コリアうめーや!!第201号

コリアうめーや!!第201号

<ごあいさつ>
7月15日になりました。
昨日夜に豪雨のソウルから帰ってきたのですが、
僕の住む東京はもう梅雨明けしておりました。
8泊9日に渡るソウル取材の期間中は、
半分ほどが雨にたたられ苦しんだんですけどね。
抜けるような青空を、つい呆然と眺めてしまいます。
すっきり晴れた東京に戻ってこれたのは喜びですが、
家を空けた間に仕事が大量に溜まっております。
しばらくはこの晴天が心地よく感じられても、
やがてジリジリとした暑さにイライラするのかも。
そんなことを想像しつつ、目先の仕事に邁進中です。
さて、前号で大台にのったこのメルマガですが、
今号ではもうひとつの記念企画を実施します。
すでに4年前となる第101号にて行った企画の続き。
4年という月日を経て、再び俎上に乗せてみます。
コリアうめーや!!第201号。
さらなる高みを目指して、スタートです。

<究極のコリアうめーや!!2009年度版>

ちょっとだけ本音で語りたい。
本当に美味しい韓国料理について。

僕が4年前に書いた第101号は、
そんな書き出しから始まっている。
大台に乗った記念号ということもあるのだが、
ちょっと肩に力の入ったフレーズに見てる。

創刊号から数えて4年とちょっと。

それまでつらつらと書いてきた韓国料理の魅力を、
味という側面から、ストレートに振り返ろうと思った。
いわば4年間の総括ともいうべき企画なのだが、
改めて、もう4年後に見てみると企画そのものが青い。

タイトルも恥ずかしいことに「究極のコリアうめーや!!」。

わずか4年間で究極を語ろうとはおこがましいが、
たぶん100号書いたことで舞い上がっていたのだろう。
いったいどんな料理をリストアップしていたのかと、
バックナンバーを恐る恐る読み返してみたが……。

思わず「ギャッ!」と叫んで卒倒しそうになった。

僕がリストアップした料理は全部で5品。
番外編も2つ入っているが、それは別に置いておくとして、
以下の5品を順位関係なしに究極として選んだ。

1、草堂豆腐(江原道江陵市)
2、コンナムルクッパプ(全羅北道全州市)
3、ユッケビビンバ(慶尚南道晋州市)
4、ソガリメウンタン(江原道春川市昭陽湖ほか)
5、ヘムルトゥッペギ(済州島西帰浦市)

いずれも素晴らしい郷土料理ばかりである。

「ギャッ!」と卒倒しそうになったとは書いたものの、
これらを素晴らしい料理として称えることに問題はない。
どの料理も、ぜひもう1度食べたい料理ばかりだ。

だが、これを究極と語る自分は微妙に恥ずかしい。

年末のベストテン企画とも重複するのだが、
これらはあくまでも自分の中に残った感動の料理。
本当に美味しい料理を絶対的に語る、などと書いているが、
どこからどう見ても、井の中の蛙であること甚だしい。

そんな訳で2009年の僕は少し困惑している。

いったいどのようにして究極というテーマに立ち向かうべきか。
正直なところ、むむむむむ……と思考停止状態なのだ。

でも、せっかくの100号企画なんだよね。

やーめた! と投げ出すのももったいない話。
前向きにとらえれば、その困惑こそが4年という年月の価値だろう。
究極という言葉に躊躇する自分がいまの自分。
それを成長と考えて、まずは前向きに企画と向き合いたいと思う。

まず、この企画の趣旨をもう1度まとめてみる。
以下は第101号で僕が書いたことの要約である。

・美味しい料理とは常に相対的であり、状況によって感動の度合いも異なる。
・そこが面白いのだが、今回は視点を変えて韓国料理を絶対的に見る。
・今まで食べた韓国料理を振り返り、絶対的に美味しい韓国料理を探す。
・1つの料理に絞るのは不可能なので、いくつかの白眉を選り抜いて語る。

また、一方で、僕は最後のおまけでこう言い訳している。

・紹介した料理は、それまで僕が韓国を食べ歩いた中での究極。
・これ意外にも美味しい韓国料理は数限りなくある。
・今後はこれらの料理を追い抜く韓国料理を精力的に探していきたい。
・2009年の第201号でそれをまた報告する。

ということなので、以上のまとめを軸に話を進める。

まだ究極を語るには到底おこがましいが、
創刊から8年を経ての総括としたい。

僕がこれまでに経験した韓国料理の究極。
恥ずかしながら、少し真面目に語らせて頂く。

1、老舗店で食べる平壌冷麺(ソウル市)

最近は仕事として韓国に行くのが大半で、
自分の自由時間というものはほとんどない。
ないながらも、ぽっかりできた隙間のような時間で、
ソウルの老舗冷麺店を食べ歩くのを趣味にしている。

冷麺はもともと現在の北朝鮮を本場とする料理だが、
ソウルでも北出身の人たちが郷土の味を提供している。
本場に赴いて食べるのはまだまだ難しい状況なので、
ソウルの老舗店で、本場気分を楽しんでいる次第だ。

これまでに下記の店を訪れた。

・乙支麺屋
・乙密台
・又来屋
・南浦麺屋
・高博士チプ冷麺
・平来屋
・平壌麺屋
・筆洞麺屋

気に入った店も、イマイチ合わなかった店もあるが、
食べ歩くうちに少しずつ自分の好みがわかってきて面白い。

冷麺の好みに関しては2005年末に以下のようにまとめた。

・スープは牛系を軸に鶏方面に向かう
・スープの酸味は前面に出過ぎない
・麺はハサミで切らずともきちんと噛み切れる
・麺からそば粉の香りが立ちのぼる
・唐辛子の辛さは必要ない

このうち最初のひとつだけ少し修正を入れたい。
鶏方面に向かうというのは、その当時の好みだったが、
その後、牛だけを煮込んだスープの冷麺も食べて美味しかった。

たぶん肉系スープの味わいが好きなのだと思う。
ゆえに、最初の項目は以下のように修正。

・スープは肉系の味わいを主軸とする

もちろんこれは僕個人の趣味なので万能ではない。
テーマをもってひとつの料理を食べ歩くことで、
自分自身の好みと向き合える楽しさを強く感じている。

それとともに一般的な話としても平壌冷麺は大きな魅力がある。

夏場だけでなく冬場に食べてもその清涼感は印象深い。
麺を噛み切ったとき鼻に抜ける、そば粉の香りも楽しめるし、
冷えたスープの味わいが、麺をすする爽快さ増幅させる。

かつて「朝鮮3大料理」に選ばれたその実力のほどを、
本場の味を知らぬままではあるが、ひとつの究極としたい。
そこには本場に恋焦がれる、憧れの気持ちも込めておく。

2、全州ビビンバ(全羅北道全州市)

もうひとつ「朝鮮3大料理」を重ねてみる。
平壌冷麺、開城湯飯と並び称されたのは全州ビビンバ。
これを初めて本場で食べたのは2003年だが、
2008年になって、それを深める機会に出会った。

某雑誌の仕事で全州のビビンバ店を食べ歩き、
厨房をのぞき、話を聞かせてもらうことで発見があった。

僕が全州で食べ歩いた店は以下の通り。

・家族会館
・韓国家
・韓国館
・古宮
・盛味堂中央店
・盛味堂西新店
・鍾路会館

全州ビビンバは全州という町の名物料理だが、
使われている食材を見ると、近隣の特産品も貢献している。
それは隣接する金提市の米であり、淳昌郡のコチュジャンであり、
はたまた任実郡の豆モヤシであったりもする。

ビビンバの美味しさはさまざまな食材の融合した形。

だが、それぞれの個性が埋もれるのではなく、
ひとつひとつの食材が輝くことも重要な要素だ。

そのためにはすべての食材が素晴らしくあらねばならない。

全州の特産品を称して「全州八味」というが、
その豊かな食材に加えて、近隣の名物をも貪欲に取り入れる。
そんな地の利が全州ビビンバの礎になっている。

例えば、各店で口を揃えるように聞いたのが、
全州ビビンバに欠かせないファンポムクの仕入れ先。

ファンポムクとは緑豆のでんぷんをゼリー状に固め、
クチナシの花で黄色く染めた、見た目にも華やかな食材。
全州ビビンバには欠かせない一品として親しまれるが、
これを市内のとある老舗がすべてをまかなっている。

3代続く由緒あるファンポムクの専門店。

全州ビビンバに使われる2~30という食材の中のひとつだが、
たくさんの具に埋没せず、独特の食感で個性を主張する。

ひとつひとつの食材が素晴らしく美味しいからこそ、
それぞれが有機的に絡み合って複合的な美味しさを作る。
食材の豊かさでは群を抜く地域であるからこそ、
成し得ることのできた究極と深く感動した。

3、各種塩辛とアサリ粥(全羅北道扶安郡)

全羅道というキーワードから話を続けてみる。
韓国で料理に関心があるという話をすると、
目の前の韓国人からは十中八九、

「全羅道に行け!」

という答えが返ってくる。
食の魅力が充実した韓国の中でも全羅道は別格。
ここ数年、その全羅道を少しずつ食べ歩いている。

これまでに訪れた町と郷土料理は以下の通り。

<全羅北道>
・全州市(ビビンバ、コンナムルクッパプほか)
・南原市(ドジョウ料理)
・高敞郡(風川ウナギ、覆盆子酒)
・淳昌郡(コチュジャン)
・扶安郡(アサリ粥、塩辛)
・完州郡(花心豆腐、おからドーナツ)
<全羅南道>
・光州市(韓定食)
・木浦市(ホンオ料理、ナクチ料理)
・羅州市(羅州コムタン)
・霊光郡(霊光クルビ)
・珍島郡(紅酒)

他地域に比べればいろいろ巡ったほうだが、
それでもまだ行きたい町はたくさん残っている。

全羅北道は6市8郡、全羅南道は光州広域市を除き5市17郡。
ざっと調べただけだが、いずれの地にも魅力的な名物料理がある。
これらをひとつずつ、つぶさに回って食べ歩くことも、
今後の重要な課題にしたいと考えている。

今回はその中から扶安郡の塩辛とアサリ粥を選んでみた。

扶安郡は海岸線の広範囲に干潟を抱える町。
そこでとれる魚介類を、美味しい塩辛に仕立てている。
古くから塩田事業で栄えたのも塩辛の味に直結する。

また、扶安はアサリやハマグリといった貝類も豊富。
そのアサリをたっぷり入れたお粥はまさに絶品だった。

ひとつ気にかかるのが再開発で干拓事業が進んでいること。

扶安郡に限らず、再開発はあちこちで進んでおり、
古きよき韓国の姿は現在進行形で失われていっている。
例えばソウルの中心地、鍾路エリアのピマッコルもしかり。
何十年も続く路地裏の老舗がこぞってビルの中に収まった。

時代の流れによってなくなってしまうもの。
あるいは姿を変えて、少し魅力があせるもの。
そんな1歩手前の食文化が韓国各地にある。

ろうそくの炎に例えるのはあまりに陳腐だが、
時代が料理に投影する姿も、見るべき究極のひとつ。
ずるずる時間が経過して後悔する前に、
よりアンテナを高くして積極的に動きたい。

4、マッコリ(全国)

マッコリはそんな1歩手前の状態から、
奇跡的なブームが起こり、V字回復の兆しを見せている。
2009年のはじめから韓国は空前のマッコリブーム。
メディアも話題として取り上げ、大きく時代が動いた。

日本でも数年前からマッコリ人気は高まっており、
僕も日本でのブームとして情報を発信してきた。

韓国でのマッコリ人気は、

・韓国料理の世界化が叫ばれ、固有の酒文化にも注目が集まった。
・乳酸菌が豊富など健康ブームとも絡めて情報が広まった。
・マッコリダイエットなる話題が注目を集めた。
・日本など他国でのマッコリ人気が韓国に伝えられた。

といった要素が絡み合って起こったとされる。
しばらく前までは飲むと頭が痛くなる酒と敬遠されていたが、
いつの間にやら健康によい酒として評価がガラッと入れ替わった。
そのあたり変わり身の早さがいかにも韓国らしい。

学生街に行けばマッコリカクテルを出す居酒屋があり、
狎鴎亭洞ではカップルがオシャレな店でマッコリを飲んでいる。
複数銘柄の生マッコリを揃える専門店も登場し始めた。

焼酎、ビールに負け、消費量が極端に落ちていたマッコリだが、
海外需要も含め、一気に注目度の高いアイテムになった。
今年から来年にかけてしばらく豊富な話題を提供してくれそうだ。

光栄なことに、僕のところにも関連する仕事の話が来た。

6月下旬に韓国各地でマッコリ三昧の日々を送ったのだが、
そんな僕の姿を韓国のテレビ局が追いかけていた。
マッコリ好きな日本人を通し、業界の今を描くドキュメンタリー。
放映は8月2日を予定しているとのことだ。

まだ情報を出してよいのかわからないので曖昧にしておくが、
次号のメルマガでは、もう少し詳細にお知らせしたいと思う。
一連の旅で飲んだマッコリは、究極とするにふさわしい味だった。

5、家庭料理(全国)

さて、最後の5番目はちょっと系統の違う話。
これまで僕が書いてきた料理のほとんどは、
第101号でのまとめも含めてほぼ外食の話題である。

僕が外国人であり、旅行客である以上当然なのだが、
基本的な料理の姿はやはり家庭の中にあると思う。
韓国人がよくいう、

「やっぱりオンマ(母)の料理が最高!」

というセリフがそれをよく象徴している。

華やかな高級店で贅沢な食事をするのも楽しみのひとつだが、
心の奥底をくつろがせるのは、やはり食べ慣れた家庭の味。
飲食店で食べる料理とは一線を画する。

外国人である僕が家庭の食事を味わう機会は少ないが、
友人宅や知人宅などで、何度か貴重な体験をさせて頂いた。
料理上手なお母さんが作ってくれる心づくしの料理。

そのいくつかはごくごくありふれた料理に見えても、
外食では絶対出会えないものとして心に残った。
作った人の顔が見える料理というのはやはり素晴らしい。

・全羅道出身のお母さんが作ったソゴギククとスジェビ
・お世話になっている料理の先生が作ってくれた豪華コース形式の夕食
・学生街の下宿にお邪魔して頂いた旬のコノシロ料理ほか
・3世代の大家族に混じって食べた日本式カレーと大根のキムチ

韓国における食の姿を見るうえではこれらもやはり究極。
番外編を省略して、5番目がオチのような展開だが、
至って真面目な話としてお伝えしたい。

さて、以上が2009年の僕が考える究極の姿である。
冒頭でごちゃごちゃ書いた部分は本来不要かもしれないが、
ある種、現時点での僕の姿を象徴しているのだと思う。

どんな物事でもある程度知ることで疑問が生じる。

何も知らない段階では知ることを積み重ねるだけだが、
ある程度、積み重なったらそれを整理する必要が出てくる。
問題を整理する過程で、必要な疑問や不足部分がわかり、
そこを解決していくことで知識は蓄積していく。

この4年間で僕の見ている韓国料理の世界はずいぶん広がった。

それは僕自身が積み重ねた経験もあるだろうが、
日韓のつながりが深まり、各段に情報が増えたのも大きい。
僕が4年前の究極を見て「ギャッ!」と叫んでしまうのも、
そのあたりの時代変化が少なからず影響しているものと思う。

そんな時代に個人的な究極を語ってよいものか。
そしてそれは自己満足以上の何かにつながっていくのか。
4年後にまた振り返ったときにどう見えるのか。

やや混乱した状態ではあるが、それもまた現状。
テーマの決まった記念号ということでご容赦頂きたい。

もし次があるとすれば、第301号。

さらに4年が経過して2013年の配信になる予定だが、
僕はその頃、どんな料理を食べて、何を考えているのだろうか。
未来を想像しつつ、また1歩1歩足を進めていきたい。

<お知らせ>
仕事が忙しくHPの更新ができません。
落ち着いたら、まとめて更新したいと思います。
http://www.koparis.com/~hatta/

<八田氏の独り言>
オリンピックやW杯にも匹敵する4年企画。
気の長い話ですが、コツコツ頑張りたいと思います。

コリアうめーや!!第201号
2009年7月15日
発行人 八田 靖史
hachimax@hotmail.com



コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

 

 
 
previous next