コリアうめーや!!第56号

コリアうめーや!!第56号

<ごあいさつ>
7月になりました。
鬱陶しい梅雨がじめじめと絶好調です。
久し振りに梅雨らしい梅雨がきているなあと、
イライラの中にもいくらかの風情は感じますが、
このベタベタ感だけはそろそろ勘弁願いたいところ。
早くすかっとした夏が来ないかなあ……。
そう思い続ける今日この頃です。
さて、コリアうめーや!!は第56号。
留学生時代のお昼ごはんについて書いてみました。
また今回は韓国料理のお話しとともに、
韓国語のお勉強なども少し混ぜ込んでいます。
一体どんな風のふきまわしかなのは、
最後のお知らせにてわかるようになっています。
コリアうめーや!!第56号。
最後に重大発表が控えるスタートです。

<ド迫力超巨大チゲは追憶の味!!>

教室の時計がカチコチカチコチと鳴る。
僕はその秒針をぎっとにらみつけて、胃のあたりを押さえる。

ぐーきゅるるるるー。ぐーきゅるるるるー。

クラスメートの手前、ちょっと恥ずかしいくらいの音。
いくら強く押さえつけても、腹の虫は大合唱をやめようとしない。

「はあ、ペコッパ(腹へった)……。」

と小さく呟いたところで、時計の針は一向に進まない。
さっき時計を見てから、ずいぶんたった気がするにもかかわらず、
どうしたことか時計の長針はほんの30度傾いただけである。

集中力が落ち、理解力が落ち、精神力が失われていく。
先生はなにがしかの文法を一生懸命説明しているようだが、
僕の頭の中は「ぐーきゅるるるるー」でいっぱいである。

留学生時代の昼食といえば、
空腹の極みで迎えるオアシスのような食事だった。

僕の通った語学学校の授業は、朝9時に始まり昼1時に終わる。
普通昼どきである12時から、さらに1時間勉強せねばならないため、
その1時間が、気の遠くなるような空腹をもたらすのだった。

「はあ、ペコッパ チュッケッソ(腹へって死にそう)……。」

しかしいまだに時計の針は60度しか振れていない。
授業終了まであと10分。気が遠くなるほどの10分である。

そんな超空腹状態において、必ず連想されるのが、
学校の近所にある、学生向け食堂の名物メニュー。

そこには飢えた体育会系学生の腹をも満たす、超巨大チゲがあるのだ。

どでかい石焼きビビンバ用の器に、並々と盛られたチゲ。
キムチがたっぷり入ったキムチチゲでありながら、
豆腐のたっぷり入ったスンドゥブチゲでもある。

その名も、キムチスンドゥブ。

両者の名前をそのままほいほいとくっつけた、
なんのヒネリもない堂々直球勝負の豪快料理だ。

狂おしいほど長い10分を、
血のにじむような思いでやり過ごすと、
ようやく授業が終わって僕は解放される。

机の上を片付けるのももどかしく。
階段を3段飛びで駆け下りていく。

モタモタと動かなかった時計の針は、
この瞬間をもって、超高速で動き始める。

さあ、いくぞ。

走る俺。走る俺。走る俺。
走る俺。走る俺。走る俺。

食堂のトビラをバタンと開け、
おばちゃんと目があったらこのセリフ。

「キムチスンドゥブ ハナヨ!!!」
(キムチスンドゥブひとつ!!!)

「!」ひとつでは全然足りない。
「!!」でもまだまだ足りない。
「!!!」くらいあってちょうどいい。

元気良くきっぱりと「キムチスンドゥブ ハナヨ!!!」。

セルフサービスの水を片手にテーブルにつくと、
あとは爪でも噛みながらじりじりと待つだけ。

待つ俺。待つ俺。待つ俺。
待つ俺。待つ俺。待つ俺。

やがて目の前に運ばれてくる超巨大チゲ。

どどーん、という効果音が最も似合う。
煮立ったチゲの登場に、周囲の温度が2度は上昇する。

まるで地獄の釜のような超巨大チゲ。
オレンジ色のあぶくがボコボコと吹き上がり、
パチンパチンとシャボン玉のように割れていく。

目の前は立ち上る湯気で蜃気楼のように揺らめき、
ニンニクの刺激的な香りが鼻腔にもぐりこんでぐりぐりと暴れる。
横には山盛りのごはん。キムチ、ナムルもしっかりと並んでいる。

来た。ついにこの時が来た。

僕はスプーンを右手に持ち、器の中にぐさりと突き入れる。
熱を帯びたオレンジの液体が、スプーンをつたって口の中に流れ込み、
やがて広がっていくキムチの酸味、そして唐辛子の辛味。

ヤケドしないようにそおっとすするも、それでも熱さに思わずぐはーっ。

顔を焼くような熱気の中、一心不乱にチゲをすすっていく。

食べる俺。食べる俺。食べる俺。
食べる俺。食べる俺。食べる俺。

熱いスープ。辛いスープ。真っ赤なスープ。
酸味のきいたキムチが、乱雑に切られ放り込まれている。
オレンジに染まった豆腐がふるふると震えている。

ネギだ。豆モヤシだ。青唐辛子だ。
ぽとんと落とされた生卵もほどよく半熟に煮えている。
底を探ると春雨(タンミョン)が出てくる。
ダシをとった豚肉も出てくる。

具だくさん。そして汁だくさん。
食べても食べてもチゲの水位はまったく減らない。

空腹がどんどん満たされていく。
無我夢中で食べ進んでいく。

そして、唐突に訪れる、折り返し地点。

ここで僕はふと我に返る。
突如としてスローダウンする時計の針。

まだチゲが半分くらい残っているにもかかわらず、
あろうことか満腹感が襲ってきてしまったようだ。
スプーンを持つ手がぴたっと止まり、僕は息をひとつ吐く。

そう、超巨大チゲと常に背中合わせの不安。

「このチゲを完食できるのだろうか。」

すでに身体は汗でびっしょりである。
セルフサービスで持ってきた水も、半分とこを飲み干してしまった。
辛さをしのぐためのナムルも、そろそろなくなってしまう頃だ。

僕はすりすりと腹をさすり、ベルトの穴をひとつゆるめてみる。
テーブルの上の紙ナプキンに手を伸ばし、額からにじみ出た汗を拭く。

「食べきれなかったら残そうか……。」

さっきまでの狂おしい空腹はどこへやら。
腹の虫が消え去ったと思ったら、途端に弱気の虫が首をもたげてくる。
戦闘的だった感情も、みるみるうちにしぼんでいく。

「いやいやいやいや、いかんいかん。」

この超巨大チゲを頼んだからには、最後まで食べなければいけない。

韓国の常識でいえば、食べ物を残すのは特にマナー違反ではない。
むしろ客が食べきれないくらい出すのが店側のマナーなのである。

だが、そのマナーをもぶっとばしてしまうのが超巨大チゲの魅力。
超巨大チゲは食べるものを常に「挑戦者」の気分にさせる。

僕はスプーンを固く握りなおし、再び超巨大チゲに挑んでいく。
熱く辛いスープをすすり、掘っても掘ってもまだ出てくる具をつまむ。

まだ食べ終わらない。まだ底が見えない。

満腹を通り過ぎて、倍腹、あるいは三倍腹くらいになったところで、
やっと石鍋の真っ黒い底が見え始めてくる。

ここまでくれば戦いの終わりも近い。

底に沈んでいた豚肉のかけらを丹念に拾い、
へばりついてなかなかとれない春雨の1本をすくう。
ごはんも最後の1粒まできれいに完食し、そして僕の戦いは終焉を迎える。

空腹との戦いから、満腹との戦いへ。

戦いに勝利した僕は、満足感をかみしめる。
もう空腹感など微塵も感じられない。

心の底からゆったりとした気分になり、僕は次の一言をもらす。

「ああ、ペブルロ(腹いっぱい)……。」

その言葉を最後に。
あとはただ静寂があるのみである。

<お知らせ>
超巨大チゲの写真がホームページで見られます。
よかったらのぞいてみてください。
http://www.koparis.com/~hatta/

<お知らせ2>
えー、突然ですが、本を出すことになりました。僕が韓国語を学んできた過程を、おもしろおかしく体験談風に書いた本です。韓国語の勉強というキーワードに引っ掛けて、今回のメルマガには韓国語のセリフをいくつか登場させてみました。ただしお勉強の本といっても、そんなに堅苦しいものではありません。「韓国語を学ぶためには遊ばねばならぬ」という独自の理論をぶちあげ、居酒屋で飲んだくれながら学ぶ、カラオケで熱唱しながら学ぶ、映画を見ながら、ドラマを見ながら学ぶという、新しい韓国語学習の提唱本であります。発売日は7月15日。定価1200円。出版社はGAKKEN(学研)。タイトルは『八田式「イキのいい韓国語あります。」~韓国語を勉強しないで勉強した気になる本~』。全国の書店にてばばーんと発売されますので、どうか皆様ご購入くださいませ。

書籍に関する詳しい情報はコチラをごらんください。
http://www.koparis.com/~hatta/news_000.htm

<八田氏の独り言>
表紙には八田氏の写真が出ています。
オビをはらりと取るとなぜかヌードまで……。
きゃあ、ハズカシー。

コリアうめーや!!第56号
2003年7月1日
発行人 八田 靖史
hachimax@hotmail.com



コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

 

 
 
previous next