コリアうめーや!!第52号

コリアうめーや!!第52号

<ごあいさつ>
5月になりました。
新緑が眩しい季節です。
天気のいい日には、思わず散歩に出たくなります。
心地よい気温で、爽やかな風が吹き抜けていく5月。
うだるほど暑くもなく、凍えるほど寒くもなく。
心の底から、ふっと穏やかになる季節です。
海外旅行に黄信号が灯った今年の黄金連休。
視点を切り替え、公園で昼寝などでも悪くありません。
みなさんはどんな連休を過ごす予定ですか?
さて、今号のコリアうめーや!!ですが、
しばらく続いていた、地方巡りの旅を一休みし、
ずっと書きたかった料理を取り上げようと思います。
牛肉の旨さを知る人たちが作り上げた、
雪のように真っ白なスープ料理。
コリアうめーや!!第52号。
無垢な気持ちでスタートです。

<そう質問するあなたにソルロンタン!!>

韓国料理に対する様々な偏見を、
それひとつで打破できる素晴らしい料理がある。

「ねえねえ八田くん。韓国料理ってみんな赤いの?」

そう質問するあなたの前に、僕はソルロンタンを置こう。
ソルロンタンは真っ白なスープ料理である。

「ねえねえ八田くん。韓国料理ってみんな辛いの?」

そう質問するあなたの前に、僕はソルロンタンを置こう。
ソルロンタンは肉の旨味が染み出た、薄い塩味のスープである。

「ねえねえ八田くん。韓国の人って毎日焼肉食べてるの?」

そう質問するあなたの前に、僕はソルロンタンを置こう。
ソルロンタンは牛の肉、内臓、骨などをじっくりと煮込んだスープである。
韓国では牛肉を様々な形で調理する。焼肉だけが韓国料理ではない。

ソルロンタン。

僕がこの料理の真実に気付いたのは、最近のことだ。
もちろんそれまでも普通においしく食べていたが、
僕の中で特別な料理として認知されたのは昨年の秋である。

おお。そうか、お前はそういう奴だったのか。
うむむ。お前のことを今まで誤解していたようだな。
ただずるずると、そしてさらさらと、能天気にうまいうまいと食べていた。
どうやらお前のことを軽く見過ぎていたのかもしれない。
いやはや、本当に面目ない。申し訳ない。ごめんちゃい。

というような、邂逅ともいうべき大発見をしてから、
ソルロンタンは、僕の中でちょっとスペシャルな料理となった。

あれは僕が留学生だった頃。
韓国人の友人と一緒に、ソルロンタンを食べた。

夜通し遊んだ僕は、家に帰れず、そのまま友人の家に泊まった。
多少の仮眠をとっただけで、朝は当然のごとくひどい2日酔いだった。
友人は会社に行かねばならず、僕も別の友人と約束があった。

「じゃあ、そろそろ行くよ。」
「いや、ちょっと待った。朝飯にソルロンタンを食ってから行こうじゃないか。」

彼はそういうと、近所にあるソルロンタン専門店に僕を連れていった。

それまで何度かソルロンタンを食べたことはあったが、
こうして韓国人と向かい合って食べるのは初めてであった。

スプーンを手に取り、乳白色のスープを口に運ぶ。
ほとんど感じ取れないくらいの、薄い薄い塩味。
さながら牛肉の香りがついた、白いお湯のようであった。

ソルロンタンなどのスープ(湯)料理を食べるときは、
テーブルに置かれている塩などを入れて、自分好みの味に調節して食べる。
薄味を確認した僕は、すぐさま塩の容器へスプーンを突っ込んだ。

僕はスープの味を見ながら、塩を投入していく。
適度な塩分を感じるまでに、スプーン3、4匙を要したように記憶している。
塩を足し、味を確かめて、また塩を足し、やがて納得のいく味になる。

僕は好みの味になったことに満足し、
いざ、という気持ちでスプーンを握りなおした。

と、そこで友人の動作が視界に入った。
それは思わず目を奪われるような、華麗なふるまいであった。

彼は塩を、たった1匙だけ、さっと投入すると、
そのまま食べ始めたのである。

それは、熟達した料理人が、一発で味を決めるような。
ちょっとした粋を感じさせる、流れるような身のこなしだった。

何度も何度も味を確かめては、塩を足す。
そんな僕の行為が、極めて鈍重な所作であったように思えた。

「ふむ。かっこいいじゃないか。」

だが、彼の動きに魅入られると同時に、ひとつの疑問も生じてきた。
彼が投入した塩の量は、明らかに僕の3分の、4分の1である。

「それだけの塩しか入れないで、味は薄くないのだろうか……。」

僕は彼がいつか、追加で塩に手を伸ばすのではと見ていたが、
結局彼は、そのまま最後まで食べきってしまった。

「薄味が好みなんだろうな……。」

と、僕は思った。

だが、それは彼だけの好みではなかった。
その後も、韓国人とソルロンタンを食べるたびに観察してみると、
ほとんどの韓国人は、少量の塩だけを入れて食べているのであった。
僕が入れる塩の量は、常に彼らよりも多かった。

「韓国人は全体的に薄味が好みなのだろうか……。」

と、一瞬でも考えた僕は愚か者である。

キムチやチゲが示すように、韓国の味付けは濃厚かつ激辛が基本だ。
決して薄味好みの食文化ではない。

「激辛好きの韓国人が、なぜソルロンタンだけ薄味で食べるのだろう。」

この疑問が氷解したのは、前述の昨年秋である。

ある地方都市で、むちゃくちゃにうまいソルロンタンを食べた。
このときのソルロンタンが、僕に真実を教えてくれたのである。

その店のソルロンタンは、震えがくるほどうまかった。
最初に一口味見をした時点で、なにもかもが違った。

口中に広がる、あふれんばかりの旨味。
分厚い肉をぎゅっと噛んだときに、流れ出てくるジューシーな肉汁を、
そのままかき集めたようなスープであった。

僕は、そのスープをむさぼるようにすすった。
僕は、塩を入れることすら忘れていた。

塩で余計な味をつける必要がない。
塩味よりも、もっと牛肉のエキスを堪能したい。

「そうか、これを味わっていたのか……。」

夢中でスープをすすりながら、僕は思った。

日本にはこうした、肉の旨さを絞り尽くしたようなスープがない。
鰹節、煮干、昆布など、魚介系のダシには慣れていても、
肉系ダシのスープを味わう味覚は、鍛えられていないものだ。

僕は肉の旨味を感じとることができず、
いつも塩の味でごまかしながら食べていたのである。

この日、僕は。
ソルロンタンを初めて心から味わった。

ソルロンタンは様々な偏見を、
それひとつで打破できる素晴らしい料理である。

「ねえねえ八田くん。韓国の人って辛いものばかり食べて舌がバカにならないの?」

そう質問するあなたの前に、僕はソルロンタンを置こう。
彼らは僕らとはまったく次元の違うところで、
実に鋭敏な味覚を持っている。

<おまけ>
スープの味にこだわるあまり、ソルロンタンにごはんを投入する話が書けませんでした。ソルロンタンの魅力を語る上では、たっぷりのスープにドサドサとごはんを投入する話を忘れてはいけません。ごはんを入れて、ざくざくとかき混ぜ、ずるずると食べるのは、ソルロンタンに欠かすことができない魅力のひとつです。このごはん投入にも人それぞれの流儀があり、即時投入派、途中投入派、完全別食派などがあるようです。八田氏はかつて完全別食派でしたが、最近は途中投入派になっています。またソルロンタンにはカクトゥギ(大根キムチ)が付き物であり、これでごはんを食べる魅力も捨てがたいところです。カクトゥギ用に少しごはんを残す僕は、ごはん少量残し途中投入派といってもいいかもしれません。

<お知らせ>
ソルロンタンの写真がホームページで見られます。
よかったらのぞいてみてください。
http://www.koparis.com/~hatta/

<お知らせ2>
ホームページで「韓国料理好きに100の質問」という企画を行っています。
質問への回答者を広く募集しておりますので、よかったらご協力ください。
http://www.koparis.com/~hatta/question/question_000.htm

<八田氏の独り言>
ソルロンタンが大好きです。
ソルロンタンは韓国の白い恋人です。

コリアうめーや!!第52号
2003年5月1日
発行人 八田 靖史
hachimax@hotmail.com



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