コリアうめーや!!第70号

コリアうめーや!!第70号

<ごあいさつ>
2月になりました。
ついこないだ新年が開けたと思ったら、
早くも12分の1が終了です。
バタバタしていると、時間の流れが速いですね。
ふと気付いたら、春になり、夏になり、
いつの間にか、また雑煮を食べているかもしれません。
日々を漫然と過ごさないよう、努力したいものです。
さて、今号のコリアうめーや!!ですが、
寒い冬にちなんで、むちゃくちゃ寒い話を用意しました。
おそらく読むだけで凍えてしまうと思います。
部屋の中を充分暖かくしてお読みください。
コリアうめーや!!第70号。
マイナスの世界へスタートです。

<黄金のスケトウダラを探して極寒の山へ!!>

バスを降りると、そこは冷凍庫だった。
それも、風がぴゅうぴゅう吹く極寒の冷凍庫である。
マイナス10度を軽くひょいと飛び越え、
人間に死を予感させるような寒さ。

僕は全身を硬直させ、
クビを亀のようにぎゅっとすくめる。
寒い。冗談ではなく寒い。

ここまで寒いと「寒い」というセリフもでない。

だだだだだだだだだめだめだめだめだめ。
さむさむさむさむさむさむさむさむさむ。
あわわわわわわわわわわわわ、あわあわ。
だああああ、ちきしょう、しぬしぬしぬ。

もはや、人間のしゃべる言葉ではない。

僕がいるのは江原道の山奥。それも厳寒期の1月である。
マイナス10度を超える寒さというのはソウルでも珍しくないが、
ここの寒さは、吹き抜ける強風のために倍化されている。

江原道という地域は、海のすぐそばに山脈がそびえており、
そのため山肌には、海からの強風が絶えず吹きつけている。
従って体感温度は実際の気温よりもはるかに低い。

ソウルの寒さは、顔にビンタを張られたような寒さだが、
江原道の山奥は、いきなり血管をすべて抜かれたような寒さである。
体内の熱という熱がすべて失われていく気がする。
問答無用で徹底的かつ圧倒的に寒い。

僕はこのとき4枚の服を着込んでいた。
1番外は登山用のウィンドブレーカーで、その下にフリース。
下はジーパンだったが、靴は登山靴で、手にはニットの分厚い手袋と、
旅行者としては最大限の防寒対策を立てたつもりだった。

だが、それでもまったく寒さに歯がたたない。
体温がどんどん下がり、バス停を降りて数百メートルで歩けなくなった。

ここここここれこれこれこれは、
ままままままじまじまじまじで、
ししししししぬしぬしぬしぬかもももももも。

そこにいるだけで、命の危険を感じる寒さ。
それは僕の人生で初めての経験であった。

そんな寒いところまで、なぜわざわざ出かけて行ったのか。
それはどうしても黄金のスケトウダラに会いたかったからである。

黄金のスケトウダラとは、韓国語でファンテ。
漢字では「黄太」書き、スケトウダラの干物のことだ。

ただし、干物といってもただの干物ではない。
一口に干物と片付けられないくらい、製造方法は複雑かつ緻密である。
スケトウダラは普通に干しただけではファンテにはならないのだ。

まずもっとも大事な要素は干す場所の気候である。
ファンテは夜の平均気温がマイナス10度を下回る、
並外れて寒い地域でしか作ることができない。

また寒いだけでもいけない。
日中は太陽光をたっぷりと浴び、水分を蒸発させていくことが必要となる。
夜は寒くとも、昼は暖かく、寒暖の差が大きい場所でなければいけない。

夜は厳しい寒さでガチガチに凍り、昼は陽光を受けて静かに溶ける。
自然が行う冷凍と解凍。これを12月末から3月末、あるいは4月上旬まで継続する。
3ヶ月以上野外におかれ、やっとスケトウダラは黄金の干物へと変身していくのだ。

僕の目的は、このファンテの生産現場を訪ねることだった。
深い雪に包まれた江原道の山奥に、全国の70%のファンテを生産する村がある。
このファンテ村を、ぜひ自分の目で見たかったのだ。

だが、僕はこの時点ですでに後悔していた。

かつて経験したことのない寒さ。
油断をすると身体がもっていかれそうになるくらいの強風。
積もった雪が風で粉状に舞い上がり、吹雪のようになって吹きつけてくる。

「ああ、おれはなんでこんなところにいるのだ」

やっぱり帰ろう。おとなしくバスに乗って帰ろう。
これ以上歩くと、本当に凍えて帰れなくなるかもしれない。
口を開くと寒いので、頭の中でぶつぶつと繰り返す。

本気であきらめようかと思い始めたそのとき。
目の前に、突然だだっぴろい平地が広がった。
上下2段に丸太が組まれ、そこにびっしりとファンテが吊るされている。

「ああっ、あったぁ!!」

ファンテは隙間なくびっしり吊るされているため、
遠目には丸太を組んだ櫓のようにも見えた。

見渡す限り、一面ファンテの壁。
風に吹かれて、一斉にゆらゆらと揺れているのが印象的だった。

僕は夢中になって写真を撮った。

吊るされているファンテにも触れてみた。
表面は乾燥していても、固からず、柔らかからずの手触りだ。
内臓だけが抜かれ、口のあたりからヒモでくくられている。

いったいどれだけのファンテが干されているのだろう。
想像もつかないくらい大量のファンテが吊るされていた。

圧倒される光景に、僕はしばらく呆然と立ち尽くした。

「おい、キミ。そこで何しているんだ」

僕を我に返らせたのは、その乾燥場を管理する生産者の人だった。

そう、僕は無断でズカズカと入っていってしまったが、
実はファンテの乾燥場は関係者以外立ち入り厳禁なのである。
もちろんファンテに触るなどの行為も言語道断だ。

「あ、い、いや、その、あの……」

僕は慌てて言い訳をする。
自分が日本から来た旅行者で、韓国の食べ物に興味があるということ。
ファンテのおいしさを知り、ぜひ生産現場を見てみたかったこと。

僕を呼びとめたおじさんは、最初疑いの目で見ていたが、
説明を聞いて、どうやら怪しい人物ではないらしいとわかってくれた。

「無造作に並べてあるように見えるかもしれないけれど、きちんと所有者がいて管理されているんだ。ファンテというのは非常に高価なものだが、野外で干さなければ作れないから、こうして道路のすぐ脇に並べてある。中にはよからぬ考えを持って近づいてくるものもいるし、知らなかったとはいえ、こんなところをウロウロしていると大変なことになるぞ」

まったくその通りだった。
僕は非礼をわび、深々と頭を下げた。

おじさんによれば、ここの乾燥場だけでも、
約10億ウォン(約1億円)の売り上げになるということだった。
生産できるのは冬の間だけなので、それを1年かけて売るのだそうだ。

「冬は寒いし、短い期間にすべての作業をしなければいけないからファンテ作りは大変だよ。でもここでしか作れないからね。全国の人のために、がんばっているんだ」

おじさんは静かに語った。
厳しかった目が、少しだけ優しくなった。

ファンテの故郷は、行くだけでも大変な場所だった。
短い時間ではあったが、自然の厳しさを感じることができた。
この厳しい寒さの中で、ファンテは3ヶ月間静かに旨味を蓄積していく。
それは自然が創り上げる芸術品である。

そして、僕はそこにもう一言付け加えたい。

ファンテは確かに江原道の特殊な気候が創り上げるものである。
だが、その横には、生産する人たちの並々ならぬ苦労もあるのだ。

大量のスケトウダラを加工する苦労。
そしてこの山奥まで運んで来て干す苦労。
また、その貴重なファンテを管理する苦労もある。

人と自然が共同で創り上げる黄金のスケトウダラ。
それがファンテなのだ。

韓国にはうまいものがたくさんある。
だが、そのうまいものが作られるまでの過程を僕らは意外に知らない。
韓国料理をより深く味わうために。

今回この地を訪れて本当によかった。

<おまけ>
ファンテを使った料理には、甘辛いタレを塗って焼いたファンテグイ、ファンテでダシをとったファンテヘジャンクク(ファンテのスープ)、ファンテと野菜を蒸し煮したファンテチムなどがあります。どの料理も、独特の香ばしさと、にじみ出る旨味がたまりません。ファンテグイについてはコリアうめーや!!第30号でも書きました。よかったら合わせてごらんください。
http://www.koparis.com/~hatta/koriume/koriume30.htm

<お知らせ>
ファンテの写真がホームページで見られます。
よかったらのぞいてみてください。
http://www.koparis.com/~hatta/

<お知らせ2>
明後日2月3日に、『別冊宝島976号 あの人の国、「韓国」を知りたい』(宝島社、定価1200円)という本が発売されます。ドラマ、映画、音楽、習慣、食べ物、政治など、リアルな韓国の話題をたっぷり詰めこんだ本です。この本の食べ物の部分を八田氏が担当しました。書店でみかけたらぜひ手にとってみてください。また、すでに発売中の『ハングル・スタートvol2』(宝島社、定価1238円)でも、テンジャンチゲのレシピページを書かせて頂いています。
http://tkj.jp/tkj/bessatsu/4796638601/

<八田氏の独り言>
実際にファンテを見にいったのは去年の1月。
寒い時期に読んでほしかったので、1年あたためました。

コリアうめーや!!第70号
2004年2月1日
発行人 八田 靖史
hachimax@hotmail.com



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