コリアうめーや!!第121号

コリアうめーや!!第121号

<ごあいさつ>
3月15日になりました。
花粉の飛び交う、つらい季節です。
昨年よりはマシですが、それでもつらいものはつらい。
韓国は黄砂が吹き荒れているようですし、
春という憂鬱が年々色濃くなっている気がします。
本来なら暖かさが嬉しい時期なんですけどね。
あと何日で花見だとか、入学式がどうのとか。
どこかウキウキする3月はどこに行ったのでしょうか。
妙に5月あたりが恋しい今日この頃です。
さて、今号のコリアうめーや!!ですが、
先月末に短くソウルに行ってまいりました。
短く慌しい2泊3日の旅でしたが、
思いのほか、実のある食事が出来たように思います。
その中のもっとも美味しい部分を大紹介。
コリアうめーや!!第121号。
1粒で2度美味しいを目指す、スタートです。

<こんなカルグクス見たことない2連発!!>

カルグクスには悪いことをした。

あれは2002年秋のこと。
世間は讃岐うどんブームに沸いていた。

今でこそ日本中にある讃岐うどんのチェーン、
「はなまるうどん」が鳴り物入りで東京渋谷にオープン。
テレビ、雑誌などはこぞって讃岐うどんの特集を組み、
麺と言えば讃岐うどん、という時代だった。

当時の僕はその盛り上がりをこのように表現。

「今や汚ギャルも貴乃花復活も完全に蹴散らした」

きっとその頃はタイムリーな表現だったのだろう。
今見ると、その風化具合には無残さすら感じる。
たった3年半前なのに、ずいぶん昔のことのようだ。

だが、僕はこの時期のことが忘れられない。
いや、忘れることができない。
カルグクスには本当に悪いことをしてしまった。

カルグクスは韓国式のうどん。

讃岐うどんブームが急角度で加速していく中、
僕は身勝手な嫉妬心から、こんなことを考えていた。

ここまで大々的に紹介されると、なにやら根拠のない対抗意識が生まれてくる。
それほどまでにすごいんだったら、一丁勝負したろやないけ!!
こちとら韓国料理マニアじゃい。韓国のうどん食ったらんかい!!
(コリアうめーや!!第38号より)

讃岐うどんマニアの友人を韓国料理店に連れ出し、
比較対象としてカルグクスを食べてもらう。

「さあ、いったいどっちがうまいんだ!」

ところが、その結果は惨憺たるものであった。
友人曰く、

カルグクスには麺のコシがない。
讃岐うどんのモチモチした食感にはるか及ばない。
ダシはうまいし具も豪華だが、麺がまったく主張していない。
麺料理として麺の欠陥は全体が台無しである。
(コリアうめーや!!第38号より)

もう実もフタもないくらい散々な言われよう。
悔しい。無念。がっくり。ハンカチの角を噛み締めてキー!
僕は愛する韓国料理を敗北に導いてしまった。

だが、今になって冷静に考えてみれば当たり前のこと。

僕はこのとき東京の韓国家庭料理店に友人を連れて行った。
カルグクスの専門店でもなければ、カルグクスが有名な店でもない。
思えば麺も手打ちではなく、市販の麺だったように思う。

友人は仕事の関係で香川に赴任していたことがあり、
それこそマニア垂涎級の店に日々通っていた。

そこへ家庭料理店のカルグクスでは歯が立つわけがない。

横綱に近所の相撲好きが挑むようなもの。
WBCに草野球同好会が出場するようなもの。
抱かれたい男アンケートに僕が出るようなもの。

負けて当然。戦わせた僕が愚かだったのだ。

そんな悔しい敗北を喫したその日から、
僕は讃岐うどんと戦えるカルグクスを探し続けている。
もっと美味しいカルグクス。もっと印象的なカルグクス。
韓国のあちこちでコツコツと食べ歩いている。

そして今回。ソウルでちょっと変わったカルグクスに出会った。

「こ、こんなカルグクスは食べたことがない!」

という衝撃的な出会いが2連発。

これをもって讃岐うどんに勝てるかはわからないが、
少なくともいい勝負はできるのではという期待感があった。

1軒目は園西洞(ウォンソドン)にある秘園ソンカルグクス。
2軒目は乙支路3街(ウルチロサムガ)にあるアンソンチプ。

どちらもたいへんに個性的なカルグクスだった。
この2種類のカルグクスをぜひとも紹介してみたい。

まずは1軒目の秘園ソンカルグクスから。

秘園というのは昌徳宮という王宮の裏手にある庭園。
そのすぐ近くにあることから、店名に秘園の文字がついている。
周囲は閑静な住宅街。品のいい高級飲食店も多いエリアだ。

第114号で書いた宮中飲食研究院もすぐそば。
「朝鮮王朝宮廷料理」技能保有者である黄慧性先生をはじめ、
研究院の方々が足しげく通う店としても知られる。

僕が店に入ったのは午後の3時過ぎだったが、
店内はほぼ満席で、座れる席をキョロキョロ探すほど。
女性の1人客や、家族連れなど客層も幅広いようだった。

こういう店は入った瞬間にアタリが予感できる。
ウキウキ顔で席に座り、カルグクスを注文した。

ほどなくして出てきたのは、いかにもシンプルな一杯。

普通カルグクスといえば野菜や魚介なども入ったりするが、
具らしい具の姿は見えず、中央にちょこんと肉が盛られているだけ。
それもひき肉のように細かい薬味程度の肉だ。

どこか潔さすら感じるような見た目に、
思わず背筋を正しながら、最初の一口をすすった。

まずは麺よりもスープ。スプーンでひとすくいすると……。

「!!!」

こ、こんなスープ飲んだことない。

カルグクスは日本のうどんと異なりスープで麺を茹でる。
麺に付着している粉が溶け出すため、
自然、スープはとろっとした特有の粘り気を持つ。

そのとろとろ感、まったり具合が魅力のひとつなのだが、
この店のカルグクスはそれを限りなく強調した感じ。

驚きのねっとり感。驚きの濃さ。

口にするなり小麦粉の甘味が舌にまとわりつく。
それは、つきたての餅を液体にして飲むような感覚。
まろやかで、滑らかで、柔らかな口当たり。
全体に薄味であるせいか、粉そのものが美味しいと感じる。

舌をかすかに刺激するのは、わずかに振られた胡椒とゴマ。
その微細な間隔が、適度に小麦粉の味を際立てる。

麺もスープによくあう、とろとろの柔らかな麺。
讃岐うどんほどではないが、ほどよくコシも残っている。
手打ちならではの心地よい歯触りだ。

白菜、ニラのキムチと薬味醤油が一緒についてくるので、
中盤以降はこれらで味に重なりを持たせていく楽しさがある。

特にニラのキムチがいい仕事をしてくれる。
カルグクスのとろとろとした口当たりが一転シャッキリキリリ。
シンプルな味のスープを飽きさせない絶好の調味料だ。

名脇役のアシストで、最後までたいへん美味しく食べられた。

さて、間髪入れずに2軒目の紹介へと移ろう。
2軒目はカルグクスの専門店ではなく老舗焼肉店。
乙支路3街のアンソンチプは1957年創業だ。

この店のメインメニューは牛カルビと豚カルビ。
どちらも手ごろな値段でボリュームたっぷりをウリにしている。

これだけならどこにでもある安い焼肉店だが、
一味違うのは、この店ならではの料理が豊富な点。
他店にはないオリジナル料理で名を轟かす。

ひとつはこの店で誰もが頼むポッサムキムチ。
白菜キムチの中に松の実、栗、ピーナッツ、牡蠣が包まれている。
通常は円形に形を作るが、この店のはコッペパン型。
1センチ程度の輪切りになっているので食べやすい。

焼肉を食べながら、横でニンニクを煮る工夫もある。

油でニンニクを煮るスタイルは珍しくないが、
この店ではカルビのタレでニンニクを煮込む。
タレ独特の甘味がニンニクに染み込んで美味しい。

そして極めつきが冷麺風のカルグクスである。

焼肉を食べた後には、キリッと冷えた冷麺が定番。
焼肉から冷麺の流れは韓国が誇るゴールデンコースだが、
この店ではそこに一工夫加えて、麺が選べるようになっている。

通常の冷麺用ソバ粉麺、素麺、そしてカルグクスの3種。

その日の気分によって、自分の好きな麺でシメることができるのだ。
こうしたサービスはありそうでいてなかなかない。
「コロンブスの卵」的なサービスなのだ。

さっそくカルグクスの麺で食べてみることに。

出てきたのは明らかに冷麺風の外観。
氷入りのスープに、細切りキュウリ、薄切り肉、
そして、半分に切ったゆで卵が具として入っている。

だが、麺に目を向けると明らかに太くて白い。

これがなんとも表現しがたい奇妙な違和感。
馴染まない光景に、心が一瞬足踏みをする。

スープをすすってみると、明らかに冷麺の味。
味付けが濃い目なので、どこかキリッとした印象がある。
焼肉の脂っこさを洗い流すにはちょうどいい味だ。

では、麺のほうはどうなのか。
おもむろにずずずっとすすってみると……。

「!!!」

こ、こんな麺、食べたことない。

讃岐うどんにも負けないくらいの力強いコシ。

冷水でぎゅっと引き締められているため、
外側は柔らかでも、内部はしっかりと歯ごたえがある。

韓国でこれほどコシのあるカルグクスは初体験。
どちらかといえば柔らかさが持ち味の麺料理だが、
調理法によっては、こういう味にもなるのかと驚いた。

そしてまた冷麺スープとの相性も悪くない。

少し濃い目に味付けているからだろうか。
どこか日本の冷やしうどんを思わせるような感じがある。
ピシッと1本スジの通った切れ味のうまさ。

この日はまだまだ肌寒い天気だったが、
夏の暑い日には最高のクールダウンになるだろう。

カルグクスという料理の、秘めたる実力を見た気がした。

という訳で2種類のカルグクスを紹介してみた。
どちらのカルグクスも初めての体験であり、衝撃だった。

両者がちょうど対極にあるようなスタイルだったため、
料理に対するイメージがぐんと幅広くなったように思う。

料理に限った話ではないが、ひとつのことをある程度知ると、
なんとなく共通項を見出してわかったつもりになりがちだ。
共通項から外れるものはイレギュラーとみなし、
結果、自ら考えを狭くしてしまうことも少なくない。

カルグクスは韓国ではありふれた料理だ。

専門店が少なからず存在する一方で、
街の食堂や、軽食の店、学生食堂でも気軽に食べられる。
裾野が広い料理ゆえに、全体の把握は難しい。

「カルグクスの世界はまだまだ奥が深い」

打倒讃岐うどんのためには、この精神が肝要だろう。
悲願成就まで、美味しいカルグクスを探し歩かねばならない。

有効な情報があったらぜひ寄せて欲しい。

讃岐うどんマニアに一泡吹かせるその日まで。

<おまけ>
メルマガに登場したお店データ

店名:秘園ソンカルグクス
住所:ソウル市鍾路区園西洞160
電話:02-744-4848
HP:なし

店名:安城家(アンソンチプ)
住所:ソウル市中区乙支路3街208-1
電話:02-2279-4522
HP:なし

<お知らせ>
カルグクスの写真がホームページで見られます。
よかったらのぞいてみてください。
http://www.koparis.com/~hatta/

<お知らせ2>
今年から新たにブログを始めました。
日々食べている韓国料理の記録を残しています。
http://koriume.blog43.fc2.com/

<八田氏の独り言>
この号で創刊から丸5年。
いよいよ6年目へと突入します。

コリアうめーや!!第121号
2006年3月15日
発行人 八田 靖史
hachimax@hotmail.com



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