コリアうめーや!!第114号

コリアうめーや!!第114号

<ごあいさつ>
12月になりました。
いよいよ先生が走る季節です。
心なしか周囲もバタバタしてきたようで、
どこか落ち着かない雰囲気が漂っています。
僕自身も12月は大忙しの予感。
晴れやかな2006年を迎えるためにも、
全力でこの1ヶ月を乗り切らねばなりません。
泣いても笑ってもあと12分の1。
ラストスパートをかけるにはちょうどいい時期です。
さて、今号のコリアうめーや!!ですが、
先日の訪韓で仕入れてきたネタの披露です。
今回の旅では今までにない経験をたくさんしました。
その中からひとつ、もっとも大きな出来事を、
まずメルマガにて報告したいと思います。
コリアうめーや!!第114号。
心地よい緊張感で、スタートです。

<韓国料理界の頂点でお昼ごはん!!>

今年5月、衝撃的な人に出会った。

韓国料理に詳しく、文章を書く仕事をしている。
しかも日本人で、日本在住である。
僕が歩こうとしている道と、ほぼ同じ道ではるか先を行く人。
こういう人に出会ったのは初めてだった。

そもそも、そんな人がいることすら想像していなかった。

韓国料理に興味を持っていろいろ調べつつも、
情報がないので、仕方なく自分でデータベースを作った。
ホームページのコンテンツはその蓄積である。

韓国に行くたびに少しずつ本を買い集め、
料理の歴史を調べたり、用語を訳したりしてきた。

なので、その人の本棚を見たときは衝撃だった。

僕が必要とし、望んだ本がすべてそこにある。
70年代からの韓国を見つめ、豊富な知識で韓国を語る。
こういう人がいたんだなあ、と驚いた。

以来、その人を勝手に師と仰ぎ、色々教わっている。

今回の訪韓も、日程を合わせてご一緒させてもらったのだが、
ぴったりついてウロウロ歩くだけでずいぶん勉強になった。
その中でもっとも大きな出来事を書いてみたいと思う。

それは師匠の一言からすべてが始まった。

「じゃあ、その日は宮中飲食研究院に行こう」

このセリフを聞いたとき、僕の心臓はドクンと波打った。
宮中飲食研究院。それは僕にとって聖地にも等しい場所である。

韓国料理には宮中料理というジャンルがあり、
朝鮮時代に王様が食べた料理のことを指す。
普段の食事以外にも、国家規模の大きな宴会や、
外国からの使臣をもてなすための料理も含まれる。

国家の頂点となる人が食べた料理であったため、
山海の珍味を盛り込み、技巧を凝らしたものが多い。

宮中飲食研究院ではその頂点の料理を研究し、
保存、維持するとともに、一般への普及、広報も行っている。
朝鮮王朝宮中料理は韓国の無形文化財にも指定されているので、
言ってみれば国家の宝を守る場所なのだ。

韓国料理のホームページを運営する僕にとっては、
雲の上の場所であり、憧れの地であった。

その場所に行こうという師匠からのお誘い。

喜ばしい反面、僕なんかが軽々しく行ってもよいのか、
という微妙な葛藤が、その瞬間に激しく交錯した。

例えて言うなら、

「じゃあ、その日は武道館で1曲歌ってみよう」
と、言われた新人ミュージシャンの気分。

「じゃあ、その日は日本シリーズで先発してみよう」
と、言われた入団1年目のプロ野球選手の気分。

「じゃあ、その日はエベレストにアタックしよう」
と、言われた駆け出し山岳部員の気分。

いきなり最高峰まで行くと言われても、気持ちの準備が整っていない。
あまりのことに動揺していると、さらなる追い討ちが飛んできた。

「その日は姉ちゃんもいるから昼飯でも一緒に食べよう」

もはや卒倒寸前の状態から、一歩進んで虫の息である。

師匠の言う「姉ちゃん」とは韓福麗(ハン・ボンニョ)先生のこと。
宮中飲食研究院の院長であり、韓国料理界の事実上の第一人者である。

これまではお母様の黄慧性(ファン・ヘソン)先生が活躍していたが、
現在は体調を崩しておられるうえ、またかなりの高齢でもある。
研究院の運営も含め、韓福麗先生がその跡を継いで活動している。

現在NHKで放映中のドラマ『宮廷女官 チャングムの誓い』でも、
総監修として全面的に力を注いだのが韓福麗先生だ。

宮中飲食研究院に足を踏み入れるだけでも一大事なのに、
韓福麗先生にお会いして、一緒に食事までしてしまうとは。

「そ、それは本当にすごいことですねえ……」

僕はやっとそれだけ絞り出し、後は静かに気絶していた。

宮中飲食研究院はソウルの中心地からやや北に位置する。

昔ながらの雰囲気を残す閑静な町にあり、
世界遺産にも指定された昌徳宮という王宮のすぐそばだ。
賑やかなソウルにありながら、朝鮮時代の気品を残している。

タクシーを降りて、研究院の入口に立つと、
瓦屋根の伝統的な木造家屋が目の前に広がった。

「うーん、ここが宮中飲食研究院か……」

妙な緊張感と、妙な高揚感が入り混じる。

せっかくなので中を色々見学させてもらうと、
建物のひとつでは宮中料理の講義が行われていた。
外から見ると伝統家屋だが、中をのぞくと近代的なキッチン。
モニターなども設置され、いわゆる料理教室のような感じだ。

ここではさまざまなコースごとに講義が行われており、
一般の家庭主婦から、プロの調理人まで、
様々な人たちが韓国料理の真髄を学んでいく。

講義の邪魔にならないよう外から眺めただけだが、
調理実習の様子はなかなかに楽しそうだった。

そうこうしているうちに韓福麗先生が到着する。

先生もさすがにお忙しい人である。

なんでも僕らが韓国を訪れる直前まで、
京都の二条城で開かれた「日韓食文化交流展」に携わっており、
翌週は釜山、福岡と駆け巡らなければならないとのこと。
わずかな時間を縫ってお会いできたのは光栄なことだ。

「あらー、久しぶりー」

師匠とは約4年ぶりに会ったとのこと。
再会を喜び合う2人の横で、僕はやはりガチガチに固まっていた。

「彼は八田くんっていって、韓国料理に興味があるんだよ」

と師匠に紹介してもらっても、

「は、はじめまして……」

の一言しか挨拶ができなかった。
本の中で見た人が目の前にいるなあ、と思いつつ、
頭の中が真っ白になって何も言えないのが情けない。

「ほへー、やっぱりオーラが違うよなあ」

などとマヌケなことを考えていた。

食事は研究院の中で用意してもらった。

「もしかすると豪華絢爛な宮中料理が!」

と一瞬でも期待したことは伏せておきたい。

もちろん宮中飲食研究院だからといって、
宮中料理ばかりを毎日作っているわけではない。
通された部屋に並んでいたのは、ごく普通の家庭料理。

ごはんがあり、汁物があり、こまごまとしたおかずが並んでいた。
キムチ、ナムル、塩辛など、家庭の常備菜そのままだ。

「うんうん。やっぱりそうだよな」

と、ひとり苦笑いをしながらモヤシのスープをすする。

ところが、これを1口すすって驚いた。

ごくありふれた料理であるはずなのに味がまったく違う。
単純なモヤシスープのはずが、信じられないほどレベルが高い。

「うわ、なんだこれ! バターでも溶かしたのか?」

と思ってしまうほどに、のってりと濃い味が感じられた。
それでいて味付けはどこまでもあっさり。塩気は限りなく淡い。
モヤシの青臭さがなく、軽く爽やかな風味だけが舌に残る。
そしてモヤシそのものはシャキシャキと歯触りがいい。

「うん、やっぱりうまいなぁ」

ふと見ると、横で師匠も目を細めている。
単純な料理であるからこそ、違いがはっきりするのだろうか。
モヤシスープに驚いたのは初めての体験だった。

そして、その驚きは他の小皿類へもつながっていく。

ジャコと青唐辛子の炒め物、千切り大根のキムチ、
白菜キムチ、焼き海苔、小振りな牡蠣を用いた塩辛。
なんてことのないお惣菜ひとつひとつが美味しい。

見た目は地味だが、その感動は大きかった。

「はーい、カムジャタンですよー」

研究院の先生が大皿料理を運んできてくれる。

カムジャタンとは豚の背骨とジャガイモを煮込んだ料理。
どちらかというと焼酎にあう豪快なイメージの料理だが、
これが技術なのか、実に洗練された味わいになっていた。

そもそもスープに豚肉特有の脂っぽさがまるでない。

豚の背骨を煮込むため、普通なら豚骨ラーメンのような風味になるが、
こってり感やくどさは皆無で、純粋にうま味だけが引き出されていた。

食べながら、すごいすごいのオンパレード。
むしろ驚きすぎて、箸が伸びなくなるくらいであった。

だが、その状態からさらに料理が運ばれてくる。

「はーい、これもどうぞー」

どうやら講義で作った料理のおすそ分けらしい。
これがまた珍しい料理で、北朝鮮に位置する開城の郷土料理。
ケソンムチム(開城式の大根の煮物)という名前で、
僕はこんな料理があることすらも知らなかった。

「牛、豚、鶏と3種類の肉を使って大根を煮込むのよ」

と、すぐ隣で韓福麗先生が料理の解説をしてくれる。
なんとも贅沢な料理だが、よく考えるとその解説自体が贅沢だ。

韓国料理の第一人者による解説付きお昼ごはん。

「すごいことだよなぁ……」

と思ったら、またも頭がぼーっとしてしまった。
胃袋もさることながら、脳みそが満足する食事だった。

宮中飲食研究院でお腹いっぱいに食べた後、
場所を「宮宴」という宮廷料理店に移してお茶を頂いた。
韓福麗先生がこの秋、新しく開いたお店だ。

この店では本格的な宮廷料理が味わえるのみならず、
ドラマ『宮廷女官 チャングムの誓い』の料理も再現している。
ファンにとっては垂涎の店となることだろう。

ここの料理も後日頂いたが、それはそれは素晴らしいものだった。

韓国には宮中料理という絢爛な文化があり、
それを昔のままに維持し、継承する人たちがいる。
今回はその世界をほんの少し垣間見させて頂いただけだが、
それだけでも本当によい経験となった。

韓国料理の魅力はまだまだ奥が深い。

じっくりと腰を据えて学んでいきたいと思う。

<おまけ>
本文中に出てきた「宮宴」ですが、韓福麗先生がお忙しいため仮オープンの段階が続いているそうです。11月末には正式オープンとの情報も頂きましたが、追加調査をしていないので現在どのような状況かはわかりません。もし行かれる方は、事前に電話で予約をされたほうが確実です。日本語のできる方もいらっしゃいました。また、念の為書いておきますが、宮中飲食研究院は食事をする場所ではありません。旅行者として行っても、食事は出来ませんのでご注意ください。

店名:宮宴(クンヨン)
住所:ソウル市鍾路区嘉会洞170-3
電話:02-3673-1104
HP:なし

<お知らせ>
宮中飲食研究院の写真がホームページで見られます。
よかったらのぞいてみてください。
http://www.koparis.com/~hatta/

<お知らせ2>
『一週間で「読めて!書けて!話せる!」ハングルドリル』は好評発売中。先日からサンプル本を携えての書店営業を始めました。まずは順調に売れているようで、担当の編集者さんと、この勢いをさらなるものにと盛り上がっています。アマゾンのランキングも徐々にあがってきました。お買い上げ頂いた皆様、本当にありがとうございます。
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<八田氏の独り言>
かなり興奮した内容になりました。
独りよがりになっていないか少し心配です。

コリアうめーや!!第114号
2005年12月1日
発行人 八田 靖史
hachimax@hotmail.com



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