コリアうめーや!!第229号

コリアうめーや!!第229号

<ごあいさつ>
9月15日になりました。
長く続いた暑さもひと段落したのか、
ようやく涼しさの気配が見えてきました。
この夏はパソコンに向かっているだけで、
汗ダラダラ、喉カラカラになるほど。
朝から晩までエアコンが欠かせないという、
非エコな暮らしを余儀なくされました。
電気代とのにらめっこもツラかったですね。
すぐまた寒さとの戦いになるのでしょうが、
しばし快適な秋を楽しみたいと思います。
さて、そんな中、今号のテーマですが、
前々号から続いて慶尚南道の料理をもう1品。
本来的には春先の食材ではあるのですが、
地元では通年で食べられるようになっています。
コリアうめーや!!第229号。
嗜好を超越する、スタートです。

<巨済島はホヤの島なのです!!>

つい先日の話。

韓国料理談義に花を咲かせていたところ、
知人から、妙な話を投げかけられた。

「韓国には豆腐のチゲがありますよね」
「えーと、スンドゥブチゲですかね」
「ええ、それかもしれません」
「はいはい、最近人気ですよね」

「韓国のチゲはあれがうまいですね、干したホヤ」
「干したホヤ?」
「ええ、ホヤを干したやつ」
「三陸でとれるあのホヤですか?」

途中までは笑顔で聞いていたが、
ホヤと聞いて、途端にハテナ顔になった。

ホヤ、ホヤ、ホヤ……。

これまで数え切れないほどチゲを食べたが、
ホヤが具に入ったものは見たことがない。
アサリか牡蠣の間違いではないかと思ったが、
確かにホヤであると、知人は断言した。

そこで、コリアン・フード・コラムニストは考える。

普段からこうした問題は少なくない。
たいていどこかに誤解が生じているので、
ひとつひとつ情報を確認しつつ、可能性を絞り込む。

まず、今回は、

1、チゲの種類はやや曖昧
2、牡蠣やアサリなど他の貝ではない
3、ホヤは干してある

という条件が提示されている。

すべてを満たす料理は記憶にないので、
どれかの条件を疑ってみなければならない。

しかし、そもそも1の条件は曖昧であり、
2の条件については、本人が強く否定している。
すると、残るは3の条件であるが、
そもそも干したホヤを韓国で見たことがない。

「3の条件に誤解があるとすると……」

刹那、脳内に閃光が走った。

「あー、わかった!」
「あれはホヤを干した訳ではなくてですね!」
「エボヤっていう小さいホヤがいるんですよ!」
「韓国語ではミドドク!」

ヘムルタン(海鮮鍋)などには欠かせない食材で、
独特の磯くさい風味をスープに溶け込ませる。

大きくてもせいぜい親指ぐらいのサイズだし、
見た目がシワシワなので、干したように見えなくもない。
いろいろ確認したが、やはりエボヤのようであった。

「うーむ、我ながら名推理!」

と、わざわざセリフにこそしないものの、
その後しばらく、ひとりでニヤニヤしていた。

ちなみに僕はこうしたシチュエーションの自分を、
密かに「K・F・D」と呼んでいる。

コリアン・フード・コラムニストならぬ、
コリアン・フード・ディテクティブ。

すなわち、韓食探偵である。

気持ちの上では、安楽椅子に腰かけて、
パイプ(吸えないけど)をくゆらせている。
次から次へと持ち込まれる韓国料理にまつわる難題を、

「うむ、ワトソン君。それはね……」

と、ビシバシ解決していく。

そんな人になりたいなあ、と妄想を膨らませつつ、
かつて自分を主人公にした探偵小説モドキを書いたのは黒歴史。
これだけ毎日のように、文章を書き連ねているが、
フィクションを書く才能はどうやらない。

さて、ここから急転直下で本題に。

このメルマガは冒頭で無関係な話を振りつつ、
こじつけ気味に、わずかな共通項から話を広げる場合が多い。
今回はエボヤの部分が微妙に主題をかすめており、
テーマは韓国の「ホヤ」についてである。

韓国語ではモンゲ。

正しくはウロンシェンイと呼ぶのだが、
その呼び名が使われているのはまず見かけない
飲食店での表記もモンゲで統一されており、
ウロンシェンイでは通じないこともままある。

もともとモンゲは慶尚道の方言だったが、
全国的に広まったおかげで、いまは標準語にかわった。
百科事典などでもモンゲが項目名になっている。

日本では三陸海岸などが有名な産地だが、
韓国では南部の巨済島、統営エリアが主産地。

特に巨済島のホヤは高く評価されている。

巨済島は近年、注目のエリアになっており、
今年の12月には釜山から橋がかかる予定もある。
これまで巨済島は釜山からフェリーに乗るか、
あるいは統営経由でぐるっと回らねばならなかった。

僕が初めて巨済島に行ったのは2003年5月だが、
そのときは釜山からフェリーに乗って行った。
フェリーで行けば、1時間程度で巨済島に着くので、
慣れたリピーターなら、1DAYトリップにちょうどいい。

ただ、フェリーの場合は荒天時の欠航が意外に多く、
僕が行ったときも、帰りは陸路での迂回を余儀なくされた。
バスに乗って統営回りだと、3時間以上かかる。

それが橋の完成で、大幅に短縮されるとあって、
今後は観光客も増えると予想されている。

もともと巨済島は風光明美な景観を備えた島。

ドラマ『冬のソナタ』でも最終回のロケ地に選ばれ、
一時期は日本からの観光客でわいたこともある。
その一方で、朝鮮戦争時に捕虜の島として使われたことから、
歴史的にも意義のある場所として知られている。

島といっても、済州島に次ぐ国内2位の面積を誇り、
人口も22万人を超えて、島全域が市になっている。
造船会社が多いため、外国からの技術者が多く、
所得水準が高いという特異な島でもある。

「まあ、ソウルの梨泰院みたいな島だな」

といった友人がいたが、
あながちオーバーとも受け取れないセリフである。
食の面においても、地場の魚介類が豊富である一方、
外国人のたむろするバーも豊富という妙な島だ。

そんな巨済島において。

僕が初めてホヤを食べたのは2003年当時だが、
その時は、さほど印象的なものとして残らなかった。

もともと、ホヤがあまり好きでないのも大きいが、
市場で適当に食べたというのも理由のひとつだと思う。
目の前でさばいてもらったホヤの刺身は、
新鮮でこそあったが、特別な感動はなかった。

むしろ、そのときの巨済島では、

・コウライガジの刺身丼(コランチフェドッパプ)
・カタクチイワシの刺身(ミョルチフェ)
・ヒガンフグのスープ(チョルボックク)

といった魚介料理を堪能。

加えて、トルモンゲの印象が強烈であった。
韓国語では「トル(石)」の「モンゲ(ホヤ)」となるが、
日本名ではカラスボヤと呼ばれるホヤの一種だ。

通常の「ホヤ=マボヤ」に比べて甘味が強く、
果物を食べているかのようにジューシー。
生ぐささは微塵もなく、これには大きな感動があった。

「巨済島でホヤを食べるならトルモンゲ!」

2003年の時点で、僕はそう結論を下した。

そこから時代が流れて2010年4月。

自身2度目の体験として、巨済島を訪れることになった。
その成果はすでに『るるぶ釜山・慶州』で発表されているが、
そこで今度は感動的なホヤ体験をしてしまったのだ。

それが巨済島の新たな名物であるホヤビビンバ。
韓国語では「モンゲピビムパプ」である。

この料理が開発されたのは10年前ほどのことで、
市内中心部にある「百万石」という店が元祖格。
もともとは小さな店からスタートしているが、
いまは人気が出たおかげで、大きなビルを構えている。

そのホヤビビンバの魅力を端的に語るならば、

「新鮮なホヤを塩辛にして使用!」

という部分に尽きる。

巨済島でもホヤが取れるのは4~5月のみ。
この時期に1年分を仕入れて、塩辛の状態で冷凍し、
それを1年かけて使用していくのである。

塩辛にすることで鮮烈な磯の香りはやや失われるが、
特有のクセや、苦味も消えて食べやすくなる。
熱心なホヤ好きには物足りないかもしれないが、

「ホヤは苦手でもこのビビンバは食べられる!」

という人は韓国人でも少なくない。
僕自身もこのホヤビビンバを食べて思ったが、

「なるほど、これは食べやすい……」

というのが率直な感想。

あまり好きではないはずのホヤを、
ガツガツ食べてしまうほどの味わいであった。
ホヤの魅力だけが巧みに凝縮されている。

 ビビンバといっても具はホヤの塩辛に加え、
薬味として揉み海苔と、ゴマが入るだけ。
味付けとしてコチュジャンを加えることもなく、
シンプルにホヤの塩辛を楽しめる点は大きい。

その後、ホヤの刺身も出してもらったが、
不思議とそちらも美味しく食べることができた。
素材の新鮮さもさることながら、ビビンバで感覚をつかみ、
食材のよさを理解しやすくなっていたのだろう。

その意味では、ホヤ嫌いな人にこそすすめたい1品。
味覚の幅を広げてくれる、希有な料理である。

そして最後に印象的なエピソードをひとつ。
僕は取材をする中で、

「料理を作るうえでいちばんの秘訣は?」

という質問を料理長に投げかけた。
食材の鮮度や、味付けの方法、冷凍の仕方といった、
店ならではの技術を尋ねたつもりである。

だが、返ってきたのは、

「ごはんは1膳すべてを入れて混ぜること!」

という予想外なもの。
この店ではごはんと具が別盛りで出てくるのだが、
女性客を中心に、

「アタシはごはん少なめで……」

という人が少なからずいるらしい。
すると塩辛の量が多すぎてしょっぱくなり、
結果として美味しく味わえなくなる。

「じゃあ、最初から一緒盛りにすればいいじゃん」

とも思ったが、盛り付けなども関係する様子。
料理長たっての希望ということで、
原稿にもしっかり、その話を盛り込んでおいた。

巨済島までホヤビビンバを食べに行く人は、

「ごはん1膳すべてを混ぜる!」

という合言葉を肝に銘じて欲しい。
巨済島のホヤを最大限に味わう鉄則である。

<店舗情報>
百万石(ペンマンソク)
慶尚南道巨済市上東洞960 2、3階
055-638-3300

<お知らせ>
仕事が忙しくHPの更新ができません。
落ち着いたら、まとめて更新したいと思います。
http://www.koparis.com/~hatta/

<八田氏の独り言>
このホヤビビンバは出来たてホヤホヤ!
なんてダジャレを思いつきましたが即ボツに。

コリアうめーや!!第229号
2010年9月15日
発行人 八田 靖史
hachimax@hotmail.com



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