コリアうめーや!!第72号

コリアうめーや!!第72号

<ごあいさつ>
3月になりました。
春の足音も間近に感じられます。
今月下旬ともなれば、もう花見だなんだと騒ぐ時期。
寒さと暖かさが日々交錯してゆく中、
桜のつぼみも少しずつ季節の到来を感じていることでしょう。
ああ、早く花見で1杯やりたいなあ……。
などと、うっとり妄想にふける今日この頃です。
さて、今号のコリアうめーや!!ですが、
春にちなんで、春川という町で出会った麺料理を紹介します。
冷麺にも似た、さっぱり爽やかな料理なのですが、
食べるまでにちょっとした苦労がありました。
コリアうめーや!!第72号。
まだまだ修行が足りない、スタートです。

<おばちゃんのすすめる絶品マッククス!!>

してやられた話、というのがある。

僕はこれまで数々の韓国料理を食べてきた。
ほとんどがよい思い出ばかりだが、中には苦い思い出というのもある。
派手にぼったくられたようなことはないものの、
きれいに1本取られた……という経験はあったりする。

歯噛みして地団駄を踏むというほどではないが、
何かの拍子にふと思い出して、思わず苦笑いを浮かべる。
そんな、思い出の1コマを紹介してみたい。

舞台は江原道に位置する春川(チュンチョン)という町。
ドラマ『冬のソナタ』の舞台として日本でも一躍有名になったが、
しばらく前まではタッカルビの町というのが代名詞だった。

タッカルビとは、ぶつ切りにした鶏肉と野菜を、円形の鉄板で甘辛く炒めた料理のこと。
価格の安さと味のよさで、90年代後半ソウルで大ブレイクした料理である。

僕はタッカルビの専門店に入り、案内された席に腰かける。
メニューを片手におばちゃんがやってきて、物語はここから始まる……。

「え、ない!?」
「ええ、ウチはマッククスやってないのよ」

丸いお盆を胸で抱えた、店のおばちゃんが言う。
ががーん。よりによってマッククスがないとは……。

「そうですか、ないですか……」

僕は思わず考え込む。
どうする。どうする。どうしよう……。

春川名物のタッカルビを目当てにやって来たのだが、
そのタッカルビと切っても切れない関係にあるのがマッククスなのだ。

マッククスとはソバ粉を用いた冷たい麺料理のこと。
雰囲気としては冷麺によく似ており、さっぱりと爽やかな味が魅力だ。
食べ方もよく似ていて、焼肉の後に冷麺を食べるように、
タッカルビの後はマッククスでシメるのが王道なのである。

春川のある江原道は良質のソバ粉がとれることで有名。
ぜひともうまいタッカルビを食べて、うまいマッククスでシメたい。
僕はその思いから、ソウルを離れて80km。
春川までやってきたのだった。

「ウチはタッカルビの専門店なのよねえ……」

おばちゃんは無表情のまま言った。

迂闊であった。タッカルビにマッククスはつきもの。
それは、アンパンにホットミルク、ラーメンに餃子、
卵焼きにタコさんウインナーくらいの、決まりきった組み合わせなのだ。
タッカルビの店にマッククスがないなど、想像だにしなかった。

僕はさらに考え込む。

この店にマッククスがないというのなら、
なにもここでタッカルビを食べる必要はない。
タッカルビからマッククスというゴールデンコースが味わいたくて、
わざわざここ春川までやって来たのだ。

ここまできて店を出るのはちょっと勇気がいるが、
ゴールデンコースのためには、やむをえまい。
よし、きっぱり謝って他の店に移ろう。

「あ、あの……」

と僕が言いかけたその時。
雰囲気を察知して、先手を打ったのはおばちゃんのほうだった。

「いいじゃないの。ここでタッカルビだけ食べていきなさいよ」

無表情だったはずのおばちゃんは、いつの間にか満面の笑顔に変わっている。

「マッククスはすぐ近所に、芸能人も行くような有名な店があるから。うちはタッカルビの専門店だから、まずここでタッカルビを食べて、その後にマッククスも専門店で食べればいいじゃないの。そのほうがずっといいわよ。タッカルビを食べた後に、少し歩いて運動すればまたお腹もすくしね。ね、そうしなさいよ」

まくしたてる、という表現がぴったりであった。
おばちゃんは実に親しげにペラペラとセリフを並べ立て、
そしてその言葉には、ちょっと逆らい難いくらいの説得力があった。

「タッカルビを専門店で食べ、マッククスも専門店で食べる……」

なるほど、それも一理あるかもしれない。
マッククスにも専門店があるのなら、味はそちらのほうが上であろう。
ひとつの店で両方食べられれば、それはそれで楽だが、
味を重視するなら、おばちゃんの提案にのるのもひとつの手だ。

「春川のことは、春川の人に聞くものよ。ここはタッカルビがおいしい専門店なんだから、ここで食べていきなさい。みんな軽く1.5人前くらいは食べるわよ。1.5人前でいいわね」

おばちゃんは、たたみかけるように言った。
その迫力は、さながら契約を迫るやり手営業社員のようであった。
思わず、じゃあ1.5人前で、との声が出るところだったが、
寸前で大事なことに気がついた。

1.5人前も食べたら、その後のマッククスが入らないじゃないか……。

いかん、いかん、いかん。
このおばちゃんのペースにずるずると巻き込まれてはいけない。
今日はタッカルビを食べて、マッククスでシメるのだ。

「いえ、マッククスを食べるので1人前でお願いします」

僕はびしっと言った。
おばちゃんは少し不服そうな顔をしたが、そのまま黙って引き下がった。

「ふ、勝ったな」

小さな勝利に僕の口元がゆるむ。

ふふふ、こちとらダテに韓国で何度もメシ食ってないぞ。
そんなみえみえの営業にひっかかるほど甘ちゃんではないのだ。
無鉄砲に食べまくって、後で後悔するようなことは……過去にもよくあったけど。

やがて1人前のタッカルビが出てきた。
おばちゃんが専門店だと胸を張るだけあって、その味はなかなかであった。
鶏肉を頬張り、野菜をつまみ、あらかたきれいに食べ尽くしたところで、
例のおばちゃんが、またも僕のもとへやってきた。

「ごはん入れて、チャーハンにするかい?」
「……」

おばちゃんは、またも満面の笑顔。
本当にしれっとしているというか、めげない人だ。
だから、ごはん食べたらマッククスが入らないじゃないか……。

「いいえ、マッククスを食べるのでいりません」

僕はびしっと言った。
おばちゃんはかなり不服そうだったが、そのまま黙って引き下がった。

会計をすませ、おばちゃんに尋ねる。

「その芸能人御用達のマッククス専門店にはどうやって行けばいいんですか?」
「大通りの五叉路から坂を下って、ちょっと小道に入ったところだよ」

おばちゃんは面倒くさそうに言った。

ふ、やっぱり今回の食事は勝利であった。
度重なる誘いに応じなかったから、機嫌を損ねたな。
僕は表情をかえずに、心の中でほくそえむ。

「じゃ、ごちそうさまでしたぁ!」

僕は明るく笑顔で挨拶をし、軽い足取りで店を出た。
おばちゃんは、もうこちらを見なかった。

さて、話はここからである。

おばちゃんに言われたとおり、僕は春川の中心に位置する五叉路へ向かう。
その五叉路からちょっと坂を下り、脇の小道に入れば、
有名な店だからすぐにわかるとのことだった。

だが、探せど、探せど店はみつからない。

小道に入れと言われるものの、その小道がどれなのかわからない。
入っていっても行き止まりだったり、人通りのまったくない裏路地だったり。

「こうなったら小道をしらみつぶしにしていくしかないな」

と、ローラー作戦で店を探し始めて、約2時間後。
くどいようだけれども、約2時間後。

僕は、やっとのことで芸能人御用達のマッククス専門店を発見した。

その店は、おばちゃんの説明から大きくはずれ、
小道を入って左手に曲がり、また右に曲がって、坂をなだらかに下った先の先にあった。
夜道を照らす街灯もほとんどなく、車の通る音も聞こえない。
民家ばかりで薄暗く、やけに静かな路地にぽつんと店はあった。

なにもこんなに暗いところに店がなくてもなあ……。
というところで、僕は大事なことに気付いた。

「あ、店が閉ってるじゃないか!」

店の周囲どころか、店の中まで真っ暗。
夜も9時前だというのに、人の気配すらまったくない。

「こ、これは定休日に引っかかったか……」

僕はそばを通りがかった人に尋ねる。

「あの、この店、今日は定休日ですか?」
「え? ああ、ここ。ここは夕方6時にはもう閉るんだよ」
「夕方6時!?」
「うん。有名な店だからね。営業時間はすごく短いのさ」

くうー、そうだったか。確かに日本でもうどん、そば、ラーメンなど、
麺がなくなり次第で、営業を打ち切ってしまう名店は少なくない。
この芸能人御用達のマッククス店もきっとそういう店なのだろう。

「だああぁー、はぁ……」

あきらめのため息が、肺の底から流れ出てくる。
しまったなあ。もっと早く来ていればなあ……。
と、そこでおばちゃんのセリフが脳裏によみがえってきた。

「ここでタッカルビを食べて、その後にマッククスも専門店で食べればいいじゃないの」
「春川のことは、春川の人に聞くものよ」

タッカルビの店に入った時点で、時計の針は6時を回っていた。
とすると、その時点で、すでに芸能人御用達のこの店は閉っている。
タッカルビを食べてマッククスでシメるどころか、
マッククスから食べようとしても不可能な時間ではないか……。

「や、やられた……」

おばちゃんの思惑は、僕のレベルをはるかに越えていた。

春川に住む人なら、誰でも知っているというマッククスの有名店。
あのおばちゃんが、その営業時間を知らないということはないだろう。
もちろん悪意はまったくなく、単純にうっかりしていたという可能性もないわけではない。
だが、僕には、どうしてもうまくやられたとしか思えなかった。

自分の店でタッカルビを食べさせるために、
マッククスの名店を紹介することで引きとめる。
その作戦に、僕は見事に引っかかったのである。

タッカルビを1人前だけ食べて、僕の勝利。
そう思ったのは、あまりにも浅はかであった。

翌日。僕は昼からマッククスを食べに行った。
まだ昼食どきには少し早い時間だったが、店は8割ほどが埋っていた。

一晩待ってやっとありついたマッククスは確かにうまかった。
同じソバ粉を使った麺料理でも、日本のソバとはまるで印象が違う。
ツルツルとした滑らかな食感で、歯を当てると心地よくぷっつりと弾ける。

なるほど、これはうまい。
タッカルビの後に、こいつでシメたら最高だったろうな……。
と思った瞬間。おばちゃんの笑顔がまた浮かんできた。

「まだまだ、修行が足りないか……」

僕は小さく笑って、麺をすすりこんだ。

<おまけ>
マッククスはステンレスの大きな器に入って出てきます。真ん中に丸くまとめられた麺がおさまり、具にはサンチュ、大根のキムチ、錦糸卵、そしてたっぷりのゴマ。キムチの汁を混ぜた牛スープが少量はられ、粉唐辛子、ニンニク、ショウガなどを混ぜたヤンニョム(合わせ調味料)が味付けに加わります。辛さは適度にピリリときて、後には残らないくらい。好みでカラシ、酢、砂糖などを加えて、ぐるぐるかき混ぜてから食べます。麺はコシの強い細麺で、ぷっつりと心地よく噛みきれます。ダイコンのシャキシャキした歯触りが麺とよく合い、酸味、甘味、そしてゴマの香ばしさが絶妙のバランス。タッカルビとともに、春川に行ったらぜひ食べて欲しい一品です。

<お知らせ>
マッククスの写真がホームページで見られます。
よかったらのぞいてみてください。
http://www.koparis.com/~hatta/

<八田氏の独り言>
うるう年ってなんか儲けた気がしませんか?
メルマガの締切も1日余裕ができるし。

コリアうめーや!!第72号
2004年3月1日
発行人 八田 靖史
hachimax@hotmail.com



コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

 

 
 
previous next