンケジャンは、
見るからに新鮮であり、身もしっかり詰まっている。
オレンジ色の卵(内子)も美しく輝いている。

見た瞬間から、

「これは期待できる!」

と心が躍った。

おもむろに足の部分から手に取り、
いちばん肉の多いところを目掛けてかぶりつく。
ぬめっとした「生!」の食感が口に触れた直後、
怒涛の甘味がボリュームとともに押し寄せた。

ぷりぷりで。とろとろで。あまあまで。

ほどよい醤油の塩気が甘味を倍増させている。
前歯に少しの力を入れ、殻を適度に噛み砕くと、
奥に潜んでいる身のすべてが、にゅるんと絞り出される。

「たまらん……が、まだ気を失ってはならぬ!」

意識をしっかりもって甲羅部分にも立ち向かう。
艶かしいオレンジ色の卵をそっとスプーンですくい取り、
舌の上で転がすように、その味を感じとってゆく。

さらりと舌で溶けたのは限りなく多彩な旨味
甘味、滋味、豊味、鮮味、濃味、深味、艶味が凝縮し、
味蕾と脳細胞のすべてをとろかしてゆく。

僕のアホ顔もよりいっそうとろとろに崩れ、

「ごはん、これはごはんだ!」

と鼻息荒く、甲羅にごはんを放り込む。
醤油に浸ったカニ味噌と卵、ごはんの組み合わせは最強。
思わず、スプーンを握る手にも力がこもり、
甲羅を突き破らんばかりの勢いで、内壁をこそげとった。

こんなに夢中でカンジャンケジャンを食べたことはない!

というぐらいに満ち足りた体験であった。
いやはや、さすがはワタリガニの名産地である。

後に知ったことであるが、僕が行った店、
延寿区東春洞の「山頂ケジャン」はなかなかの有名店だった。

ガラガラだったのは平日だからかもしれないが、
少なくとも2人のタクシー運転手が揃ってすすめた店だ。
いつもガラガラで客がいない訳ではなかろう。
事実、僕も満足してその店を出た。

上に書いた文章はやや興が乗ってしまったため、
褒めすぎの感もあるが、その瞬間の興奮度は確かに高かった。
価格も1人前(ワタリガニ1ぱい)21000ウォン。
テンジャンチゲを含む、副菜もたっぷり出てきた。

また、松島のワタリガニ通りも後日足を運んだ。

そこで知ったのだが、こちらは鍋料理のコッケタンがメイン。
カンジャンケジャンもメニューに載ってはいるが、
たいていの店でサブ的な扱いになっている。

「松島のワタリガニ通りでカンジャンケジャンを食べたい!」

というのは、やや的外れだったらしい。
従って3台目の運転手さんはわざわざ気を利かせ、
カンジャンケジャンで有名な店に連れていってくれたようだ。
結果的には意図せずに現地情報を活かした形になっている。

何はともあれ、結果オーライ。

今回は考えすぎてまわり道をしたが、
やはり現地情報を信頼したほうが成功は多い。

美味しい店探しは常に難しい。

今後の糧としたい稀有な体験であった。

店名:山頂ケジャン
住所:仁川市延寿区東春洞804-10
電話:032-833-0016

<お知らせ>
仕事が忙しくHPの更新ができません。
落ち着いたら、まとめて更新したいと思います。
http://www.koparis.com/~hatta/

<八田氏の独り言>
急がば回れか、3度目の正直か。
ともかくも仁川のタクシーを満喫しました。

コリアうめーや!!第213号
2010年1月15日
発行人 八田 靖史
hachimax@hotmail.com



コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

 

 
 
previous next