コリアうめーや!!第80号

コリアうめーや!!第80号

<ごあいさつ>
7月になりました。
早いもので、今年も半分が終わりです。
春だ、梅雨だと、季節を追いかけているうちに、
いつしか1年の折り返し地点を迎えてしまいました。
この夏にはオリンピックも控えており、
日々の雑事に没頭しているだけで、
ふと気付くと年末、というようなことも考えられます。
今のこの一瞬を大切にしなければ。
そんな焦燥感にかられる、今日このごろです。
と言いつつ、何もしないんですけどね。
さて、今号のコリアうめーや!!ですが、
かつて嫌いだった、ある料理について書いてみました。
料理というより、むしろ食べ方になるのですが、
どうしても馴染めなかった食文化のひとつ。
そんな苦手を克服していった話です。
コリアうめーや!!第80号。
問答無用が恋しい、スタートです。

<ああ禁断のごはんぶちこみ汁!!>

思えば好き嫌いの多い子供だった。

野菜が嫌い。魚介類が嫌い。内臓系の肉が嫌い。
酸味の強い料理が嫌いで、生臭い料理が嫌い。
鼻にツンとくるクセの強い香草類も嫌い。

どろどろしたごはんが嫌いで、
お粥、雑炊、おじや、お茶漬け、ドリア、全部ダメ。
卵かけごはんは、白身のどろどろした感じが嫌なので、
きれいに取り除いて黄身だけをごはんにかけて食べる。

給食に出たいかめしが食べられず涙を流し、
遊びに行った友人宅では、出されたエビフライに手もつけない。
たまの外食と寿司屋に連れて行かれれば、
卵と納豆巻きばかりを交互に食べ、お吸い物が1番うまいと褒めて帰る。

どこからどうみても、模範的な偏食児童だった。

大人になった今でも、苦手なものは多く、
コリアン・フード・コラムニストを名乗っているにもかかわらず、
好き嫌いが多いとあちこちで顰蹙をかっている。

ただ、あれだけ激しかった好き嫌いも、今ではずいぶん改善されてきた。
昔、ダメだったものも、今ではほとんど好物である。

それぞれ涙ぐましい努力の末、克服してきたのだが、
それに大きく貢献したのが、アルバイトの存在だったように思う。

突然、なぜアルバイト、と思われるかもしれないが、
僕の経験してきたアルバイトは飲食店が多く、仕事に行けば、まかないが出る。
この、まかない料理が、僕にとっては試練だったのだ。

「おー、お疲れさん。まかない食べてきな」
「あ、はい。いただきます」
「今日は料理長特製のドリアだぞ」
「ど、ドリア……」

という状況で、

「いや、僕どろどろのごはん嫌いなんで……」

などとは、口が十字に裂けても絶対に言えない。
まかないは、厨房の人たちが、好意で作ってくれるもの。
食べないのも、残すのも、失礼にあたる。

従って、

「うう、ごはんがぐちゅぐちゅしている……やだなあ」

と思いつつも、そんなことはおくびにも出さず、
笑顔のまま、残さず全部たいらげていくしかない。

まかないに嫌いなものが出る。
それでも食べるしかない。
食べているうちに、なんとなく食べられるようになる。

その繰り返しで、僕は自分の好き嫌いを打破してきた。
思えば、ずいぶん後ろ向きな人生である。

さて、ここからが本題。

冒頭にも書いたが、僕はどろどろのごはんが嫌いだった。
ごはんは、あくまでもごはんとして食べたいほうで、
どんな料理であれ、ごはんが湿るのは我慢がならなかった。

その中でも、味噌汁をごはんにぶっかけて食べる、という行為は、
他人のすることであっても、眉をひそめるほど。

「そんな行儀の悪いことをして……」

自分が嫌いなものだから、ついやかましく口を出す。
行儀云々よりも、単純に自分の好き嫌いなのだが、
それでも日本ではそれなりの説得力があった。

ところが、そんな常識も、韓国に行くと通用しなくなる。

国がかわれば、文化もかわる。
日本では行儀が悪いとされる汁と飯の融合も、
韓国ではマナー違反にならないのである。

食卓にスープ料理が出てくると、
みんななんのためらいもなく、ごはんをドサドサ投入していく。
むしろ、そうした食べ方が奨励されているくらい。

韓国に留学してすぐのころは、この習慣が脅威であった。

ごはんがスープの水気を吸って、ベタベタぐちゃぐちゃになるなんて、
想像しただけで、鳥肌鳥肌鳥肌鳥肌鳥肌鳥肌。

留学していた、1年3ヶ月の間中、
僕は頑なに、ごはんとスープを別々に食べ続けた。

そんな僕がどろどろごはんを克服したのは、やっぱりアルバイトだった。

僕は留学から帰ってきてしばらくのあいだ、
語学力維持のために、コリアンタウンの韓国料理店で働いていた。
そこで、働いているのはすべて韓国人。
日本にいながらにして、韓国的な生活に浸ることができる。

会話は基本的にすべて韓国語。お客さんも半分以上が韓国人。
店の有線からは最新のK‐POPが流れ、
そこらには韓国の新聞、雑誌が転がっている。
店のルールも韓国式で、勤務態度や接客方法も、どこか少しずつゆるんでいた。

文化的な治外法権。
振り返ってみれば、ずいぶん不思議な空間である。

その中でも特に不思議だったのが、出勤直後に食事をするという習慣だった。

「おはようございまーす!」

と出勤していくと、まず言われるのが、

「飯、食ったか?」

というセリフである。
韓国においては、ごく一般的な挨拶言葉であり、
どこで誰と会うにしても、日常的に交わされているセリフだ。

「まだです」

と答えれば、出勤早々「じゃあ、飯を食え」ということになり、

「食べました」

と答えても、「それでも少しくらいは食べられるだろう」ということになる。

韓国では、空腹で何かをするということはありえない。
仕事よりも、食事のほうを優先するケースは多く、
しっかり腹を満たしてこそ、いい仕事ができると考えるのだ。

加えて、韓国は儒教の国であり、目上の人の言葉は絶対。
店長や、料理長に「飯を食え」といわれたら、
僕の答えは「いただきます」以外ないのである。

そんな、ある日。

僕が出勤していくと、ちょうどみんながまかないを食べていた。
いつもだったら、もう少し早めにすませているはずだったが、
その日は忙しかったのか、ちょっと遅めの食事となったようだ。

「おはようございます」
「おお、来たか。さあ座れ。飯を食え」

料理長が満面の笑顔で言う。

今日は自分が食事をしている最中なので、
「飯食ったか?」は省略され、いきなり「飯を食え」であった。
問答無用で、席に座らされる。

その日のまかないはミヨッククであった。
ミヨッククとは、ワカメスープのこと。
牛肉でダシをとり、ニンニクを加えた濃厚なスープだ。

「さあ食え。たっぷり食え」
「いただきます」

僕がずるずると食べ始めると、
笑顔の料理長が、途端に渋い顔になった。

「おい!」
「は……?」
「お前、そのまま食べるのか。汁に入れて食ったほうがうまいぞ」
「いや、あの。僕はこのままのほうが好きなん……」

と、僕が言いかけるより先に、料理長は僕のごはんを奪い、

「汁に入れて食え。うまいから」

と、一方的にドサドサ投入していった。

「さあ食え。たっぷり食え」

再び料理長は満面の笑顔になり、僕にすすめる。
これも問答無用で食べるしかない。

こうした料理長による、強制的な汁飯化は、
まかないをともにするたびに、何度も何度も繰り返された。
料理長の信念は終始一貫しており、決して曲げられることはなかった。

僕が恐る恐る、自分の好みを申し出てみたこともあったが、

「汁に入れて食べたほうがうまい」

と、一蹴されるだけであった。

韓国人の親切は、ときに直接的で容赦がない。
相手の気持ちを慮る親切ではなく、相手に気持ちを伝える親切なので、
自分がよいと思うものは、よいと信じて徹底的にすすめる。

場合によっては、おせっかいに感じることもあるが、
逆にそれがありがたいこともある。

最初は我慢しながら食べていた僕だったが、
いつしか、どろどろごはんが食べられるようになり、
やがては自分の意思でごはんを投入するまでになった。

かくして、どろどろごはん嫌いは完全に克服されたのである。

スープとごはんの融合した味を覚えてから、
僕の韓国料理の世界はぐんと広がった。
感覚的にいえば、うまいと思える幅が格段に広がった感じ。
それまでは無感動に食べていた細かな部分を、しっかり味わえるようになった。

思えば、僕が韓国料理にのめりこんでいったのも、
本格的には、そこでのアルバイトを終えてからだった。

外国の料理を食べるというのは、
その国の文化に触れるということ。

1歩踏み込んで味わうと、食べておいしいだけでない、
さらなる魅力が理解できるようになる。
それは、自分の好きに食べていては、絶対に出会えない部分だ。

あのときの強制的なまかない修行がなかったら、
今こうして韓国料理を語る僕はいなかったかもしれない。
いや、本当にいなかっただろう。

スープ料理にごはんをドサドサと投入するとき、
そんなことを、ふと考えたりする。

<おまけ>
スープにごはんを投入した料理の総称をクッパプといいます。日本ではクッパと呼ばれることが多く、焼肉専門店などではおなじみのメニューとなっています。韓国にはこのクッパプ料理が数多くあり、地方ごとに有名なクッパプが存在します。釜山には豚肉のスープにごはんを入れたテジクッパプ。全州にはモヤシスープにごはんを入れたコンナムルクッパプ。京畿道の昆池岩というところには、牛の頭を煮込んだスープにごはんを入れた、ソモリクッパプがあります。スープにごはんを入れるという形態は同じでも、それぞれに個性があっていろいろ楽しめます。チャンスがあったら試してみてください。

<お知らせ>
クッパプの写真がホームページで見られます。
よかったらのぞいてみてください。
http://www.koparis.com/~hatta/

<八田氏の独り言>
5日から23日まで韓国に行ってきます。
第81号は韓国から配信の予定です。

コリアうめーや!!第80号
2004年7月1日
発行人 八田 靖史
hachimax@hotmail.com



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