コリアうめーや!!第128号

コリアうめーや!!第128号

<ごあいさつ>
7月になりました。
驚くべきことに、今年も後半戦です。
1年が過ぎるのは速いですよね。
これから夏を迎えることを考えると、
どうしても下半期のスタートとは思えません。
おそらく上半期よりもさらに速い半年。
ぼんやりとやり過ごさないよう、
しっかり目標を定めて頑張りたいと思います。
と、宣言するのは簡単なんですけどね。
実行するのには強い意志が必要です……。
さて、今号のコリアうめーや!!ですが、
有名料理が満を持しての初登場です。
ついに! という表現が適当かはわかりませんが、
ここはひとつ気合を入れたいところ。
コリアうめーや!!第128号。
額の汗を拭いつつ、スタートです。

<縦軸で語る冷麺の過去・現在・未来!!>

夏だ。暑い。冷たいものが食べたい。

梅雨もまだ明けていないというのにもう真夏日。
日中外を出歩くだけで、喉が渇いて仕方がない。

九州や沖縄は大雨が降って大変だと聞くが、
僕の住む東京は毎日刺すようなカンカン照り。
同じ日本でこれだけ差があるというのも不思議だ。

おかげでここ数日は冷たいものばかり食べている。

先日はシーズン初の素麺を食べて大いに満足。
麦茶のグビグビや、カキ氷の頭キーンも味わった。
年中飲んでいるビールも一段と美味しくなった気がする。

夏生まれの夏男としては嬉しい時期だ。

同じく韓国料理も夏の料理が本領を発揮する頃。

よく冷えた豆乳に麺を入れたコングクス。
カキ氷にアズキやフルーツを乗せたパッピンス。
最近流行のヨーグルトアイスやロングソフトクリーム。

そして何より忘れてはならないのが冷麺であろう。

日本の中華料理店が冷やし中華を始める時期に、
韓国の食堂でも「冷麺開始」の貼り紙が掲げられる。
いよいよ冷麺のシーズンが始まるのだ。

大本をたどれば冷麺は冬の季節料理だが、
ジリジリした暑さの前ではそんな薀蓄もふっとぶ。

冬の間こそ、

「冷麺は古くから冬の料理として食べられていてね。
 朝鮮時代の文献にも旧暦11月の季節料理だと書かれている。
 韓国の冬は寒いけど、室内はオンドルがきいて暖かいんだよね。
 空気の乾燥する時期でもあるから、冷たい麺は最高のご馳走なんだ」

などと鼻高々に語るのが楽しみだが、
これが一転、夏になると、

「暑い暑い暑い、冷麺、冷麺、れーいーめーんー!」
「八田くん、こないだまで冷麺は冬の料理って言ってなかった?」
「だって暑いじゃん! れーいーめーんー!」

という本能むき出しの姿で涼味を求める。

このいかにもコウモリ的な変わり身の早さこそが、
夏も冬も幸せに過ごせる、正しい冷麺好きの姿である……と思う。

ともかくも今後、本格的な夏を迎えるにあたり、
韓国涼味の代表である、冷麺について真剣に考えてみよう。

まずは冷麺についての基礎的な事柄から。

韓国の冷麺は大きく2種類に分けることができる。
冷たいスープに麺を入れたムルレンミョンと、
辛い薬味ダレを麺にかけ、混ぜて食べるピビンネンミョン。

どちらが正式ということはなく、両方とも等しく人気を集める。
どちらを食べるかは、個人的な好みやその日の気分次第。

ムルレンミョンのスープは牛肉ベースが基本となり、
ここにトンチミと呼ばれる大根キムチの汁を混ぜて作る。

トンチミのほのかな酸味とスキッとした清涼感。
余計な脂気を抜き、うまみだけを抽出したスープ。
両者を巧みに融合させ、キリッと引き締まった味を作るのだ。

麺はソバ粉を主体とし、緑豆粉などを配合する。
コシがありながらも、ざっくりと心地よく噛み切れ、
同時に、ソバの香りがぷんと鼻に抜けていく。
麺好きの喜びここにあり、といった至福の味わいとなる。

対して、ピビンネンミョンはスープを用いない冷麺。

唐辛子、ニンニク、醤油、砂糖などを混ぜた薬味ダレを作り、
これを麺の上にかけて、ぐるぐるとかき混ぜながら食べる。
具としてカレイやエイといった刺身を乗せることも多く、
フェネンミョン(刺身冷麺)という名で呼ばれる場合もある。

麺はトウモロコシやサツマイモのデンプンを主とするため、
ソバ粉を主に作った麺と比べても、強靭なまでにコシがある。
なまなかの力では到底噛み切れず、麺のほうが食いつくような感覚。

このコシこそがピビンネンミョンの醍醐味だ。

ちなみに冷麺の麺はムルレンミョンもピビンネンミョンも、
押し出し式の手法で作られるのが大きな特徴である。

日本のソバやウドンは包丁で切って麺を作り、
中華のラーメンなどはぐいぐいと手で伸ばして麺を作る。
それに対し、冷麺の麺は生地に圧力をかけ、
小さな穴からぎゅーっと押し出して麺を作るのだ。

押し出された下には、ぐらぐらに湯を煮立てた大釜を用意。
麺ができると同時に、茹で上げにかかるという寸法だ。
冷麺の特徴的なコシは、この独特の製法によって生まれる。

そしてもうひとつの重要な冷麺の基礎事項。
冷麺はもともと北部地域の郷土料理なのである。

これまで「韓国の冷麺」と書いてきたが、
厳密に言えば「朝鮮の冷麺」とするのが正しい。

古くより北部地域はソバ粉が豊富にとれ、
それを上手に食べる料理として冷麺が生まれた。

従って、冷麺の本場とされる地域も北にある。

ムルレンミョンは北朝鮮の首都平壌(ピョンヤン)の名物。
ピビンネンミョンも同じく北朝鮮の咸興(ハムン)の名物。

本場の名をとって、平壌冷麺、咸興冷麺とも呼ばれる。

朝鮮半島で最高峰とされる店もやはり北にあり、
南北の冷麺好きによって、憧れの店として語られている。

平壌の大同江ほとりに位置する「玉流館(オンニュグァン)」。
かの金大中元大統領も、南北頂上会談の際にここで食事をし、
念願の料理であったと、その感動を語っている。

もし北に行くことがあるならば、是が非でも食べたい1品。
ある種、究極の地位にある韓国料理であると言える。

といったあたりから考えてみると、
冷麺というのは意外に未知数の多い料理であると気付く。

韓国料理の中でもメジャーな料理ではあるが、
細かい部分に目をやると、わからないことのほうが多い。

本場とされる北朝鮮にはおいそれと行けないし、
また、行けたとしても食べられる冷麺は限られているだろう。
一般の人たちが食べている冷麺はどのようのものか。
それを確認して来るのは、まずもって不可能だ。

どんな料理であっても好きになったら、

「ぜひとも本場に行って食べたい!」

と思うのが人間の心理ではないだろうか。

ちゃんぽんを食べるのであれば長崎まで行き、
わんこそばを食べるのであれば盛岡まで行き、
にしんそばを食べるのであれば京都まで行く。

パスタやピザを食べるのならイタリアまで行くし、
津軽海峡冬景色を歌うためなら竜飛岬まで行くだろう。

にもかかわらず、冷麺はそれがかなわない。

好きになって調べれば調べるほどその姿がわからない。
冷麺の真実は深窓の令嬢よりも謎に満ちているように思う。

そもそも、南で老舗と言われる店でもずいぶん味が違う。

例えば、冷麺のスープと言えば牛肉がベースとなるが、
老舗のひとつ、乙支麺屋(ウルチミョノク)では豚肉を加えている。
牛肉と豚肉を煮込んで作るため、柔らかさのある味になる。
牛のキリッとした味わいとは、また一線を画すスープだ。

対して、同じく老舗の平来屋(ピョンネオク)では、
贅沢なことに、飼育したキジ肉をスープに加えている。

朝鮮半島でもかつては鶏肉よりもキジ肉を多く食べていた。
現在は数が減ってしまい、飼育されたものでもかなりの贅沢品だ。
野趣あふれる風味が加わって重層的な味になる。

あるいはスープとともにトンチミにこだわる店もある。

南浦麺屋(ナンポミョノク)では店の入口に多くの甕が置かれ、
そのすべてに日付が書き込まれているのを見ることができる。
これはトンチミを日付管理しているということで、
最良の発酵時期を見極めて、冷麺のスープに加えるのだ。

もちろんスープだけでなく、麺や具も店ごとに違う。

主となるソバ粉に対し、緑豆粉を混ぜるのか、サツマイモ粉を混ぜるのか。
はたまたその比率はどうするのか。水の加え加減と練る時間は。
乗せる具は牛肉、大根キムチ、キュウリ、梨、ゆで卵あたりが定番だが、
変化をつけて錦糸卵を乗せる店もあるし、牛肉でなく豚肉の場合もある。

いったい何が正当で、どうなると何式なのかもわからない。
一口に冷麺と言っても、その完成形は無限大にあるようだ。

惜しむらくは韓国に冷麺マニアがいないことか。

スープへのこだわり、麺へのこだわり、具へのこだわり。
専門店が無数に存在し、老舗と呼ばれる店も少なくない。
これが日本だったら、マニアが捨てておかないことだろう。

すぐさま店舗ごとのこだわりをまとめあげ、
ナントカ系などと名前をつけて体系化していく。
専門の食べ歩き本や、評価サイトなども出てくるだろう。

だが、韓国ではこうしたマニアの姿を見かけない。

お気に入りの冷麺店について熱く語る韓国人はいても、
マニア的な視点で情報の網羅を目指す人はまずいない。
おそらくこういう発想は極めて日本的なものなのだろう。

冷麺界にマニア的な視点が加わったら面白いはず。

それは食べるほうだけでなく、作るほうにも言える。
日本のラーメン店のような群雄割拠時代が冷麺にも訪れたら、
冷麺という料理は格段にレベルが上がることだろう。
要素の多い料理だけに、秘めている可能性は多い。

おそらく冷麺の未来はこのあたりにあるのだろう。

冷麺を包むさまざまな謎がクリアになれば、
そこにはさらなる洗練と進化が待っているはずだ。

現在食べられる冷麺も充分に美味しいが、
それでもまだポテンシャルのすべてではない。

そもそも南北の統一が成れば、同時に冷麺事情も激変するはず。

北の冷麺事情がはっきりし、同時に技術も伝わることだろう。
玉流館のような最高峰の店が与える影響は大きいはずだ。
経済状態、政治状態から考えると難しいかもしれないが、
本場ならではの庶民の味も、細々と残っているかもしれない。

というあたりから無責任な予言を残しておこう。

冷麺は今後数年、あるいは数十年のスパンで、
もっともダイナミックに変化していく料理である。

朝鮮時代から脈々と続く伝統的な料理でありながら、
現代でも新しさを失わず、さらに未来への予感をも感じられる。
韓国料理の中でも稀有な期待感を持つ料理と評価したい。

いずれ来る、冷麺の新時代を夢想しつつ……。

「冷麺、冷麺、れーいーめーんー!」

あー、もう夏なのに薀蓄ばかり語って疲れた。
れーいーめーんー、食ーべーたーいー!

っていうのが心の本音。以上!

<お知らせ>
冷麺の写真がホームページで見られます。
よかったらのぞいてみてください。
http://www.koparis.com/~hatta/

<お知らせ2>
今年から新たにブログを始めています。
日々食べている韓国料理の記録を残しています。
http://koriume.blog43.fc2.com/

<八田氏の独り言>
ラーメンも冷麺も好きです。
長野県のローメンを食べてみたいです。

コリアうめーや!!第128号
2006年7月1日
発行人 八田 靖史
hachimax@hotmail.com



コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

 

 
 
previous next